第32話 Dランクダンジョン
蒼真は、深緑の獣道の一階層を進んでいた。目的は単純だった。二階層への階段を見つけること。だが、それがなかなか見つからない。
木々はどこまでも似たように続き、足元には根が張り、獣道は途中で途切れ、また別の道へ繋がっている。真鑑定を使えば、危険な植物や魔物の気配はある程度拾える。だが、階段の位置までは都合よく表示されない。
「どこだよ……」
蒼真は低く呟きながら、茂みをかき分けた。そこにあったのは階段ではなかった。苔むした木の根元。その奥に、半分ほど土に埋もれた小さな箱がある。
「……宝箱か」
《真鑑定》
【隠し宝箱】
【深緑の獣道 一階層】
【発見条件 周辺探索】
中身は、小さな護符だった。護符には、毒性のある花粉をわずかに軽減する効果があるらしい。悪くはない。悪くはないが、今探しているのはそれではない。
「階段が欲しいんだよな」
蒼真は護符をアイテムボックスにしまい、探索を続けた。またしばらく歩く。グリーンハウンド。蔦蛇。毒花。名前の通り、蔦のように擬態した蛇型の魔物が枝から落ちてくる。毒花は近づくと花粉を吐く。どちらも倒せない相手ではない。だが、一つ一つが面倒だった。
剣を抜く。盾を出す。風魔法で花粉を散らす。水魔法で毒を洗い流す。土魔法で足元を固める。魔力操作で無駄を減らす。
できる。できるのに、遅い。
「うっとおしいな」
三匹目の蔦蛇を斬り落としたところで、蒼真は息を吐いた。森の中は、こちらの思うように動かせない。火魔法は使いにくい。風は木々に阻まれる。水は便利だが決定打にはなりにくい。土は足場を整えるには使えるが、根が多くて形が乱れる。戦える。だが、すべてに手間がかかる。
さらに進むと、今度は開けた場所に出た。地面に、薄く光る円。魔法陣だった。
《真鑑定》
【転移魔法陣】
【行き先不明】
【起動状態 待機中】
蒼真は無言でそれを見下ろした。
「……いや、乗らないだろ」
どこへ飛ぶか分からない転移魔法陣。しかも、未踏破のDランクダンジョンの中。好奇心はある。かなりある。だが、乗った瞬間にボス部屋だったり、戻れない場所だったりしたら最悪だ。蒼真はしばらく魔法陣を観察し、位置を記録してから離れた。
「階段探そう」
そうしてまた、二階層への階段を探す。だが、見つからない。見つかるのは敵ばかりだった。草むらから飛び出す獣。枝の陰から伸びる蔦。足元に絡む根。時折、魔力を帯びた虫の群れまで寄ってくる。蒼真はそれらを処理しながら、森の奥へ進んだ。どれだけ歩いただろう。気付けば周囲は静まり返っていた。ふいに、木々が途切れた。視界が開ける。そこに湖があった。
蒼真は足を止めた。水面に、光が反射している。ダンジョンの中だというのに、空のようなものが見える。木々の隙間から差す淡い光が、水面で揺れ、きらきらと細かく砕けていた。
綺麗だった。現実の森の湖よりも、ずっと静かで、ずっと澄んでいる。
「……ダンジョンの中とは思えないな」
そう呟いてから、蒼真は少し考えた。
いや。ダンジョンの中だからこそ、こんなに綺麗なのかもしれない。余計なものがない。人の手が入っていない。汚れも濁りもない。ただ、森と水と光だけがある。蒼真は湖に近づいた。
《真鑑定》
【精霊の湖】
【神秘に満ちた始まりの水源】
表示された言葉に、蒼真は眉を上げた。
「精霊の湖……」
始まりの水源。それが何を意味するのか、今の蒼真には分からない。ただ、普通の水場ではないことだけは分かった。
水面を見つめる。遠くの方。湖の奥。光が揺れている。その揺らめきの中に、一瞬。人影のようなものが見えた気がした。
蒼真は目を細める。
「ん?」
視線を上げる。その瞬間だった。
ぽちゃんっ。
何かが落ちたような音。あるいは、水の中へ入ったような音。遠くの水面に、波紋が広がる。
一つ。
二つ。
円を描くように広がり、やがて岸辺まで届いた。蒼真は動けなかった。敵意は感じない。危機察知も反応していない。だが、ただの現象とも思えなかった。水面に広がる波紋。反射する光。静かな湖。
その不思議さと綺麗さに、蒼真はしばらく放心したように見つめていた。やがて、ゆっくり息を吐く。
「……今日は戻ろう」
このまま進むべきではない。そう思った。恐怖ではない。危険を感じたわけでもない。ただ、今の自分には、この湖の意味が分からない。分からないまま踏み込むには、何かが違う。蒼真は湖に背を向けた。




