第30話 幼馴染
第三管理ダンジョンは、駅から少し離れた元倉庫街にあった。入口を覆うように、仮設とは思えないほどしっかりした建物が建っている。
金属フェンス、警備員、受付、医療スペース、装備点検用の簡易カウンター。
外には数人の探索者が集まっていた。まだ探索者という職業が生まれて間もない。装備もばらばらだ。スポーツ用品にプロテクターを合わせた者。中古の防具を着た者。真新しい剣を腰に下げた者。魔法職らしく杖を持つ者。
その中で、蒼真の装備は群を抜いていた。Dランク剣、Dランク短剣、Cランク盾。どれもダンジョン産。
特に盾は、低ランクダンジョン百回踏破の報酬で得たものだ。常時、微回復と微防御力上昇が働くレア装備。
E級やF級産の武器は、品質だけ見れば現代品より劣る。だが、ダンジョン内では魔物への通りがまるで違う。もし、その武器にスキルが1つでも付いていたら。売りに出せば一生は無理でも、10年は遊んで暮らせるだろう。それが探索者が増え続ける理由の一つだった。
そんな中、蒼真の盾には効果が二つ付いていた。Cランク装備で、まだ市場にも出回っていない。見たこともない値段になることは間違いない。見た目も効果も派手ではない。だが、ソロで潜り続ける蒼真にとっては、かなり相性が良かった。
受付で探索者免許を見せる。職員が端末で確認し、少し目を見開いた。
「あ、天城さんですね」
「はい」
「本日、単独での入場ですか?」
「その予定です」
「第三管理ダンジョンは複数人での探索を推奨しています」
「危なそうなら戻ります」
職員は何かを言いたそうにしたが、登録情報を見て黙った。蒼真の踏破数。買取実績。提出情報。その数字は、すでに普通の探索者とは違っていた。
「分かりました。無理はしないでください」
「はい」
受付を離れ、入口へ向かう。建物の奥に、黒い入口がある。野良ダンジョンで見慣れたものと同じ。ただし、その周囲には照明があり、警備員がいて、注意書きが貼られている。管理された未知。妙な言葉だが、そんな印象だった。蒼真は入口の前で足を止めた。
《真鑑定》
【ダンジョン名 深緑の獣道】
【ランク D】
【階層 三階層】
【テーマ 森林】
【状態 未踏破】
「深緑の獣道」
名前は悪くない。
森、獣、毒性植物、三階層、Dランク。
今の蒼真にとって、ちょうど試したい相手だった。入口へ踏み込もうとした時だった。横から声がした。
「もしかして、蒼真?」
足が止まる。聞き覚えのある声だった。蒼真は振り返った。そこにいたのは、一人の女性だった。探索者用の軽装備。胸元には簡易プレート。腰には短い杖。背中には小さめのリュック。肩までの柔らかい髪を後ろでまとめ、少し驚いたようにこちらを見ている。
白瀬結依。
幼なじみだ。大人になってからはしばらく連絡も取っていなかった相手。だが、顔を見ればすぐに分かる。
「結依?」
蒼真が名前を呼ぶと、彼女は少しだけ笑った。
「やっぱり蒼真だ」
「何してんの、ここで」
「それ、こっちの台詞なんだけど」
結依は蒼真の装備を見る。ダンジョン産らしき剣。揃いの防具。そして、探索者免許。その目が少し丸くなった。
「……かなり潜ってる?」
「まあ、それなりに」
「それなりの装備じゃない気がする」
「そうか?」
「そうだよ」
結依は呆れたように笑った。それから、少しだけ表情を引き締める。
「私は今日、ここの調査補助で来たの。まだ浅いところだけだけど」
「一人で?」
「まさか。臨時パーティ。回復と防御ができるからって呼ばれた」
「回復?」
蒼真の目が少しだけ変わった。結依はそれに気づいたように、小さく頷く。
「回復魔法。あと、結界魔法」
蒼真は数秒、黙った。回復魔法。結界魔法。回復と防御。
今までずっと欲しいと思っていた系統だった。風呂場で青あざを見ながら、回復が欲しいと何度も思った。土壁や盾で防げない攻撃を受けるたび、もっと安定した防御が欲しいと思った。
それを、目の前の昔の知り合いが持っている。
「すごいな」
素直に言った。結依は少しだけ照れたように目を逸らす。
「まだ全然だよ。使えるって言っても、探索者としては初心者だし」
「でも、回復と結界はかなり有用だろ」
「うん。だから呼ばれたんだと思う」
その時、奥から男性探索者の声がした。
「白瀬さん、そろそろ準備いいですか?」
結依が振り返る。臨時パーティのメンバーらしい。剣を持った男が二人。弓らしき武器を持つ女性が一人。装備は悪くないが、動きにはまだ少し硬さがあった。結依は「はい」と返事をしてから、蒼真を見る。
「蒼真は?」
「俺も入る」
「一人で?」
「うん」
結依の眉が寄る。
「Dランクを?」
「危なそうなら戻る」
「そう言う人、だいたい戻らないよ」
「よく分かってるな」
「昔から知ってるからね」
その言葉に、蒼真は少し笑った。結依は変わっていない。柔らかいが、見るところは見ている。昔から、蒼真が適当なことを言うとすぐに気づくタイプだった。
「本当に無茶しないでよ」
「分かってる」
「その返事、軽い」
「ちゃんと考えてる」
「じゃあ、せめて入口付近で異常があったら戻って」
「了解」
結依はまだ少し心配そうだった。だが、呼ばれている以上、長く話しているわけにもいかない。
「また後で。無事に出てきたら話そう」
「そっちもな」
結依は頷き、臨時パーティの方へ戻っていった。蒼真はその背中を見送る。回復魔法。結界魔法。昔の知り合い。探索者。
偶然にしては、面白い。
そう思った。そして、深緑の獣道の入口を見る。
未踏破のDランク。三階層。
その奥に何があるのかは、まだ分からない。だが、胸の奥はもう弾んでいる。
「さて」
彼は小さく笑う。
「行くか」
黒い入口へ、足を踏み入れた。




