第29話 おかねもち
ダンジョン課の買取窓口には、今日も探索者たちの列ができていた。
魔石を売る者、素材を査定に出す者、拾った武器のランク確認を頼む者、ダンジョン産らしき怪しいアイテムを持ち込み、職員に渋い顔をされている者。三ヶ月前には存在しなかった光景が、今では日常になっている。
その列の最後尾に、天城蒼真は並んでいた。
背負っているリュックは軽い。だが、アイテムボックスの中には、かなりの量の魔石が入っている。
最近、蒼真はDランクダンジョンにも手を出し始めていた。まだ無理はしない。危険そうなら退く。そう決めてはいる。
だが、Dランクを回れるようになると、FランクやEランクの魔石は手元に残す必要が少なくなった。もちろん用途はある。プライベートダンジョンの時間流速や、細かい魔道具の材料、実験用。
だが、全てを抱える必要はない。売れるものは売る。そして、必要な時は買えばいい。その程度には、今の蒼真は金に困っていなかった。
順番が来る。窓口の職員が顔を上げた。
「あ、天城さん」
その声には、少しだけ覚悟のようなものが混じっていた。蒼真は苦笑する。
「お願いします」
「今日はどのくらいですか?」
「低ランク魔石をまとめて」
「まとめて、ですね」
職員の目が一瞬だけ遠くなる。蒼真はカウンター横の専用ケースに手をかざした。アイテムボックスから、魔石を出す。
Fランク魔石、Eランク魔石、またF、またE。
同じ品質ごとにまとめ、次々とケースへ移していく。最初の頃は、魔石を一つ売るだけでも珍しがられた。今では魔石を持ち込む探索者も増えた。
それでも、蒼真の量はおかしい。明らかにおかしい。ケースが一つ埋まる。二つ目が出てくる。それも埋まる。職員が無言で三つ目を用意する。隣の窓口にいた探索者が、思わずこちらを見た。
「え、まだ出るの?」
蒼真は聞こえないふりをした。三つ目も半分ほど埋まったところで、ようやく出し終える。
「以上です」
職員はケースを見て、それから蒼真を見た。
「……低ランク魔石、ですよね?」
「はい。FとEです」
「Dは?」
「使うので残してます」
「そうですか」
職員は何かを言いかけて、やめた。もう慣れている。たぶん、慣れたくはなかったのだろうが、蒼真が来るたびに大量の魔石を出すせいで、窓口側の処理速度も上がっていた。
査定機にかける。ランクごとに分ける。品質を確認する。数を記録する。買取額が表示される。蒼真は画面を見た。三ヶ月前なら、思わず声が出ていたと思う。残高を気にしながら生活していた頃なら、間違いなく笑っていた。
今でも、正直に言えば笑いそうになる。だが、それは金が目的だからではない。金の心配をしなくていい。その事実が、ただ楽だった。
会社を辞めた直後は、貯金が減っていく不安があった。ダンジョンで生活できるのか。魔石や素材がどれだけ売れるのか。制度が整うまでどうするのか。そういう現実的な不安は、たしかにあった。
今は違う。魔石は買い取られる。素材も売れる。ダンジョン産アイテムには値がつく。
蒼真の口座残高は、もう笑いが止まらない程度には増えている。もっとも、本人の感覚ではこうだった。
「心配事が一つ減ったな」
そのくらい。高級車が欲しいわけでもない。豪邸に住みたいわけでもない。贅沢な生活をしたいわけでもない。欲しいのは、ダンジョンに潜る時間。強くなるための装備。必要な道具。
そして、まだ見ぬ場所へ行くための余裕。金は、そのための手段でしかなかった。
「査定完了しました。こちらの金額でよろしいですか?」
「はい」
「では、いつもの口座へ振り込みます」
「お願いします」
職員が手続きを進める。その間、奥の職員がちらちらとこちらを見ていた。
三崎澪もいた。
カウンター奥のデスクで書類を整理していた彼女は、蒼真が持ち込んだ魔石の量を見て、少しだけ眉を下げる。
またですか。
声に出してはいないが、顔がそう言っていた。蒼真は軽く会釈した。三崎はため息を隠すように笑い、こちらへ歩いてきた。
「天城さん」
「こんにちは」
「こんにちは。今日も随分な量ですね」
「低ランクですから」
「量の話をしています」
「ですよね」
三崎は苦笑した。
「アイテムボックス、本当に便利ですね」
「最近は習得した人も何人かいるって聞きました」
「天城さんの情報提供のお陰で、アイテムボックス保持者への協力体制も整いつつあります。国としても運搬への協力をお願いしています」
「運び屋になりたくなかったから仕方なく教えただけですよ」
三ヶ月の付き合いで、彼女も蒼真という人間をだいぶ理解してきていた。
強く言っても入る。止めても入る。ただし、完全に無謀ではない。報告はする。必要な情報も出す。だが、全部は言わない。そういう探索者。ダンジョン課としては扱いにくい。個人としては、放っておけない。そんな相手だった。
「今日はこの後、どちらへ?」
「第三管理ダンジョンに行こうかと」
三崎の表情が少し変わる。
「あそこはまだ未踏破ですよ」
「俺はまだ入ってないので」
「そういう意味ではありません。管理下にありますが、現在踏破報告がありません」
「ランクはDですよね?」
「推定Dです。内部は三階層。テーマは森林。毒性植物と小型獣の報告があります」
「森林か」
蒼真は少し考える。植物系は経験がある。毒耐性もある。小型獣も何度か戦っている。Dランク。三階層。ちょうどいい。そう思った。
三崎はその表情を見て、すぐに察した。
「行く気が強まりましたね」
「まあ、管理ダンジョンもどんなものか気になっていたので」
「天城さん」
「無茶はしません」
「先に言わないでください」
「言われると思って」
三崎は頭を押さえた。
「一応、管理ダンジョンですので、入場手続きはお願いします。現地にも職員がいます。異常があればすぐ撤退してください」
「分かってます」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんでは困ります」
蒼真は笑った。手続きが終わり、買取所を出る。外は昼過ぎだった。今日は探索の予定を入れている。
第三管理ダンジョン。国が入口に施設を建て、探索者免許を確認して入場管理しているダンジョンの一つ。
蒼真にとっては、少し珍しい場所だった。普段は真鑑定で見つけた野良ダンジョンに入ることが多い。人が管理しているダンジョンは、入り口で手続きがいる。
面倒だ。だが、情報がある。補給もできる。負傷者が出れば救助も呼べる。その分、野良とは違う安心感もある。そして、まだ自分が踏破していない。それだけで十分だった。




