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第3話 初めての魔法

目覚ましより先に、目が覚めた。


天城蒼真は、ベッドの上でしばらく天井を見ていた。


いつもの土曜なら、昼前まで寝ていた。平日の疲れを取り戻すように寝て、起きてから適当に飯を食べて、動画を見て、気づけば夜になっている。


それが普通だった。


けれど今日は違う。


目が冴えている。


体が軽い。


そして、部屋の奥には自分専用のダンジョンがある。


「……夢じゃないよな」


蒼真は起き上がり、クローゼットを見た。


扉は閉じている。


だが、中に何があるかは分かっていた。


近づいて開ける。


服の奥、存在しないはずの白い入口。


【真鑑定】を使うまでもなく、それが昨日と同じものだと分かった。


「マジか」


何度確認しても、現実だった。


蒼真は洗面所で顔を洗い、鏡を見た。


寝不足の顔ではない。残業明けのくたびれた会社員の顔でもない。昨日スライムに酸をかけられた腕はまだ赤いが、痛みはほとんど引いていた。


ステータスを開く。


半透明の画面が浮かび、昨日のレベルアップで上昇した数値が並ぶ。


レベル。


能力値。


称号。


スキル。


そこに並んだユニークスキルを見て、蒼真はまた口元を緩めた。


「【先駆者の証】【報酬増加】【成長加速】【幸運招来】【真鑑定】……」


声に出すと、改めておかしかった。


多すぎる。


強すぎる。


そして、面白すぎる。


普通なら、ここで警察か役所に相談するのかもしれない。あるいはネットに書き込むのかもしれない。


けれど蒼真は、スマホを手に取って検索することすらしなかった。


今この瞬間、他の誰かに相談するより、自分で確かめたい気持ちの方が強かった。


「とりあえず、装備だな」


昨日は石だった。


あれはさすがにひどい。


蒼真は近所のホームセンターへ向かった。


開店直後の店内は空いていた。工具売り場を歩きながら、蒼真は自分の行動がだいぶ危ないことを自覚していた。


何を買うか。


包丁は論外。持ち歩いたら普通に捕まる。


バールも目立つ。


金属バットはスポーツ用品店の方が自然だが、これも微妙だ。


しばらく悩んだ末、蒼真は丈夫そうな作業用手袋、厚手の上着、膝当て、懐中電灯、小型の工具、そして短めの木製ハンマーを買った。


武器としては頼りない。


だが、昨日の石よりはマシだった。


ついでに絆創膏と消毒液、携帯食、ペットボトルの水も買う。


レジで会計しながら、蒼真は自分の買い物かごを見て思った。


「完全に不審者一歩手前だな」


店員は何も言わなかった。


家に戻った蒼真は、昨日拾った小さな透明な石をテーブルに置いた。


《真鑑定》


【魔石 Fランク】


【Fランクの魔物から得られる魔石】


【魔力をわずかに含む】


【用途 燃料、素材、加工媒体】


「燃料、素材、加工……ばいたい?燃料って、これ燃える……のか?ダメだ。わからん」


今の時点では分からないことが多すぎる。


考えても分からないことは仕方ない。


ダンジョン探しに思考を切り替える。


「さて、行くか」


蒼真は軽く準備を整え、リュックを背負った。


行き先は、昨日の商店街。


本当に黒い入口は消えているのか。


それを確認するつもりだった。


土曜の商店街は、昨日の深夜とはまるで違った。


人通りがある。


開店準備をしている店もある。


自転車に乗った主婦が通り過ぎ、子ども連れの父親がパン屋の前に並んでいる。


その中で、蒼真は昨日の雑貨屋の前まで来た。


シャッターの横を見る。


やはり黒い入口は、なかった。


蒼真は《真鑑定》を使った。


昨日入口があった場所に、わずかな情報が浮かぶ。


【ダンジョン名 始まりの小迷宮】


【ランク F】


【階層 一階層】


【テーマ チュートリアル】


【クールタイム中】


【次回解放まで残り 15時13分32秒】


「解放は今夜1時頃か」


蒼真は商店街を歩き出した。


壁、路地、シャッター、空き店舗、地下へ続く階段。


怪しい箇所を眺めていく。


最初の一時間は何もなかった。


ただの不審者だった。


二時間目で、少し慣れてきた。


人目の少ない場所。


古い建物。


閉じた扉。


不自然に暗い路地や、使われていない地下階段。


そういう場所を重点的に見る。


昼前、蒼真は駅裏の細い路地で足を止めた。


小さな雑居ビルの地下へ続く階段。


照明が切れかけているのか明滅を繰り返している。


「幽霊の方が出そうな雰囲気だな」


蒼真は周囲に人がいないことを確認し、ゆっくりと階段を下りてみる。


階段を下りきった先の壁面に、それはあった。


昨日とよく似た黒い入口。


ただし、昨日見たものより色が薄く、壁に落ちた影のようにも見えた。


《真鑑定》


【ダンジョン名 水音の洞穴】


【ランク F】


【階層 一階層】


【テーマ 水】


【状態 未踏破】


蒼真の鼓動が速くなる。


未踏破。


まだ誰も踏破していない。


「……行くか」


ためらいはあった。


でも、戻るという選択肢はほとんどなかった。


黒い入口へ入る。


視界が一瞬揺れた。


次に見えたのは、薄青い光に照らされた洞穴だった。


足元には浅い水が流れている。壁からは水滴が落ち、どこかで小さな滝の音が響いている。


昨日の石造りの通路とは違う。


湿気が多い。足場も悪い。


蒼真は木製ハンマーを握った。


「水ってことは、スライムか魚か」


声に出した直後、水面が跳ねた。


小さな魚のような魔物が、水中から飛び出してくる。


牙があった。


「うわっ」


蒼真は後ろへ下がりながらハンマーを振った。


魚型の魔物が壁に叩きつけられる。だが、すぐに水へ落ちて泳ぎ出した。


昨日のスライムより速い。


面倒だ。


魚が再び跳ねる。


今度は横から来た。


蒼真は咄嗟に腕で防ぐ。牙が上着に引っかかり、布が裂けた。


「買ったばっかなんだけど」


文句を言いながら、魚ごと腕を壁へ叩きつける。


魔物が動きを止めたところへ、ハンマーを振り下ろす。


【アクアフィッシュを討伐しました】


【レベルが上がりました】


「よし」


昨日より、戦える。


ただし楽ではない。


足場が悪いだけで、動きがかなり制限される。


蒼真は慎重に進んだ。


いや、本人としては慎重なつもりだった。


実際には、好奇心に押されてかなり前のめりだった。


洞穴の奥には、アクアフィッシュが数匹いた。


水たまりに潜んでいるもの。壁の穴から飛び出すもの。天井近くの水滴に紛れて落ちてくるもの。


何度か噛まれた。


一度は足を滑らせて尻もちをついた。


それでも、倒せば経験が入る。


魔石が落ちる。


レベルも少しずつ上がっていく。


蒼真は笑いを噛み殺しながら進んだ。


「やっぱこれ、楽しいな」


最奥には、小さな池があった。


池の中央に、ひときわ大きな魚型の魔物がいる。


昨日のスライム五匹に比べれば、見た目は分かりやすいボスだった。


《真鑑定》


【ボス アクアバイト】


【ランク F】


【水中での移動速度が速い】


【噛みつきに注意】


「注意って言われてもな」


蒼真は周囲を見た。


池の縁には石がいくつか落ちている。


昨日の経験が活きた。


蒼真は石を拾い、アクアバイトに投げる。


当たらない。


だが、水面が揺れた。


魔物が反応し、こちらへ向かってくる。


池から飛び出した瞬間、蒼真は横へ避けた。


足が滑る。


転びかける。


それでも、ハンマーを振り抜いた。


一撃。


アクアバイトが地面を跳ねる。


二撃目を入れる前に、魔物が水へ戻ろうとする。


蒼真は咄嗟に踏みつけた。


靴底にぬるりとした感触。


滑る。


気持ち悪い。


アクアバイトが強く跳ねる。


踏みつけていた右足の下から滑り抜け、そのままズボンの裾へ噛みついた。


想像以上の力で引かれ、蒼真の体が池の方へ持っていかれる。


「おっ、おっ、待て!転ぶ転ぶ!!」


片足でバランスを取りながら大きく右足を振る。


アクアバイトが綺麗な放物線を描いて池に飛んでいく。


水に戻ったアクアバイトがこちらを見ている。


口から水の玉が吐き出された。


ビシャ。


顔面に当たる。痛い。濡れた。


許さない。


何度も放ってくる水の玉を避ける。


二回転んだ。許さない。


痺れを切らしたのか、飛びかかってくる。


顔に噛みつこうとしているんだろう。


タイミングを合わせてハンマーを振る。


地面で跳ねるアクアバイト。


池に戻ろうとしている。


だが今回は逃がさない。


「悪いな」


ハンマーを振り下ろす。


三度目の打撃で、アクアバイトは動かなくなった。


【ボスを討伐しました】


【ダンジョンを踏破しました】


宝箱が現れる。


蒼真は息を整えながら、しばらくそれを見ていた。


昨日ほどの衝撃はない。


だが、昨日とは違う高揚感があった。


偶然入ったわけではない。


自分で探し、自分で踏み込んで、自分で攻略した。


その事実が、妙に嬉しかった。


宝箱を開ける。


中には魔石がいくつかと、青い表紙の厚い本が入っていた。


《真鑑定》


【魔本 初級水魔法】


【所持中、条件を満たすことで初級水魔法を使用可能】


【使用を重ねることで初級水魔法を習得可能】


蒼真は本を手に取った。


分厚いが重くはない。


本から、微かな魔力の揺らぎが伝わってくる。


「魔法」


その言葉だけで、胸が跳ねた。


スキル、レベル、ダンジョン。


そこまでは昨日で受け入れた。


だが、魔法。


これはまた別だった。


蒼真はダンジョンを出る前に、魔本を開いた。


文字は読めない。


けれど、意味は流れ込んでくる。


閉じてみた。感覚は変わらない。


持っているだけで効果があるようだ。


水を生む感覚。


魔力を外へ出し、形にする感覚。


手のひらを前に出す。


「湧き出よ!《ウォーター》!」


言葉は自然に出た。


手のひらの先に、小さな水球が生まれた。


直径十センチほどの、頼りない水の塊。


それでも、確かに魔法だった。


水球は数秒で崩れ、足元の浅瀬に落ちる。


蒼真は無言で手のひらを見た。


そして、こらえきれずに笑いながら叫んだ。


「魔法だ……俺が魔法を……魔法だぁあああ!!」


ひとしきり騒いだら落ち着いた。


「会社行ってる場合じゃないな、これ」


水音の洞穴を出ると、外は昼過ぎだった。


スマホには会社のグループチャットの通知が溜まっている。


週明けの確認。


資料の修正。


月曜朝の打ち合わせ。


蒼真はそれを見て、少しだけ考えた。


そして、画面を閉じた。


今はそれどころではなかった。


駅前のベンチに座り、蒼真は水の魔本をリュックへしまう。


周囲を見回す。


一つ見つけた。


なら、他にもある。


火もあるのか。


風は。


土は。


魔法はどこまで覚えられる。


スキル玉はどれだけ手に入る。


ダンジョンは、いくつある。


蒼真は立ち上がった。


休日は始まったばかりだった。

スーマ「そのぉ…こんなん考えました」

AI先生「フーン面白イジャン」

スーマ「まじか!これ、こうなるんですよ!」

AI先生「ダトシタラ続キハコウダネ」

スーマ「やめてー!!!」

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