第27話 動き始めた
《真鑑定》
【ダンジョン名 反響する車庫】
【ランク F】
【階層 一階層】
【テーマ 音】
【状態 未踏破】
蒼真は目を細める。
「音か」
どう考えても面倒そうだった。音で惑わせる敵。反響で位置が分かりにくい構造。大きな音に反応する罠。そういうものが想像できる。
普通なら、情報を集めてから入る。誰かに相談してから入る。ダンジョン課に報告してから入る。だが、蒼真は一人だった。
アイテムボックスに必要な道具は入っている。魔法も武器もある。魔力操作も覚えた。なら、入れる。
「まあ、見つけたしな」
それだけで、理由としては十分だった。
ダンジョンの中は、名前通り音がやけに響く空間だった。床を踏むだけで、足音が遠くまで反射する。水滴の音。風の音。どこかで何かが転がる音。そのすべてが重なり、どこから聞こえているのか分かりにくい。
最初に現れた魔物は、蝙蝠のような小型の魔物だった。
《真鑑定》
【エコーバット】
【音に反応して位置を把握する】
「なるほど」
蒼真は発光で明かりを作り、音を立てないように歩く。歩法が役に立った。足音を抑える。重心を静かに移す。だが完全には消せない。
エコーバットが飛んでくる。蒼真は風魔法を使った。ただし、強く吹かせない。小さく、狭く、方向だけを変える。魔力操作を覚えてから、こういう細かい調整がやりやすくなった。
エコーバットの進路がずれる。そこへ短剣。
一撃。
「よし」
魔法を撃ちまくるより、静かに処理する方がこのダンジョンには合っている。そう判断した。
音を立てない。必要な時だけ小さく魔法を使う。送風や発光を使えば、かなり動きやすい。
最奥のボスは、大きな蝙蝠だった。甲高い鳴き声でこちらの動きを乱してくる。頭が痛くなる。反響で位置がずれる。蒼真は途中で舌打ちした。
「音、嫌いになりそう」
だが、負けるほどではない。土魔法で床に小さな壁を作り、音の反射を変える。風魔法で鳴き声の通り道を乱す。発光を使って、相手の視界を潰す。水魔法で水球を飛ばす。
だが、相手の動きを止めるには十分だった。
本命は火弾。
火球を魔力操作で小さく圧縮した火弾を、ボスの胴へ撃ち込む。
【ボスを討伐しました】
【ダンジョンを踏破しました】
宝箱が現れる。
中身は、魔石と素材、耳栓のような小さな道具だった。
《真鑑定》
【静音爆音耳栓】
【装着中、大きな音や不快な音による攻撃を軽減する】
【笑い声だけは何故か大きく聞こえる】
【周囲の音を遮断するものではない】
「便利アイテムだな。何故笑い声だけ……」
スキル玉ではないし武器でもないが、こういうものも悪くない。蒼真は静音爆音耳栓をアイテムボックスに収納した。
最近、報酬の見方が少し変わってきた。スキル玉は確かに嬉しいが、毎回出るものではない。
むしろ出ない方が普通なのだろう。武器、防具、素材、消耗品、魔道具。そういう報酬も、使い方次第でかなり役に立つ。
静音爆音耳栓も、いつか音系のダンジョンや大きな衝撃音を使う敵相手に役立つはずだ。
笑わなければ。
蒼真はダンジョンを出た。地下駐車場の空気は、妙に現実的だった。スマホを見ると三崎さんから連絡が来ている。
「近日中に、登録制度についてご説明したいです」
蒼真は画面を見て、少し眉を上げた。
「登録制度?」
何かが動いている。国側で、ダンジョンに関する仕組みが作られ始めている。それは分かる。
分かるが、蒼真の頭の半分はまだ今のダンジョン報酬に向いていた。
静音爆音耳栓は当たりだった。次に音系が来たら、もう少し楽に行ける。
「まあ、説明は聞くか」
蒼真はそう言ってスマホをしまった。そのまま帰るつもりで、地下駐車場を出る。夜風が頬に当たる。街は少しずつ変わっている。
ダンジョン課ができたことも、探索者免許が始まることも、魔石が新エネルギーとして注目されていることも、蒼真はまだ詳しく知らない。
知れば、面倒だと思うだろう。でも、便利だとも思うだろう。魔石を買い取ってくれるならありがたい。探索者として登録すれば、堂々とダンジョンに入れるかもしれない。
ただし、真鑑定やプライベートダンジョンやユニークスキルのことは、言いすぎないようにしなければならない。
陽翠の声が頭に浮かぶ。言いすぎない。迷ったら聞く。蒼真は小さく笑った。
「気をつけるか」
そう呟いた直後、道の向こうにある古いビルの横で、黒い入口がちらりと見えた。
蒼真の足が止まる。
《真鑑定》を使う。
【ダンジョン名 絡み蔦の階段】
【ランク F】
【階層 一階層】
【テーマ 拘束】
【状態 未踏破】
「……」
スマホを見る。
時刻はまだ二十一時前。体力は残っている。魔力も問題ない。でも、帰るつもりだった。つもりだったが、未踏破だ。
蒼真は数秒だけ迷った。そして、ため息のように笑う。
「見つけたら、入るよな」
数秒後、蒼真は黒い入口をくぐっていた。
その頃、研究所では魔石の出力測定が続いていた。
ダンジョン課では、探索者免許の仮運用に向けた書類が積み上がっていた。
三崎澪は、連絡予定者の一覧を確認しながら、天城蒼真の名前に視線を止めていた。国が制度を作り始めるより前から、何度もダンジョンへ入り、戻ってきている人物。
情報の出し方は慎重だが、明らかに何かを隠している。そして、たぶん。止めても入る。三崎は小さく息を吐いた。
「まずは、登録の説明からですね」
その頃の蒼真は、すでに絡み蔦の階段の中にいた。蔦に足を取られながら、風魔法で切り払い、短剣で絡みつく蔦を断ち、ぶつぶつ文句を言っている。
「拘束テーマ、性格悪いな」
それでも、声はどこか楽しそうだった。
世の中が動き始めている。国が、研究所が、制度が、ダンジョンを取り込もうとしている。だが天城蒼真は、その少し先で。
今日もまた、見つけたダンジョンに入っていた。




