第26話 これはいけるぞ!
白い光が、天井から無機質に降り注いでいた。
金属製の机、分厚いケーブル、安全装置のついた透明なケース。その中央に、小さな石が置かれている。透明感のある、淡く光を含んだ石。
魔石。
まだ正式な名称が決まったわけではない。だが、黒い入口の内部から持ち帰られたその石が、既存の鉱物とは明らかに違う性質を持っていることだけは分かっていた。
白衣の男が、手袋越しに魔石を持ち上げる。
「出力試験、始めます」
周囲の研究員たちが息を呑んだ。魔石が、小型の装置へ差し込まれる。装置はもともと、未知素材のエネルギー反応を見るために組まれた簡易的なものだった。
期待はあったが、誰も確信はしていなかった。男がスイッチを押す。
一秒。
二秒。
何も起きない。
研究員の一人が眉を寄せた、その直後だった。装置の隣に接続されていた小さなライトが、ぱっと光った。
「……点いた」
誰かが呟いた。
次の瞬間、ライトが甲高い音を立てて爆ぜた。破片が透明ケースの内側に散る。研究室に、短い悲鳴と驚きの声が重なった。
「オォ!」
白衣の男が、思わず声を上げる。恐怖ではない。驚愕と興奮が混ざった声だった。
「出力が想定を超えています!」
「制御系が追いついてない!」
「魔石の残量は?」
「減衰していますが、まだ反応あり!」
ざわめきが一気に広がる。
男は割れたライトを見つめ、それから装置に残った魔石を見た。口元が震える。
笑っていた。
「これはいけるぞ」
静かに、しかし確信を持って言う。
「測定器を持って来てください。出力、安定性、変換効率、全部取り直します」
研究員たちが動き出す。誰もが理解していた。
今、目の前で起きたことの意味を。
黒い入口、未知の空間、魔物。そして、そこから得られる石。
それはただの奇妙な鉱物ではなかった。エネルギー源になり得る。それが分かった瞬間だった。
そこから国の動きは早かった。最初は、空間異常への臨時対応だった。警察、消防、自治体、研究機関。それぞれがばらばらに動き、通報を受け、現場を封鎖し、入った者の聞き取りをしていた。
だが、魔石の利用価値が確認されたことで、状況は変わった。危険なだけの異常現象ではない。管理すべき資源。確保すべき新エネルギー。そして、放置すれば人命にも社会にも影響を及ぼす災害の種。
政府内に、黒い入口への対応を専門に扱う部署が設立された。
通称、ダンジョン課。
正式名称は長く、何度聞いても覚えにくいものだった。現場では、誰も正式名称を呼ばなくなった。
ダンジョン課は、まず情報を集めた。黒い入口を見た者、内部に入った者、戻ってきた者、怪我をした者、魔物を見た者、魔石を拾った者。その中には、天城蒼真のように複数回内部へ入っている者もいた。
だが、まだ全体像は見えない。ステータスという現象、魔物の種類、ダンジョンのランク、階層、踏破、宝箱、スキル。どれも断片的だった。
それでも、国は動いた。有用そうな入口には、急ぎ仮設の管理施設が建てられた。
駅地下に出た入口、公共施設の裏に出た入口、研究価値の高い素材が確認された入口、危険度は低いが魔石の安定採取が見込める入口。
そうした場所は、警察の黄色いテープだけではなく、金属製のフェンスと仮設建物で囲われていった。
入口の前には警備員、内部調査班、医療スタッフ、記録係、研究員。すべてが急造だった。だが、それでも形は作られていく。
同時に、ダンジョンへ入る人間を管理する仕組みも必要になった。勝手に入って死なれては困る。勝手に魔石を持ち出されても困る。
だが、完全に禁止すれば、すでに力を得た者たちは隠れて潜る。ならば、登録させる。最低限の説明を受けさせ、危険を理解させる。
回収品の申告と買取の窓口を作る。そうして、探索者免許の発行が始まった。まだ制度としては荒い。講習も簡易的。登録も本人確認と注意事項の説明が中心。
それでも、免許という形が生まれたことで、人々はようやく黒い入口を「関わってはいけない怪異」ではなく、「管理され始めた未知領域」として見始めた。
ニュースでも、少しずつ言葉が変わっていった。黒い入口、空間異常、未知領域。
そして、ダンジョン。
その言葉が世間に定着するまで、そう時間はかからなかった。
一方、その頃。
天城蒼真は、そんな大きな流れを知っているようで、あまり知っていなかった。
国が制度を作っている。そんなことよりダンジョンだ。
「よし、次」
彼は地下駐車場の奥で、黒い入口を前にしていた。




