第25話 これが基礎
今度は武器をしまい、魔法の訓練に切り替える。
火球、水球、風刃、土壁、発光、洗浄、乾燥、微風。
魔法そのものは使えるが、最近は少し気になることがあった。魔力の流れだ。魔法を発動する時、体の中から何かが動く。それは最初、ただ減る感覚だった。魔力を使えば消費する。それだけだった。だが、何度も魔法を使ううちに、流れのようなものが分かってきた。
胸の奥、腹のあたり、腕、指先。そこへ魔力が通って、形になる。蒼真は火球を作る。すぐには撃たない。手のひらの上に留める。熱はある。だが、自分の手は焼けない。魔力で形を保っている。
「これ、もっと細かく動かせるんじゃないか」
蒼真は火球を小さくしたり大きくしたりを繰り返す。細くも伸ばしてみる。途中で形が崩れ、火の粉になって消えた。今度は水球でやってみる。球を作る、潰す、伸ばす、薄い膜のように広げる。維持ができなくなり、水が床に落ちる。洗浄で片付けた。
次は風。目に見えない分、難しい。だが、肌に当たる感覚で分かる。強く吹かせる。弱くする。一点に集めてみる。広げてみる。
「雑に撃ってただけだな、これ」
蒼真は自分で言って、少し笑った。魔法は便利だ。威力もある。だが、今までは発動できることに頼っていた。もっと細かく扱えれば、消費も減る。威力も上がる。応用も増える。身体強化にも使えるかもしれない。
目を閉じて、体内の魔力を意識する。流す。止める。集める。散らす。最初はうまくいかない。流そうとすると漏れる。止めようとすると滞る。集めようとすると一箇所に寄りすぎる。何度も失敗する。それでも、プライベートダンジョンでは魔力が尽きない。失敗しても続けられる。
ひたすら繰り返した。汗が落ちる。呼吸が乱れる。魔法を撃っているわけではないのに、疲れる。精神的な疲労が重い。それでも、少しずつ分かってくる。魔力は力任せに押し出すものではない。流れを作るものだ。水を流すように。風を通すように。火を灯すように。土を固めるように。属性ごとに、魔力の感覚も少し違う。
蒼真は手のひらに小さな火を灯した。今までより小さいが、安定している。次に、指先だけに水を集めてみる。小さな雫が浮かぶ。それを落とさずに回す。ゆっくり慎重に。できた。その瞬間、頭の中に文字が浮かんだ。
【熟練条件を満たしました】
【スキル 魔力操作を習得しました】
蒼真は目を開けた。
手のひらの上の雫が、まだ浮いている。さっきよりも安定している。
「……来た」
声が漏れた。派手な攻撃魔法ではない。新しい属性でもない。だが、明らかに重要なスキルだった。
《真鑑定》
【魔力操作】
【体内および体外へ流れる魔力を扱う基礎技能】
【魔法発動、魔力消費、魔力制御に補正】
【熟練により応用範囲が拡大】
蒼真はしばらく表示を見つめた。
「基礎か」
基礎。それは地味な言葉だった。だが、今の蒼真には分かる。基礎があると、全部が変わる。剣もそうだった。盾もそうだった。槍も弓も短剣もそうだった。魔法も同じだ。ただ撃てるだけでは足りない。扱えるようになる必要がある。
蒼真はもう一度、火球を作った。小さい。速い。安定している。次に大きくする。今までより滑らかに膨らむ。撃つ。火球は訓練場の奥へ飛び、音を立てて弾けた。
「よし」
自然と声が出た。その日は、かなり遅くまで訓練した。魔力操作を覚えたことで、魔法の感覚が少し変わった。同じ火球でも、力の入れ方が違う。水の形も崩れにくい。風は細く鋭くできる。土壁は無駄に厚くしなくても安定する。生活魔法だけは見た目も効果も変わらなかった。だが、発動は滑らかになり、消費魔力も減った気がした。いつでも同じ効果が得られる。これは生活にはありがたい。ありがとう生活魔法。
翌日も訓練した。その次の日も。仕事の残りの手続き。三崎さんへの最低限の報告。家での整理。プライベートダンジョンでの訓練。
陽翠には、迷った時だけ短く連絡した。
返信は以前より遅い。忙しいのだろう。それでも、返事は来た。
「言いすぎない」
「三崎さんには事実だけ」
「便利だからって実演しすぎない」
短いが、効く。蒼真はそのたびに少し笑った。一週間ほど経つ頃には、魔力操作の感覚もだいぶ馴染んできた。魔法の消費が軽くなった気がする。身体強化も安定する。武器訓練と組み合わせると、動きの途中で魔力が乱れにくい。万能武器を槍に変え、突きながら足に魔力を流す。踏み込みが伸びる。盾に変え、腕と腰に魔力を通す。受けの姿勢が崩れにくい。弓に変え、指先と視線に意識を集中する。矢を放つ瞬間のブレが減る。
「いけるな」
蒼真は床に座り、呼吸を整えた。Fランクのダンジョンは、もう焦らず踏破できる。もちろん油断はできない。だが、今のままFランクばかり回っていても、得られるものには限界がある。Eランク。まだ未知だ。敵も強くなるだろう。罠も増えるかもしれない。踏破条件も複雑になるかもしれない。
危険はある。だが、だからこそ報酬も期待できる。蒼真はアイテムボックスから魔石を取り出し、またしまった。
リュックの中身を確認する。水、携帯食、ライト、応急処置セット、足跡見えの粉、錆鉄の戦槌、ナイフ。必要なものは揃っている。魔法もある。武器も少しは使える。魔力操作も覚えた。
「よし」
蒼真は立ち上がった。久しぶりに、胸の奥が強く弾んだ。訓練は大事だ。地味な積み重ねも必要だ。それは分かった。でも、ずっと部屋にこもっているだけでは足りない。実戦で試したい。新しい場所を見たい。何が出るのか知りたい。蒼真はクローゼットを出て、外出の準備を始めた。
今日からまた、探索を再開する。そして今度は、Fランクだけではない。真鑑定でEランクを見つけたら、挑戦してみる。もちろん、無茶はしない。危険そうなら退く。そのつもりではいる。だが、蒼真の足取りは軽かった。玄関を出る前に、スマホを見る。陽翠への連絡画面を開きかけて、少し迷う。今から探索に行く。
Eランクを見つけたら挑戦するかもしれない。それを送るか。少し考えた末、蒼真は短く打った。
「探索再開。無茶はしない」
数分後、返事が来た。
「信じたい」
蒼真は笑った。
「信じてくれ」
また少し間が空く。
「帰ったら報告」
「了解」
スマホをしまい、蒼真は玄関を開けた。外の空気が頬に当たる。街はいつも通りだった。通勤する人。買い物へ向かう人。自転車で走る学生。誰も、すぐ近くにダンジョンがあるかもしれないとは思っていない。蒼真だけが、少し違う世界を見ている。
黒い入口。未知の空間。魔物。宝箱。スキル。そして、自分が少しずつ変わっていく感覚。
「Eランク、あるかな」
呟いた声は、抑えきれない期待を含んでいた。蒼真は歩き出した。
見つけたら入る。
その癖は、もう簡単には抜けそうになかった。




