第24話 地味
陽翠は、それからしばらく忙しくなった。理由は、ダンジョン。まだ世間に大きく公表されているわけではない。探索者という制度があるわけでもない。資格も、窓口も、資料もない。ただ、それでも少しずつ、黒い入口を見たという話が増えていた。
人が消えかけた場所。妙な魔物らしきものを見た場所。不自然に空間が歪んでいた場所。ステータスを得たという人。そういう報告が、表には出ない形で集まり始めているらしい。陽翠はその対応に回されることが増えた。
「だから、今までみたいにすぐ時間取れない」
ファミレスで向かい合った陽翠は、少し疲れた顔でそう言った。蒼真は頷いた。
「分かった」
「報告は三崎さんにして」
「うん」
「でも、言いすぎないで」
「そこが難しいんだよな」
「兄さんは便利だと思ったものを軽く言うから危ない」
蒼真は反論しかけて、やめた。心当たりがあった。アイテムボックスも、本人の感覚では便利な荷物入れだったが、考えれば考えるほど危険性も大きい。持ち込み、持ち出し、隠匿、運搬。普通なら不可能なことが、かなりできてしまう。
「言うべきか迷ったら聞く」
蒼真がそう言うと、陽翠は少しだけ安心したように息を吐いた。
「それでいい。全部隠せって言ってるわけじゃない。でも、全部言えば安全ってわけでもないから」
「了解」
「あと、一人で無茶しないで」
「努力はする」
「そこは約束して」
「……無茶はしない」
陽翠はじっと蒼真を見た。
「見つけたら入る、は?」
「場合による」
「それが怖いんだよ」
蒼真は苦笑した。その日はそこで別れた。
陽翠は自分の仕事へ戻り、蒼真は一人で帰った。
今までより少しだけ、周りが静かになった気がした。
家に戻ると、蒼真はアイテムボックスの中身を確認した。
魔石、足跡見えの粉、不自由紙、錆鉄の戦槌、ナイフ。容量はまだ少ない。だが、それでも探索の自由度はかなり上がった。
「さて」
蒼真は壁に立て掛けた万能武器を持つ。
クローゼットの前に立つ。プライベートダンジョン。自分だけの訓練場所。魔力が尽きない部屋。
そこへ入ると、いつもの白い空間が広がっていた。
蒼真は万能武器を棒の状態で構えた。念じると粘土のように形を変える。
剣、盾、槍、弓、短剣。
それぞれに変えながら、一つずつ体を動かす。
木製とは思えないほど、重さや重心は本物に近かった。攻撃力だけを削ぎ落とした、不思議な訓練武器だった。
まだぎこちない動き。だが、前よりはマシになっている。
剣は振り回すものではなく、体ごと運ぶもの。盾はただ受けるものではなく、角度で流すもの。槍は腕だけで突くものではなく、足と腰で伸ばすもの。弓は力任せに引くものではなく、呼吸と視線で整えるもの。短剣は速さだけではなく、間合いの出入りが大事。
やればやるほど、分かることが増える。同時に、足りないものも増える。蒼真は汗を拭いながら床に座った。
「地味だな」
訓練は地味だった。魔法を覚えた時のような派手さはない。ダンジョン踏破のような報酬もない。宝箱も出ない。新しいスキル玉もない。珍しい魔道具もない。
ただ、体を動かす。魔法を撃つ。失敗する。修正する。繰り返す。
「ダンジョン行った方が、いいもの貰えるかもしれないんだよな」
蒼真は呟いた。
ダンジョンを踏破すれば報酬がある。収納ダンジョンではアイテムボックスを手に入れた。あれほど便利なものが、また手に入るかもしれない。なら、訓練よりダンジョンに行った方がいい。
そう思う。
だが、すぐに別の考えが出てくる。いいものが欲しいなら、より高難易度のダンジョンに行く必要がある。
Fランクばかりでは限界がある。Eランク。その上。高いランクのダンジョンほど、報酬も良くなるかもしれない。なら、高難易度のダンジョンに行けばいい。そう思う。
だが、高難易度に行くなら強くならないと危ない。強くなるには訓練がいる。でも訓練している時間で、ダンジョンを探した方が報酬があるかもしれない。
「堂々巡りだな」
蒼真は笑った。結局、答えは一つだった。
どちらもやる。探索もする。訓練もする。そのために、今は地味なことを積むしかない。
蒼真は立ち上がり、棒に戻っていた万能武器を剣へ変える。
「まずは、今日の一振だ」
派手さはない。だからこそ、この積み重ねがいつか命を救う。蒼真はもう一度、剣を振った。




