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第23話 やっぱ便利だ

翌朝、蒼真はいつもより早く目が覚めた。


理由は単純だった。


アイテムボックスを使いたかった。


目を開けて、天井を見る。


数秒だけぼんやりしてから、すぐに体を起こす。


「……やっぱ夢じゃないよな」


蒼真は右手を出し、念じた。


手のひらの上に、Fランク魔石が現れる。


透明感のある小さな石。


昨日、何度も出し入れしたものだ。


それを見た瞬間、眠気が少し飛んだ。


「便利すぎる」


もう一度念じる。


魔石が消える。


頭の中には、確かに収納物の感覚がある。


Fランク魔石。


牙素材。


金属片。


泡素材。


足跡見えの粉。


不自由紙。


錆鉄の戦槌。


今まで部屋に散らばりかけていたものが、全部ではないにしても、かなり片付いた。


蒼真はベッドから降りると、床に残っている戦利品を見下ろした。


アイテムボックスは便利だ。


だが、万能ではない。


十枠まで。


同じ種類の魔石はまとめられるが、種類が増えればすぐに枠を圧迫する。


素材も同じだ。


牙素材と金属片と泡素材は別枠。


魔道具も別枠。


武器も別枠。


「小、やっぱ小だな」


文句を言いながらも、顔は緩んでいる。


これがなかった昨日までに比べれば、十分すぎるほど革命だった。


蒼真は収納する物と部屋に置いておく物を分け始めた。


まず、錆鉄の戦槌。


これは必須。


収納。


魔石。


換金するか、実験に使うか、まだ決めていない。


収納。


泡沫の洗い場で手に入れた泡素材。


滑り止め効果があるらしい。


靴底に塗ると、濡れた床やぬめった地面でも滑りにくくなる。


これは探索向きだ。


収納。


足跡の通路で手に入れた、足跡見えの粉。


透明な小瓶に入った薄い灰色の粉。


迷子探しに強いが、量は少ない。


蒼真は小瓶を指で摘まみ、光に透かした。


「これは……今すぐ使うより、残しといた方がいいな」


追跡スキルではない。


使い切りのアイテム。


だが、だからこそ使う場面を選ぶ必要がある。


探し物。


逃げた敵。


行方不明者。


そういう時に使えば、かなり役立つはずだ。


蒼真は足跡見えの粉をアイテムボックスへ入れた。


次に、散らばる紙片で手に入れた不自由紙。


見た目はただの薄い紙だ。


折ってみる。


折り目がつかなかった。


クシャクシャに丸めてみる。


手を広げると紙も広がった。


ペンでなにか書こうとしても書けない。


「どうしたらいいんだこれ……」


そこでスマホが震えた。


陽翠からだった。


昨日の続きだ。


メッセージには短く書かれていた。


「説明」


蒼真は画面を見て、少し笑った。


逃げられない。


そう思った。


返信する。


「今から行く」


すぐに返事が来た。


「逃げなかったのは偉い」


「逃げる前提やめろ」


「前科がある」


「そんなにない」


「ある」


蒼真はスマホを伏せた。


兄妹間の信頼が、微妙な方向に育っている。


洗浄で服を整え、軽く朝食を取る。


リュックを持ち上げると、昨日までとは重さが違った。


軽い。


肩に乗る負担が少ない。


たったそれだけで、外へ出る足取りまで変わる。


「これだけでも取った価値あるな」


蒼真は玄関を出た。


陽翠の家ではなく、今日は近くのファミレスで会うことになっていた。


人目のある場所の方が、陽翠が冷静に話せるからだ。


蒼真が席に着くと、陽翠はすでに来ていた。


今日は私服だった。


テーブルにはドリンクバーのグラスが置かれている。


陽翠は蒼真を見るなり、目を細めた。


「で、昨日何したの」


「荷物が軽くなった」


「それは聞いた」


「便利なものを手に入れた」


「それも聞いた」


「アイテムボックスを覚えた」


陽翠の手が止まった。


グラスを持ったまま、数秒固まる。


「……アイテムボックス?」


「うん」


「ゲームとかであるやつ?」


「だいたいそれ」


「何でそんな普通に言うの」


「便利だから」


「便利で済む話じゃないでしょ」


陽翠は小さく息を吐き、額に手を当てた。


蒼真は周囲を確認してから、手の平に小さな魔石を出す。


すぐに収納する。


一瞬だけ。


誰にも見られないように。


陽翠の目が見開かれた。


「本当に消えた」


「出し入れできる。今は小だから容量少ないけど」


「小でそれなら十分おかしい」


「俺もそう思う」


蒼真は正直に頷いた。


強がるところではない。


アイテムボックスは明らかに便利すぎる。


これが世間に知られたら、大騒ぎになる。


物流。


保管。


密輸。


災害救助。


犯罪。


使い道が広すぎる。


陽翠はしばらく考え込んだ。


「三崎さんには、収納系のスキルを得たことだけ伝えた方がいいと思う」


「細かい容量や、時間が止まることも?」


「そこまではまだ言わなくていい」


その言葉に、蒼真は少し意外そうに陽翠を見る。


陽翠はグラスを置いた。


「国が悪いって話じゃなくて、情報が大きすぎる。兄さん自身もまだ把握しきれてないでしょ」


「まあ、容量とか条件は分かったけど、応用はまだ全然だな」


「じゃあ、分かった範囲だけ。あと、実物を見せるなら場所を選ぶ」


「了解」


陽翠は少しだけ眉を下げた。


「兄さん、最近本当に進みすぎてる」


「自覚はある」


「でも止まらないでしょ」


「見つけたら入るしな」


「そこが問題なんだよ」


呆れた声だった。


だが、完全に責めているわけではない。


心配している。


蒼真にもそれは分かった。


「一応、昨日の収納ダンジョンは探してたやつだから」


「探してたなら余計に入るよね」


「入る」


「即答しないで」


蒼真はコーヒーを飲んだ。


苦い。


陽翠はため息をつく。


「それで、他には」


「他?」


「収納探してる間に、どうせ別のダンジョンも入ったんでしょ」


「……入った」


「やっぱり」


蒼真は観念して、ここ数日の成果を話した。


泡沫の洗い場。


足跡の通路。


散らばる紙片。


空っぽの大部屋。


陽翠は途中から、完全にメモを取り始めた。


「報酬は」


「スキル玉はアイテムボックスだけ。消耗アイテムとか、よくわからない道具」


陽翠はそこで少し安心したような顔をした。


「それならまだ分かる。報酬でスキル玉が毎回のように出るなら、さすがにおかしいもん」


「やっぱり珍しいのか」


アイテムボックスのスキル玉を握った時、自分は迷わず使った。


もし普通の探索者が見つけたなら、人生が変わるレベルの出来事だったのだろう。


「俺、けっこう引きいいな」


「いいで済ませていいのかな」


「初踏破だからか、報酬増加とか幸運招来のせいかもしれない」


「それも含めて報告案件」


「だよなあ」


蒼真は椅子にもたれた。


やることが増える。


探索。


訓練。


報告。


検証。


荷物整理。


退職後の生活。


考えることが多すぎる。


だが、嫌ではなかった。


むしろ、少し楽しい。


陽翠はそんな蒼真の顔を見て、諦めたように言った。


「楽しそうだね」


「楽しいな」


「危ないのに」


「危ないけど、楽しい」


「そこは否定してほしかった」


「嘘はよくない」


陽翠はもう一度ため息をついた。


そして、小さく笑った。


「じゃあせめて、死なないように楽しんで」


「それは守る」


「あと、見つけても一回連絡」


「場合による」


「連絡」


「……はい」


その時、蒼真のスマホが震えた。


画面を見る。


三崎さんからだった。


短いメッセージ。


「本日、時間は取れますか。確認したい件があります」


蒼真は陽翠を見る。


陽翠も画面を見た。


「ちょうどいいじゃん」


「良くはないけど、タイミングはいいな」


蒼真は返信する。


「夕方なら大丈夫です」


すぐに返事が来た。


「では、いつもの場所で」


蒼真はスマホを置き、アイテムボックスの中身を頭の中で確認した。


魔石。


素材。


武器。


足跡見えの粉。


不自由紙。


そして、今までより少し軽いリュック。


やれることが増えた。


持てるものが増えた。


隠せるものも増えた。


便利になった分、危険も増えた。


蒼真はそれを分かっていた。


分かっていても、胸の奥が少し弾む。


次は何ができるようになるのか。


次はどんな場所に行けるのか。


考えるだけで、足が前に出そうになる。


陽翠がじっと見ていた。


「今、またどこか行きたいって顔した」


「してない」


「してた」


「してない」


「三崎さんに言う」


「それはやめろ」


陽翠は少しだけ得意げに笑った。


蒼真はコーヒーを飲み干した。


夕方、三崎に会う。


収納系のスキルを得たことを報告する。


その前に、収納物の整理と検証をしておく必要がある。


新しい力を手に入れた時の高揚感は、まだ消えていなかった。


だが今回は、それだけでは済まない。


アイテムボックスは便利すぎる。


そして便利すぎるものは、たいてい面倒も連れてくる。


蒼真は立ち上がった。


「帰って準備するか」


陽翠も席を立つ。


「私も行く」


「来るのか」


「来る。兄さん一人だと、変な検証しそうだから」


「信用がない」


「実績がある」


蒼真は反論できなかった。


ファミレスを出る。


朝の空気は少し冷たい。


リュックは軽い。


けれど、これから背負うものは少し重くなる気がした。


蒼真は空を見上げる。


それでも、口元は緩んでいた。


「やっぱ便利だな、アイテムボックス」


陽翠が横から言った。


「そこに戻るんだ」


蒼真は笑った。


戻る。


どう考えても、そこに戻る。


便利なものは便利だ。


そして便利なものを手に入れるためなら、次もきっとダンジョンを探す。


見つけたら入る。


それはもう、蒼真の中で半ば決まりごとになり始めていた。

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