第22話 空っぽの大部屋2
《真鑑定》
【空っぽの大部屋】
【ランク -】
【特殊ダンジョン】
【階層 一階層】
【テーマ 収納】
蒼真は周囲を見る。
何もない。
宝箱もない。
敵もいない。
扉もない。
階段もない。
壁も見えない。
ただ広いだけ。
「何をしろと……」
しばらく待ってみた。
何も起きない。
発光で明かりを増やしてみる。
何もない。
風魔法を使ってみる。
風は何もない空間を流れて消える。
土魔法で床を盛り上げようとしたが、床は反応しない。
《真鑑定》で床を見る。
【床】
【ダンジョン構成物】
「いや、情報薄いな」
蒼真は歩き出した。
とりあえず、どこかに何かあるはずだ。
ないなら歩くしかない。
十分。
二十分。
三十分。
歩いても、景色は変わらない。
どこまでも同じ床。
同じ明るさ。
同じ空気。
方角すら怪しくなる。
蒼真は途中で足を止め、床に短い線を付けようとした。
傷はつかない。
なら、魔石を一つ置く。
目印にする。
さらに歩く。
しばらくして振り返ると、目印の魔石はもう小さすぎて見えなかった。
「広すぎだろ」
収納テーマ。
空っぽの大部屋。
なるほど、空間だけはある。
中身はない。
皮肉が効きすぎている。
さらに歩く。
さすがに飽きてきた。
敵が出る方がまだ分かりやすい。
罠がある方がまだ反応できる。
何もないのは、精神的にくる。
蒼真はその場に座り込んだ。
「本当に何もないのか?」
《真鑑定》を広げるように使う。
視界に入る範囲。
さらにその奥。
魔力感知も使う。
魔力の流れを探る。
何もない。
いや。
ほんの少しだけ、違和感があった。
遠く。
かなり遠く。
何かがある。
蒼真は立ち上がった。
「やっとか」
違和感の方向へ歩く。
走るほどの元気はない。
だが、足取りは少しだけ軽くなった。
五分。
十分。
やがて、床の上に小さなものが見えた。
ぷるん、と揺れている。
スライムだった。
普通のスライム。
最初のダンジョンで見たものと、ほとんど同じ。
広すぎる空間の真ん中に、スライムが一匹だけ。
蒼真は立ち止まった。
スライムも止まっている。
互いに無言。
「……お前かよ」
蒼真の声が、大部屋に虚しく響いた。
スライムが液を飛ばしてくる。
蒼真は横へ避けた。
今さら当たるような攻撃ではない。
火球を撃つ。
一撃。
スライムは弾けるように崩れた。
【スライムを討伐しました】
次の瞬間、頭の中に文字が浮かぶ。
【ダンジョンを踏破しました】
蒼真はしばらく何も言わなかった。
「えぇ……」
それだけだった。
広い。
ひたすら広い。
何もない。
三十分以上歩かされる。
最後にスライム一匹。
倒したらクリア。
「このダンジョン、性格悪くないか?」
床の上に宝箱が現れる。
大部屋の広さに対して、やけに小さな宝箱だった。
蒼真は近づき、真鑑定する。
【宝箱】
【罠なし】
開ける。
中には、小さな透明なスキル玉が入っていた。
《真鑑定》
【スキル玉】
【内容 アイテムボックス・小】
蒼真は目を見開いた。
「来た」
疲れが吹き飛んだ。
本当にあった。
アイテムボックス。
収納系スキル。
しかも、探していた通りの報酬。
蒼真は迷わずスキル玉を握る。
覚えたい。
そう念じる。
スキル玉が光り、手の中で消えた。
【スキル アイテムボックス・小を習得しました】
続けて、さらに文字が浮かぶ。
【称号 人類初小型収納者を獲得しました】
【称号報酬 ユニークスキル 空間適性を獲得しました】
「空間適性?」
蒼真は眉を寄せた。
《真鑑定》
【空間適性】
【空間に関わる技能、魔法、現象への適性を得るユニークスキル】
【距離感、位置感覚、空間の歪みに対する違和感察知に補正】
【空間系技能の習得、理解に補正】
「……今すぐ便利っていうより、後で効いてきそうなやつか」
蒼真はそう呟き、まずは手元の魔石を見た。
試しに収納してみる。
触れた魔石が、すっと消えた。
頭の中に、内容物の一覧のような感覚が生まれる。
Fランク魔石。
一個。
「おお」
取り出したいと念じる。
手のひらに魔石が戻る。
場所も正確。
ミスもない。
もう一度収納する。
次に、リュックから素材を取り出して収納する。
牙素材。
金属片。
植物素材。
それぞれが、頭の中で自然に分かる。
ぐちゃぐちゃに入れている感覚はない。
箱に詰めるのとも違う。
空間の中に入れたものが、一覧で把握できる。
「便利すぎる」
ただし、小だ。
《真鑑定》で見る。
【アイテムボックス・小】
【触れた非生物を異空間へ収納する】
【収納可能数 十枠】
【同名・同品質の物を一枠に百個まで収納可能】
【収納内部の時間経過を停止】
【生物収納不可】
【大きすぎる物は収納不可】
十枠。
容量は決して多くない。
だが、今の蒼真には十分だった。
蒼真は魔石や素材を整理しながら収納した。
同じ種類の魔石はまとめて扱えるらしい。
同名同品質なら一枠に百個までしまえる。
これはありがたい。
内部時間の停止。
これで食べ物が日持ちするようになる。
「……ありがとう」
武器はどうか。
ナイフを手に持つ。
念じる。
収納できた。
「最高」
すぐに取り出す。
手元に戻る。
「最高」
もう一度収納する。
蒼真はしばらく出したりしまったりを繰り返した。
リュックが軽くなる。
戦利品を持ち帰れる。
人目を気にしなくていい。
探索の自由度が、一気に上がる。
「これ、もっと大きいの欲しくなるやつだな」
小でこれだ。
中や大があるなら、絶対欲しい。
そう思った。
空っぽの大部屋を出ると、空き店舗横の細い通路に戻った。
白い入口は、少し揺れたあと、すっと消えた。
鑑定をしても痕跡は見つからなかった。
特殊ダンジョンは踏破後に消えるタイプか。
蒼真はその場所をしばらく見つめた。
広いだけの、何もないダンジョン。
一匹だけのスライム。
そして、アイテムボックス。
「意味は分かるけど、やっぱり性格悪いな」
そう言いながらも、口元は緩んでいた。
帰り道、リュックは驚くほど軽かった。
いつもなら肩に食い込む重さがない。
余分な素材もない。
全部アイテムボックスの中だ。
たったそれだけで、夜道がかなり楽になる。
家に着くと、蒼真はまずアイテムボックスからナイフを取り出した。
次に魔石。
素材。
出し入れは滑らかだった。
間違えない。
欲しいものがちゃんと出る。
取り出す場所も指定できる。
「これ、探索者必須だろ」
収納できる数は限られている。
だが、あるのとないのでは別物だ。
蒼真は床に座り、ステータスを開く。
【アイテムボックス・小】
【空間適性】
二つの新しい表示が増えている。
また、自分の世界が広がった。
知らない場所へ入る。
敵を倒す。
報酬を得る。
スキルが増える。
できることが増える。
それが楽しい。
最初は偶然だった。
黒い入口を覗き込んで、落ちた。
でも今は違う。
自分で探している。
見つけたら入る。
入れば、何かが変わる。
蒼真はアイテムボックスから魔石を一つ取り出し、また収納した。
「便利だなあ」
しみじみ呟いた。
戦闘力が上がったわけではない。
派手な魔法でもない。
だが、こういう便利さもまた、成長だった。
探索が楽になる。
行ける場所が増える。
持ち帰れるものが増える。
それだけで、次のダンジョンに入りたくなる。
スマホが震えた。
陽翠からだった。
「今日は何もしてないよね?」
蒼真は少し考えた。
そして返信する。
「荷物が軽くなった」
すぐに返事が来る。
「何したの」
蒼真は笑った。
「便利なものを手に入れた」
返事はしばらく来なかった。
数分後。
「明日聞く」
蒼真はスマホを置き、ベッドに倒れ込んだ。
明日、また怒られる。
たぶん、三崎さんにも報告するか迷うことになる。
でも、今はそれよりもアイテムボックスが嬉しかった。
蒼真は目を閉じる前に、もう一度だけ魔石を出し入れした。
何度やっても、便利だった。




