第21話 空っぽの大部屋
武具試練の間を踏破してから、天城蒼真の荷物問題は一気に深刻になった。
水、火、風、土。
それぞれの魔本は、使い込んで正式にスキルとして覚えた瞬間、淡く光って崩れるように消えた。
生活魔法の指南書も同じだった。
だから、本そのものはもう残っていない。
それでも荷物は増える。
魔石。
素材。
スキル玉。
錆鉄の戦槌。
護身用ナイフ。
応急処置セット。
水。
携帯食。
探索用のライト。
生活魔法で汚れや匂いは誤魔化せるようになったが、重さと量はどうにもならない。
蒼真は床に並べた戦利品を見下ろしながら、腕を組んだ。
「リュック、限界だな」
探索者らしくなってきた。
そう言えば聞こえはいい。
だが現実は、家の床に魔石と素材が散らばり、ベッドの下には戦槌が押し込まれ、クローゼットにはプライベートダンジョンの入口がある。
普通の部屋としては、だいぶ終わっていた。
生活魔法の洗浄で部屋は綺麗にできる。
だが、物理的な量は減らない。
プライベートダンジョンに置いてしまおうか迷った。
今の量なら大きな問題はない。
しかし、訓練中の視界の端に積まれた荷物が見えるのを想像すると、置く気にはならなかった。
いつか火魔法を当ててしまう気もしている。
「収納だな」
蒼真は呟いた。
欲しいものは明確だった。
アイテムボックス。
ゲームや漫画でよくある、異空間収納。
もし本当に存在するなら、今の蒼真にとってこれほど欲しいスキルはない。
魔石も素材も武器も、全部持ち運べる。
探索が楽になる。
帰り道に人目を気にして棒を抱える必要もなくなる。
「収納系のダンジョン、探すか」
そう決めると、蒼真の行動は早かった。
翌日から、退勤後の探索目的が変わった。
倉庫。
レンタルボックス。
古い物流センター。
閉店した家具屋。
駅のコインロッカー。
商店街の空き店舗。
物をしまう場所。
保管する場所。
広い空間。
そういう場所を中心に、真鑑定で探していく。
だが、見つからない。
収納系のダンジョンどころか、倉庫っぽい場所には何もない。
代わりに、別のダンジョンは見つかる。
古いコインランドリーの裏では、泡だらけの小部屋を見つけた。
【ダンジョン名 泡沫の洗い場】
【ランク F】
【階層 一階層】
【テーマ 泡】
「収納じゃないな」
そう言いながら入った。
泡で足元が滑り、視界も悪い。
だが、生活魔法の微風と乾燥が刺さった。
報酬は、滑り止め効果のある靴底用アイテム。
いつか使う日がくるのか。
別の日には、閉店した靴屋の裏に小さな入口を見つけた。
【ダンジョン名 足跡の通路】
【ランク F】
【階層 一階層】
【テーマ 追跡】
「収納じゃないな」
そう言いながら入った。
足跡を追わないと進めないダンジョンだった。
途中で足跡が消えたり、偽物が混じったりする。
観察と危機察知が役に立った。
踏破報酬は、追跡補助の消耗品。足跡に振りかけるとその足跡が光って見える粉。
「これは探索に使えそう」
さらに別の日には、古い文房具店の裏に入口を見つけた。
【ダンジョン名 散らばる紙片】
【ランク F】
【階層 一階層】
【テーマ 記録】
「収納ではないな」
そう言いながら入った。
中では、散らばった紙片を集め、正しい順番に並べなければ先へ進めなかった。
戦闘は少ない。
だが、妙に頭を使う。
報酬は、不自由紙だった。
見た目は普通の紙。
だが、文字は書けない。折れない。破れない。
「……どう使えと」
蒼真はしばらく迷った末、とりあえずリュックにしまった。
収納ダンジョンは見つからない。
蒼真は家に帰るたび、床に座ってステータスを確認した。
「目的と違うのに、普通に強くなってるんだよな」
悪くない。
いや、かなり良い。
ただ、荷物問題は何も解決していなかった。
魔石も素材も増えた。
むしろ悪化している。
そして、探し始めて四日目。
蒼真はだいぶ疲れていた。
会社への出社はもうほとんど終わり、退職手続きも最終段階に入っている。
日中は会社。
夜はダンジョン探索。
帰ったら戦利品整理と訓練。
さすがに睡眠時間が削れている。
「今日見つからなかったら、一旦探し方変えるか」
そう言いながら歩いていた。
場所は、自宅から少し離れた大型スーパーの裏通り。
搬入口。
倉庫。
駐車場。
収納や保管に関係しそうな場所は、一通り見た。
何もない。
真鑑定を使いすぎて、少し頭も重い。
蒼真は缶コーヒーを買い、駐車場の端で飲んだ。
「アイテムボックス、欲しいんだけどな」
口に出す。
当然、返事はない。
飲み終えた缶を捨て、帰ろうとした時だった。
スーパーの隣に、小さな空き店舗があった。
以前は何かの事務所だったのか、看板は外され、ガラスには白い紙が貼られている。
その横に、細い通路がある。
人一人が通れる程度の隙間。
蒼真は何気なく覗いた。
奥に、白い入口があった。
《真鑑定》
【ダンジョン名 空っぽの大部屋】
【ランク -】
【特殊ダンジョン】
【階層 一階層】
【テーマ 収納】
【状態 未踏破】
蒼真は缶コーヒーを捨てたばかりのゴミ箱の方を振り返った。
それから、もう一度入口を見る。
「……あった」
四日探した。
倉庫も見た。
ロッカーも見た。
レンタルボックスも見た。
物流センターも見た。
家具屋も見た。
何もなかった。
最後に見つけたのは、空き店舗の横の細い通路。
しかも名前は、空っぽの大部屋。
「名前そのまますぎるだろ」
だが、テーマは収納。
当たりだった。
蒼真はリュックを背負い直す。
疲れている。
頭も重い。
今日は帰るつもりだった。
でも、収納テーマだ。
四日探して、ようやく見つけた。
入らないという選択肢はなかった。
「見つけたら入る。探してたなら、なおさらだな」
そう言って、蒼真は白い入口へ踏み込んだ。
中に入った瞬間、視界が開けた。
広い。
とにかく広い。
床は白っぽい石でできている。
壁は見えない。
天井もあるのかないのか分からない。
空はない。
外でもない。
ただ、ひたすら平らな空間が広がっている。
音もない。
風もない。
匂いも薄い。
物もない。
本当に何もない。
蒼真はその場で立ち尽くした。
「……どんなダンジョンだよ」
声が妙に遠くへ吸い込まれていった。




