第17話 巣穴
生活魔法を手に入れた翌日から、天城蒼真の日常はさらにおかしくなった。
会社には行く。
引き継ぎもする。
上司にも後任にも、必要なことはちゃんと伝える。
だが、退勤後はまるで別人だった。
スーツのまま一度家に帰り、服を着替え、水と簡単な食料をリュックに詰める。錆鉄の戦槌を手に取り、必要なら護身用に買った小型のナイフも確認する。
そして、街へ出る。
ダンジョンを探す。
見つけたら、入る。
完全に生活が二重になっていた。
その日、蒼真が見つけたのは、駅から少し離れた古い駐輪場の奥にあるダンジョンだった。
《真鑑定》
【ダンジョン名 牙鼠の巣穴】
【ランク F】
【階層 一階層】
【テーマ 小獣】
【状態 未踏破】
「鼠か」
暗闇の階段でシャドウラットとは戦っている。
似たような相手なら、なんとかなる。
そう思って入ったのが、少し甘かった。
牙鼠の巣穴は、狭かった。
低い天井。
土の壁。
入り組んだ通路。
足元には小さな穴がいくつも開いていて、そこから牙の大きな鼠型の魔物が飛び出してくる。
一匹一匹は強くない。
だが、速い。
そして数が多い。
蒼真は錆鉄の戦槌を振るった。
一匹を叩き潰す。
横から別の一匹が足へ飛びかかる。
身体強化で無理やり足を引き、火球を撃つ。
狭い通路で火は使いにくい。
焦げ臭さがこもる。
「うわ、面倒くさいなここ!」
蒼真は微風で煙を流し、土魔法で穴を塞ぐ。
だが、塞いだ横からまた別の穴が崩れる。
牙鼠が飛び出す。
戦槌を振るうには、通路が狭い。
大きく振れば壁に当たる。
小さく振れば威力が足りない。
蒼真は舌打ちし、腰のナイフを抜いた。
買ったばかりの護身用として売られていた、短剣に近い小型ナイフだ。
正直、まともに使った経験はない。
だが、狭い場所なら戦槌よりは取り回しがいい。
牙鼠が跳ぶ。
蒼真は身をひねり、ナイフを振った。
浅い。
だが、当たった。
続けてもう一匹。
今度は突き刺すように動かす。
手応え。
【ファングラットを討伐しました】
「使えるな」
喜ぶ暇はなかった。
次の牙鼠が腕に噛みつく。
痛みが走る。
蒼真は壁に腕を叩きつけ、魔物を振り落とす。
ナイフでとどめを刺す。
格好良さはなかった。
泥臭い。
必死。
狭い巣穴の中で、鼠相手に戦槌とナイフを持ち替えながら戦う。
それでも、少しずつ感覚は掴めてきた。
戦槌は止める。
叩く。
押し潰す。
ナイフは狭い場所で刺す。
払う。
近づかれた相手を処理する。
武器ごとに、体の使い方が違う。
魔法とは違う。
素手とも違う。
手に持った道具の長さ、重さ、形。
それに合わせて動く。
巣穴の最奥で、蒼真は一際大きな牙鼠と向き合った。
《真鑑定》
【ボス ビッグファング】
【ランク F】
【素早い飛びかかりと噛みつきに注意】
「まあ、そうだろうな」
ビッグファングが走る。
速い。
蒼真は土壁を出す。
横から回り込まれる。
火球を撃つ。
避けられる。
狭いせいで、自分も動きづらい。
ビッグファングが足元へ飛び込んでくる。
蒼真は戦槌を振り下ろす。
外れた。
地面が砕ける。
その隙に、魔物が懐へ入る。
「っ」
ナイフ。
咄嗟に持ち替え、横から振る。
刃がビッグファングの肩を裂いた。
だが止まらない。
噛みつかれる。
左腕に牙が食い込む。
「痛ぇ!」
蒼真は叫びながら、身体強化を意識した。
腕を引かない。
逆に押し込む。
噛みつかれたまま、壁へ叩きつける。
一瞬、ビッグファングの動きが止まる。
その瞬間、ナイフを逆手に握り直し、首元へ突き立てた。
一度。
二度。
三度。
ビッグファングの力が抜ける。
【ボスを討伐しました】
【ダンジョンを踏破しました】
蒼真はその場に座り込んだ。
腕が痛い。
噛まれた跡から血が滲んでいる。
すぐに生活魔法の洗浄で汚れを落とし、持っていた消毒液と包帯で応急処置をする。
生活魔法は便利だ。
だが、傷を治してくれるわけではない。
「回復、ほんと欲しいな」
そう呟いた直後、頭の中に文字が浮かんだ。
【武器の扱いが一定水準に到達しました】
【初級槌術を習得しました】
「……お?」
続けて、もう一つ。
【武器の扱いが一定水準に到達しました】
【初級短剣術を習得しました】
蒼真は目を瞬かせた。
戦槌。
ナイフ。
今まで何度も戦槌を使っていた。
今回、狭い場所でナイフも使った。
ギリギリの戦闘の中で、ただ振り回すだけではなく、武器として扱う感覚を掴んだ。
「スキルとして形になったのは、感覚を掴めたからなのかもしれない。」
蒼真はしばらく表示を見つめていた。
そして、急に顔を上げる。
「あっ! 武器ね! そうか!」
魔法は魔本で覚える。
便利系はスキル玉で覚える。
なら、武器は。
武器を使うことで覚える。
訓練すれば生える。
そして、ダンジョンにはチュートリアルがある。
生活魔法のチュートリアルがあった。
なら、武器のチュートリアルダンジョンがあってもおかしくない。
「あるだろ。絶対あるだろ、武器訓練ダンジョン」
蒼真の目が輝いた。
牙鼠の巣穴の宝箱を開ける。
中身はFランク魔石と、牙素材と、小さなスキル玉だった。
《真鑑定》
【スキル玉】
【内容 受け身】
「受け身」
かなり当たりだった。
さっき壁にぶつかり、転がり、噛まれたばかりの蒼真には、あまりにも必要なスキルだった。
迷わず使う。
【スキル 受け身を習得しました】
体に倒れ方の感覚が入ってくる。
衝撃を逃がす。
転がる。
手をつく。
首を守る。
戦闘補助系のスキル。
これも今後かなり役に立つはずだ。
だが、今の蒼真の頭は別のことでいっぱいだった。
生活魔法にはチュートリアルがあった。
それなら、剣や槍の武器にも必ずある。
「探そう」
蒼真の次の目的は、決まった。
武器訓練ダンジョン。
それを探す。
牙鼠の巣穴を出ると、夜風が冷たかった。
腕は痛む。
服も汚れている。
だが、蒼真は笑っていた。
新しい目的ができた。




