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第11話 木製ハンマー卒業

火曜の朝。


天城蒼真は、スマホのニュース通知で目を覚ました。


通知欄には、似たような見出しがいくつも並んでいる。


都内各地で謎の入口を確認。


立ち入り禁止区域を拡大。


行方不明者との関連を調査中。


蒼真はベッドの上でしばらくそれを眺めていた。


「まあ、そりゃそうなるよな」


ダンジョンは、もう自分だけの秘密ではなくなりつつある。


駅裏にもあった。


神社裏にもあった。


会社近くの地下通路にもあった。


あれだけ街のあちこちに入口があれば、誰かが見つける。


写真を撮る。


動画を上げる。


入る。


戻ってこない者も出る。


そうなれば、国も警察も動く。


当然の流れだった。


蒼真はスマホを置き、体を起こした。


昨日の疲れはまだ残っている。


だが、体は少しずつ慣れてきていた。


痛みはある。


重さもある。


それでも、最初にスライムと殴り合った翌日よりはずっとマシだ。


レベルが上がっているからか。


あるいは、単純に気分の問題か。


理由は分からないが、動ける。


動けるなら、行く。


ただし今日は会社がある。


まだ辞めていない。


「先に仕事か」


その言葉に、蒼真は自分で少しだけ笑った。


仕事を先に片づけて、夜にダンジョン。


順番としては完全におかしい。


けれど、今の蒼真にはそれが自然だった。


会社に着くと、空気が少し変わっていた。


いつも通りパソコンを立ち上げる者もいる。


コーヒーを飲む者もいる。


だが、会話の中心は仕事ではなかった。


「昨日のニュース見た?」


「黒い穴のやつだろ」


「友達の家の近くにも出たらしいぞ」


「警察が封鎖してたって」


「中に入った人がいるとかいないとか」


蒼真は自分の席に座りながら、黙ってそれを聞いていた。


誰も本気で理解していない。


都市伝説とも災害ともつかない。


今の世間の認識は、その程度なのだろう。


蒼真はパソコンを起動し、引き継ぎ資料を開いた。


やることは多い。


だが、昨日よりさらに気持ちははっきりしていた。


早く片づける。


早く辞める。


早く潜る。


午前中は、ほぼ引き継ぎ資料の作成で終わった。


自分が担当していた案件の進捗、取引先とのやり取り、注意点、過去資料の場所。


普段なら面倒で仕方ない作業も、今日の蒼真は淡々と進めた。


上司が何度か様子を見に来た。


「天城、本当に大丈夫か」


「大丈夫です」


「顔色は悪くないな」


「よく寝たので」


嘘ではない。


よく眠れたかは微妙だが、気分は悪くない。


昼休み。


蒼真は社内ではなく、外の公園へ出た。


コンビニで買ったサンドイッチを食べながら、スマホでニュースを確認する。


空間異常。


未確認生物。


危険区域。


専門家による調査。


いくつかの記事には、黒い入口の写真が載っていた。


蒼真が見たものと同じだった。


ただ、写真越しでは【真鑑定】が使えない。


いや、試してみれば、薄い情報だけは拾えた。


【ダンジョン入口】


【詳細不明】


【映像越しの鑑定により精度低下】


「映像越しでも見えるのか」


蒼真は思わず呟いた。


【真鑑定】は、やはりおかしい。


直接見なくても、映像からある程度読める。


これは後々かなり使える気がした。


ただし、今はまだ不用意に誰かへ話すつもりはない。


自分の能力がどれだけ異常なのか、世間の基準が分からないからだ。


午後も引き継ぎは続いた。


夕方には人事との面談もあった。


退職理由は、やはり一身上の都合で押し通した。


次は何をするのかと聞かれた。


蒼真は少しだけ考えて、答えた。


「個人で色々やってみます」


嘘ではない。


個人でダンジョンを攻略する。


色々どころではない。


人事担当は困ったような顔をしていたが、強く止めることはなかった。


退職日は、引き継ぎと有休消化を含めて数日後に決まった。


思ったより早い。


それだけ、蒼真が会社に深く食い込んでいなかったということでもある。


少し寂しい気もした。


だが、それ以上に楽だった。


定時を過ぎて、蒼真は会社を出た。


駅へ向かう。


今朝、駅のロッカーに探索用に道具を預けていた。


トイレで着替え、リュックを背負う。


向かう先は、昨日見つけた地下通路。


錆びた地下道。


二階層の金属テーマダンジョン。


昨日は一階層で引き返した。


今日は、踏破する。


「さて」


地下通路の奥、封鎖された旧出口の前。


黒い入口はまだ残っていた。


《真鑑定》


【ダンジョン名 錆びた地下道】


【ランク F】


【階層 二階層】


【テーマ 金属】


【状態 未踏破】


蒼真はアルカナに触れた。


魔法はある。


【斬撃耐性・小】も取った。


一階層の敵は、だいたい分かっている。


問題は、二階層だ。


「行くか」


入口を抜ける。


昨日と同じ鉄の匂いがした。


一階層は、昨日より楽に進めた。


カッターギアの動きはもう見ている。


転がってくる角度も、止め方も分かる。


土壁で止める。


火で熱する。


水で急冷する。


ハンマーで叩く。


手順ができてしまえば、昨日ほど苦戦しない。


それでも、金属の魔物は硬かった。


倒すたびに腕がしびれる。


「やっぱり、武器が弱いな」


木製ハンマーでは限界がある。


石よりはマシだが、金属相手には頼りない。


魔法も便利だが、火力が足りない。


今の蒼真は、手数と工夫でなんとかしているだけだった。


一階層の奥、昨日引き返した階段へ辿り着く。


下から、鉄の匂いが濃く上がってくる。


蒼真は深く息を吐いた。


「二階層」


階段を下りる。


二階層は、一階層よりもさらに暗かった。


壁の錆は濃く、床には細かい金属片が散っている。


ところどころに古い機械の残骸のようなものが転がり、天井の配管から黒い液体がぽたりぽたりと落ちていた。


足元が滑る。


蒼真は慎重に進んだ。


最初に現れたのは、細い金属の人形だった。


身長は子どもほど。腕が刃のように細く尖っている。


《真鑑定》


【ブレードドール】


【ランク F】


【腕部の斬撃に注意】


【関節部が弱点】


「人型か」


カッターギアより嫌な相手だった。


転がるだけの敵なら、止めればいい。


だが人型は違う。


動きが読みにくい。


ブレードドールが滑るように走ってくる。


腕の刃が横に振られる。


蒼真は後ろへ下がり、土壁を出した。


刃が土壁を切り裂く。


完全には止まらない。


「マジか」


蒼真は風魔法で距離を取り、火球を撃つ。


ブレードドールの胴に当たる。


効きは浅い。


水球も同じ。


なら、関節。


【真鑑定】が示した弱点。


蒼真はブレードドールの膝を狙った。


土魔法で足元を盛り上げる。


一瞬だけ動きが鈍る。


そこへ火球。


膝関節の辺りが赤く熱を持つ。


さらに水球。


蒸気が上がる。


ブレードドールの片足がぎこちなく止まった。


「よし」


蒼真は踏み込み、ハンマーを膝へ叩き込んだ。


金属音。


腕がしびれる。


だが、ブレードドールが傾いた。


もう一撃。


倒れたところへ、土魔法で押さえつける。


最後に、首の付け根へ火球を撃ち込んだ。


【ブレードドールを討伐しました】


蒼真は荒く息を吐いた。


「これ、Fかよ」


一階層より明らかに強い。


ボスでもない雑魚でこれだ。


二階層ダンジョンは、やはりこれまでとは違う。


それでも、倒せないほどではない。


倒せる。


倒せるなら進む。


二階層には、ブレードドールが何体もいた。


一体ずつならなんとかなる。


二体同時になると厳しい。


蒼真は何度か退きながら戦った。


土壁で分断する。


風で距離を取る。


火と水で関節を壊す。


魔力は減る。


アルカナのおかげで少し軽減されているとはいえ、プライベートダンジョン内とは違う。


外では魔力が枯れる。


使いすぎれば危険だ。


途中で蒼真は壁に背を預け、水を飲んだ。


「魔力無限に慣れると、外がきついな」


当然だった。


あそこは異常な訓練場。


外では、魔法は資源だ。


考えて使わなければならない。


それを体で覚えるには、このダンジョンはちょうどよかった。


嫌になるくらい、ちょうどよかった。


しばらく進むと、広い部屋に出た。


中央には、錆びた大きな扉。


ボス部屋だろう。


その前に、小さな宝箱があった。


「珍しいな」


道中宝箱。


《真鑑定》


【宝箱】


【罠なし】


蒼真は慎重に開ける。


中には、短い金属棒のようなものが入っていた。


いや、柄がある。


小型の槌だ。


《真鑑定》


【錆鉄の戦槌】


【ランク F】


【金属系モンスターへの打撃効果微上昇】


【耐久低下中】


「ここで武器くれるのか」


ありがたい。


だが、少し遅い。


いや、ボス前だからむしろ今なのか。


蒼真は木製ハンマーをリュックへしまった。


「……今までありがとな」


これでようやく、木製ハンマー卒業だ


蒼真は戦槌を握った。


重い。


だが、扱えないほどではない。


木製ハンマーより短く、振りやすい。先端は錆びているが、金属の塊としての重さがある。


これなら、ブレードドールにも通る。


蒼真は扉を見た。


心臓が速い。


怖い。


だが、引き返す気はなかった。


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