第10話 崩れる日常
家に帰ると、陽翠からまたメッセージが来ていた。
「兄さん、今日も帰り遅い?」
蒼真は靴を脱ぎながら返信した。
「今帰った」
「本当に何してるの」
「退職の準備」
少し間が空いた。
それから、すぐに着信が来た。
画面には、天城陽翠の名前。
蒼真は一瞬だけ迷った。
出たら面倒だ。
だが、出ない方がもっと面倒になる。
通話ボタンを押す。
「もしもし」
電話の向こうから、妹の声が飛んできた。
「兄さん、仕事辞めるの?」
「辞める予定」
「なんで?」
「やりたいことができた」
「絶対それだけじゃないでしょ」
「それだけではないかもな」
「何その言い方。怖いんだけど」
蒼真は少し笑った。
陽翠は二十四歳。
国の関係機関で働いているらしい。
昔から妙に勘がいい。
下手にごまかすと、逆に追及される。
「今は詳しく言えない」
「危ないこと?」
「危なくないとは言えない」
「最悪」
「でも、面白い」
電話の向こうで、陽翠が黙った。
呆れたのか、怒ったのか。
たぶん両方だ。
「兄さん」
声が少し低くなる。
「何かあったら、ちゃんと言って」
蒼真はふっと表情を緩めた。
「分かった」
「絶対だからね」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
通話が切れる。
蒼真はスマホを見下ろした。
家族に話す日は、案外近いかもしれない。
特に陽翠は、国側の情報に触れる立場になる可能性がある。
ダンジョンが公になるなら、彼女も無関係ではいられない。
「面倒になってきたな」
そう言いながら、蒼真の声はあまり嫌そうではなかった。
風呂に入り、軽く食事を済ませる。
それから、今日手に入れた金属片と魔石を床に並べた。
素材を手に入れても、どうしていいか分からない。
《真鑑定》
【金属素材 Fランク】
【加工可能】
【武器、防具、魔道具】
どう加工するんだ。
分からない。
だが、いずれ価値が出る気がする。
蒼真はそれらを箱にまとめ、クローゼットの近くへ置いた。
プライベートダンジョンに収納用の部屋が欲しい。
訓練場だけでは足りない。
次の階層へ行けるようになれば、収納か研究か、何かしら設定できるのだろう。
やりたいことが増えていく。
魔法訓練。
二階層ダンジョン攻略。
素材整理。
退職手続き。
家族への説明。
会社の引き継ぎ。
「……普通に忙しいな」
ベッドに倒れ込む。
体は疲れている。
頭も疲れている。
だが、不思議と嫌な疲れではなかった。
月曜は終わった。
普通の会社員としての日常は、少しずつ解体されている。
代わりに、何か別のものが形になり始めている。
蒼真は目を閉じた。
明日は、引き継ぎ。
その後、地下道の二階層。
順番は決まっている。
仕事を片づける。
そして、ダンジョンへ行く。
地下二階。
あの階段の先が、頭から離れなかった。




