第44話:ホラーは専門外
神殿の奥には…
何もない?
神殿の奥。魔神像の裏側にまで来たが、扉もなければ何もない。
壁だけだ…
でも、だが、人の気配は消えていない。
俺は壁沿いに気配を探って歩く…
おかしい。
俺の感覚にほんの少し引っ掛かりがある気がしてならない…
(なんだろうか)
いや、見えているものと、俺の空間把握が一致していない?
俺は手を伸ばして赤黒い壁に触れてみる、感触を感じる…
だが、手は既に壁に埋まっていた。
猛烈な違和感が襲う。知覚との齟齬、吐き気がする。
認識阻害に似た効果…幻影魔法か?
無いものを見せる、精神操作系魔法?
(くっ、干渉されている?)
《ウェイク》覚醒の呪文。
何も起こらない…
神殿のままだ、魔神像の背中が嘲笑っているかのようだ。
(継続系?精神汚染?それとも光学系?)
《マインド・プロテクション》精神防御の呪文。
唱えると画面が切り替わったかのように一瞬で本来の姿を俺に見せた。
そこは体育館ほどの開けた空間だった。
魔神像の置かれていた場所には、黒い木が生えていた。
(洞窟に木?)
じっとりと表面が濡れている気がする。
嫌な、とても嫌な雰囲気だ。
人の気配を感じた方を向くと、何人もの人が鎖に繋がれていた。
俺はゆっくりと近づく、認識阻害はまだ有効だ。
薄汚れ、手足が鎖に繋がれ血の滲んだ、大人から子供までの人たち。
王族風の衣装の男性が、二人。女性が、六人…
他に騎士服の、男性一人、女性九人…
女官が三人。侍女が四人…
そして…
鎖に繋がれたまま事切れた人たち。
黙祷
今は、生きている人のことだけ…すまない。
しかし、生きていても…みんな、蹲って身動きすらしていない。
それを見て俺は自問する。
どうすればいい?
今助けるべきなのか?
今後の行動をまだマリアたちと話し合っていない、そのための潜入だ。
救出すべき人たちも、まだ全体を把握できていない。
今、この人たちを助けることで、助けられる人が助からなくなるかもしれない。
しかし、目の前の人々は、今このとき、命の危険がある…
「ゲホッ、ゲボッ」
騎士服の男が血を吐いた。
「!」
男は頭を抱え、仰向けになって背を海老のように仰け反る。
目が充血し、凶暴な顔に変貌しいていく。
(な、なにごと?)
他の蹲っていた人たちが、恐怖に怯え逃げ惑う。
「いやぁ」
「今度は騎士様?」
「た、助けてくれ!」
騎士服の男が突然立ち上がると、近くの女官に遅いかかった。
(おいおいおい!おい!ちょっと!)
鎖に繋がれた腕を非ぬ方向に振り回し、女官に噛みつこうとしている。
(致し方ない!)
俺はいてもたってもいられず、騎士服の男の鳩尾に拳を叩き込む。
「ガボブッガガガグヴァーーー!」
男は鎖の限界まで吹っ飛ぶと、その場に倒れ込んだ。
普通に考えて、気を失うか行動不能な攻撃を俺は加えた。危険だがそう判断するに値する状況だと思ったから…
「キャーーーーー」
「何が起こってるの」
見ていた人たちが叫ぶ。
「落ち着いて下さい!」
俺は仕方なく、認識阻害の魔法を解いて語りかける。
「だ、誰!」
「ヒィィィィ」
「敵ではありません、助けに来ました」
「助け?」
「助け…」
「本当に?」
「怪しい人、後ろ!」
(怪しい人って…俺?)
騎士服の男がいつの間にか俺の背後に立っていた。
(ウソだろ!)
姿勢を低くして躱し、後ろ向きに再度鳩尾に蹴りを叩き込む。
騎士服の男は今度も吹き飛び何度も転がって倒れるが、そのまま自分の首を掻きむしりだした。
(はぁ?)
なんだよこれ、怖すぎるだろ…
「ちょ、ちょっと止めなさい!死んじゃうから!止めてってば!」
俺は手を伸ばして駆け寄ろうとするが…
「もう、その人は無理です」
「えっ?」
俺が無理といった人に振り向いた合間に…
「ガァアア」ボゴボゴボゴ…
騎士服の男は手当不能な状態になって、動かなくなった…
洞窟に静寂が戻った。
誰となくすすり泣く声が連鎖していく…
俺が騎士服の男に近寄ろうとすると
「だめです、離れて!」
「えと、でも…」
「伝染するみたいで…いつ誰がそうなるかわからないんです」
伝染るって…
魔族とか、洗脳とかのレベルじゃなよ…
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