第41話:聖女服は着ています
城は海を望む小山の上にそびえていた。
白亜の城は、暗くなって出てきた雲で月明かりも届かず、黒く染め上げられている。
歩哨の松明の火が銃眼を通り過ぎる。
城門は夜のためか固く閉ざされていた。
「アリスはどうやって入ったかな?」
《コグニティブ・インヒビション》認識阻害の呪文。俺のことを知覚できなくする。
高さ六メートルはある石積の囲壁に触れてみる。
(ふむん、ここからいけるかな)
俺は目を閉じて、一つだけ大きく深呼吸をする。
目を開けると共に囲壁の隙間に指をかけて、ヒョイヒョイと軽やかに登り始める。
胸壁に手を掛けると、ヒラリと片側胸壁の歩廊に降り立った。
今日の俺は、動きにくい聖女服を脱ぐ…とマリアに怒られるので…
着こなしを変えている。
本来は足首まで届く黒のアルバ(長衣)をチョイスして、裾を高く巻き上げ、白いシンギュラムで腰に結わえて、女子高生を彷彿とするミニスカート丈の短衣にした。
動きに合わせて軽やかに揺れるんだ。
肩には白に金糸のストラを固定するための白の肩覆を重ねている。
足元は巡礼者用のロングブーツ。
スカートの下には薄手のチュニック、そして露出を避けるための革のショートパンツを着用している。
マリアの言いつけを守りつつ、戦闘を前提にした装いは罰当たりな聖職者の軽装だ!
(…これは実用ですよ、マジで長衣で隠密とか無理なので…ホントだよ)
俺は、リアナに教えて貰った内部構造を思い出す。
囲壁内は山の形状に合わせているため、歪な八角形。
中央に王宮と礼拝堂、地下には牢獄。
その周囲に評議会室、文書館、財務局などの行政施設。
外周に兵舎、武器庫、工房、厩舎
囲壁沿いに塔、見張り台、ガードローブ
中庭に儀礼、軍事訓練、集会場
俺が行くべきは…
***
「戦争…起こるのでしょうか?」
「そっちに動いてるのは間違いないでしょうね…」
衣装部屋で二人の侍女が、衣装を整えながら話をしていた。
俺は天井の角に認識阻害を掛けたまま張り付いてそれを見ている。
(蜘蛛人間の如く)
情報は女官や侍女に集まることを、俺は女官見習いの時に理解した。
「でもこの国が戦争しても…」
「わかってる。あなた、私以外にこんな話しては駄目よ…信用できる人なんてもう殆んど居ないわ」
「うんうん」
「陛下も、王妃もおかしくなってしまった」
「王子や王女たちは見かけない…ですね」
「第二王妃、第三王妃も…」
「第四王妃はいらっしゃいますよね」
「元聖女様ね、部屋からは一歩も出てこないけど…」
「近衛騎士団長は一昨日までは優しかったですよ」
「今日見掛けたけど、人が変わってたわ」
「明日は私もどうなっているか…」
「逃げたいです」
「私もよ…」
二人は嗚咽を漏らしつつ、作業を続けた。
***
コンコン
俺は外から窓をノックする。
「?」
中の人が気付いた気配がする。
コンコン
「だ、誰なの…」
部屋は暗く、俺を誰何する女性の声。
「第四王妃様ですね」
「はい」
「グロリアーナ王女から助けを求められた者です」
「グロリアーナ王女?」
「お話できますか?」
「…わかりました」
第四王妃は、窓を開けて俺を招き入れてくれた。
この部屋には聖なる結界が張られていた。
招かれざるものを入れない結界だ。
破るのは躊躇われたので、俺は会う決断をした。
「初めまして第四王妃様」
今の俺は、衣裳部屋で拝借したマフラーで口元を隠し、目元を仮装用の仮面で隠している。
メッチャ怪しいけど…
「ディアナです」
第四王妃は動じなかった、流石修羅場を潜っている元聖女だ。
暗いためにわかり辛いが蜂蜜色のふわっとした髪型の美女だった、だがその表情は暗がりのせいではない翳りが見て取れる…
「…では、ディアナ王妃。私は…」
「聖女ですね、こんなところまで来れる、シーフのような聖女は初めて見るけど…」
「ではシーフということにしていただけると助かります…そのまえに《ホーリー・バリア》」
俺は掌を上に向けると、この部屋に張ってある結界を多重強化する。
ディアナ王妃は目を丸くして驚いたようだ。
「大聖女と見紛うシーフさんですね。こんな強力な結界見たことありませんよ」
「これで、魔王程度までなら入れませんよ」
「フフフ」
(いや、マジなんだが…)
「この結界で、信じられる人を匿うことはできますか?」
ディアナ王妃が聞いてきた。
「可能ですが…水や食料などの供給に問題が…」
「そうですね」
「現在の城内の状況を教えて下さいますか?」
顔を見合わせる。
「私は早めにこの部屋に立て籠もったので、現在のことはわかりません…」
「わかることだけで…」
ディアナは頷いた。
「二週間ほど前ですが…」
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