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サハギンたちは、獲物を見定めた捕食者の目をしていた。
水音と混じり合った彼らの威嚇するような鳴き声が、耳障りに響く。
パトリックは、周囲を見回した。幸い、二人が立っているのは、少しだけ川岸から離れた岩場だ。盤星の密集地帯ではないし、ある程度しっかりした足場がある。
「ケイ」
パトリックが低い声で呼びかけた。その声には、緊迫した状況でも冷静な判断力が宿っている。
「ここで隊長を抱えたままでは、俺もお前も、隊長を守り切れない」
パトリックは、背負っていた隊長を慎重に下ろそうとした。ケイはすぐにその意図を察し、駆け寄ってパトリックを助ける。
二人で協力し、隊長を岩場に静かに横たえた。泥で汚れてきた毛布を隊長にかけ直し、少しでも寒さをしのげるようにする。
「隊長から離れるな」
パトリックはケイに指示した。この岩場は安全地帯ではない。しかし、サハギンは主に水辺で活動する魔物だ。完全に安全とは言えないが、水辺から離れたこの場所なら、ある程度は安全を確保できるだろう。
「殲滅するぞ」
「はい!」
ケイは力強く応じ、騎士剣を構え直した。隊長はここで待たせている。必ず守り切る。
パトリックは、隊長を横たえた場所から一歩離れ、サハギンの群れに向き直った。そして、右手で騎士剣を構えつつ、左手で空を掴む仕草をした。
『生成』
金属の塊が急速に形作られていく。夜明け前の薄明かりの中でも、それは鈍い光を放ち、あっという間に実体化した。
パキン、と空気が鳴ったような音と共に、パトリックの左手に現れたのは、刃渡り二十センチほどの短い短剣だ。
「行ってくる」
重石から解放された体で、パトリックはサハギンの群れに向かって切り込んだ。信じられないほどの速度と踏み込みだ。まるで解き放たれた猛獣のように、その動きは鋭く、淀みがない。
サハギンたちは、予期せぬパトリックの猛攻に一瞬怯んだ。しかし、すぐに体勢を立て直し、一斉に応戦してきた。
「バシュッ、バシュッ」
複数のサハギンが、口から勢いよく水を発射してきた。水圧の高い水鉄砲は、顔面に浴びると強烈な痛みを伴い、視界を奪われるだろう。全身が濡れれば、泥と合わさって服が体に張りつき、動きが鈍るかもしれない。
さらに、群れのサハギンたちは手にした槍で突きを繰り出してくる。サハギンは単体でも槍の扱いに長けているが、集団になると、息の合った連携で複数の槍を同時に突き出してくるため非常に厄介だ。
パトリックは、飛んでくる水鉄砲を最小限の動きで躱し、迫りくる槍を右手の騎士剣で払い、左手の短剣で受け流す。その動きには迷いはなく、大胆に深く踏み込んでいる。彼はサハギンの群れの中央を切り裂くように進み、敵の数を減らすことに専念している。
「ケイ!そっちは二体だ!いけるか!?」
パトリックの声が響く。彼は戦闘しながらも、周囲の状況、そしてケイの相手の数を正確に把握している。
ケイに向かって、二体のサハギンが同時に襲いかかってきた。一斉に繰り出される槍と、容赦なく放たれる水鉄砲。
「バシュッ」
ケイは瞬間身をかがめ、騎士剣を握り込んだ、槍を巻き取るように剣を動かすと、槍の動きに釣られてよろめいたサハギンの首を一撃で刈り取った。
しかし、敵も指を咥えて見ているわけではない。
「ギャアア」
悲鳴のような甲高い雄叫びをあげてもう一体が槍を突き刺してくる。しかし、ケイは身を捩って槍を避けるとその勢いで、もう一体のサハギンの首を刈り取った。
「大丈夫です!」
死んだサハギンと入れ替わるように追加のサハギン等がケイに襲いかかってくる。
魔物とは思えない連携で、今度は同時に2つの槍がケイへ迫る。
「はあっ!」
ケイは全身に力を込め、騎士剣を横薙ぎにして槍を弾いた。ガキン、と金属と硬い木の柄がぶつかる音が響く。弾かれた槍は、勢いを失って地面を穿つ。
その一瞬、ケイの脇が無防備になった。最初に水鉄砲を撃ってきたサハギンが、その隙を逃さず、鋭い爪を剥き出しにして襲いかかってくる。素早い動きだ。泥水で濡れた服が体に張り付き、動きが鈍るのを感じる。
さらに一体のサハギンがケイの方へ回り込んできたのだ。水鉄砲をチクチク打ってくるサハギン含め四体になった。
ケイの額に汗が流れる。
一斉に、三体のサハギンから槍と水鉄砲、そして爪による攻撃がケイに集中する。
「しっっ!」
ケイは息を吐きながら、致命傷となる槍だけは避け、甘んじて爪の攻撃を受ける。さらに、顔に水鉄砲がかかるのを感じながら、ケイは2体の槍持ちのサハギンの手首を続け様に切り落とす。
「「ぐぎゃああ」」
ケイは防具の隙間から差し込まれる、爪の痛みに顔色を変えず、爪での攻撃のため近寄ったサハギンの腹を蹴飛ばした。
「邪魔なんだよ!」
ケイは蹴りの反動を利用して、槍持ちの首を飛ばす。しかし2体まとめては不可能だった。
「バシュッ!バシュッ!バシュッ!」
視界は水しぶきでほぼ遮られ、全身はさらに濡れて重くなる。
槍持ちは、水鉄砲に庇ってもらいながら失った手首を庇いつつ後ろに下がる。
(仕留め損ねた)
しかし、下がった敵に気を取られている暇はない。グギャグギャと新しい槍持ちが前に出てくる。ケイは、ステップを踏んで大きく下がりつつ、先ほど仕留めて槍持ちが落とした敵の槍を拾い大きく振りかぶった。
「はああああああ!!!!」
「ぎゃぎゃぎゃ???」
新手のためにフォローの水鉄砲を飛ばそうと油断していたサハギンの脳天に向けてケイは槍を投げ飛ばす。
ガキンッ
先程手首を切り飛ばされた、槍持ちがギリギリのタイミングで間に合い、ケイが投げた槍を阻止する。
(おしい)
ケイは水鉄砲が不発に終わったことに一先ず満足し、注意が向いていないことに味を占めて襲い掛かろうとした、新しい槍持ちのサハギンの首を飛ばした。
その瞬間微かな違和感がした。ケイは本能に従い、大きく横にずれて間合いをとった。
「グギャアアアア」
すぐ背後に、爪を振りかぶったサハギンがニヤついた顔で襲い掛かろうとしたのが見える。
「くっ……!」
防御が間に合わない!体が硬直し、攻撃を受ける寸前だ。
その時だ。
『射出』
パトリックの声が響いた。彼の視線は、ケイの危険に気づいている。
その瞬間、パトリックの左手に生成された短剣が――まるで意思を持ったかのように、ケイに迫るサハギンへ猛烈な速度で飛来した。
シュゥゥゥッ!
通常の投擲ではありえない速度と軌道だ。
短剣は正確にサハギンの胸部に突き刺さった。サハギンは「グギャア!」と奇声を発し、攻撃を中断して怯んだ。
その一瞬の隙を見逃さず、ケイは体勢を立て直し、サハギンの爪攻撃を紙一重で躱す。そして、怯んだサハギンに向かって、騎士剣を振り上げた。
ザシュッ!
剣がサハギンの体を両断する。
「助かりました!」
ケイはパトリックに叫んだ。パトリックは無言で頷き、サハギンの群れの中央へさらに切り込んでいく。
サハギンたちが水鉄砲を浴びせ、槍で迎え撃とうとするが、その全てが紙一重で躱される。パトリックの体は、水しぶきの隙間を縫い、迫りくる槍の切っ先は全て空を切る。
二筋の斬撃
右手の大剣が、まるで閃光のように走る。接近したサハギンの首が、次々と跳ね飛んだ。泥の上に転がるサハギンの頭部。
短く、しかし圧倒的な速度と力を伴った斬撃は、サハギンの硬い鱗も骨も容易く断ち切る。
さらに、パトリックの左手から、生成されたばかりの短剣が次々と放たれた。
金属の輝きを放つ短剣は、正確に離れたサハギンを狙う。水鉄砲を撃とうと口を開けたサハギンの喉元に、逃げようと水へ飛び込もうとしたサハギンの背中に、それは容赦なく突き刺さった。投擲された短剣は、単なる物理的な力だけでなく、微弱な魔力を纏っているのだろうか、サハギンの怯み方が尋常ではない。
『生成』
『射出』
パトリックは、自身に迫る複数のサハギンを同時に捌きながら、剣で首を落とし、左手で短剣を投げ、さらには短剣を矢のように飛ばして敵を仕留める。彼の戦闘は、剣技、体術、そして魔法が高度に融合したものだ。どこから攻撃が来ても、彼は冷静に対処し、最も効果的な方法で敵を無力化していく。
サハギンたちは混乱していた。自分たちの主戦場である水辺の近くで、これほど圧倒的な強さを持つ敵に遭遇するとは、想定外だったのだろう。彼らの統制は乱れ、連携は崩壊する。逃げ惑う者、無為に水鉄砲を撃ち続ける者、恐怖に固まる者。捕食者であった彼らが、一転して恐怖に怯える被捕食者へと変わっていく。
パトリックの周囲には、瞬く間にサハギンの死体が積み重なっていく。一体、また一体と、黒い鱗の体が泥の上に倒れていく。水面は血に染まり、耳障りな鳴き声は断末魔の悲鳴へと変わる。
残るサハギンは、もうわずかだ。パトリックは最後の数体を追い詰め、容赦なく仕留めていく。騎士剣の一閃、生成短剣の投擲、そして『射出』された短剣。どれもが必殺の一撃となる。
そして、周囲から、サハギンの気配が完全に消えた。
荒い息を吐きながら、パトリックは剣を収めた。全身泥まみれだが、その姿には、騎士としての揺るぎない強さが満ち溢れていた。
「無事か?ケイちゃん」
ケイはヘラヘラと笑うパトリックの姿を久しぶりに見た。




