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悪役令嬢カトゥラ・カドゥレは憂鬱げ  作者: ミナソコミナモ


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(78)カリエーラと三人の子ら

 手紙でこれまでのいきさつを初めて知らされたカリエーラは、頭痛を禁じ得なかった。

 抱き上げるどころか顔もまともに見たことのない息子は、カリエーラにとっては近くの他人より遥かに遠い存在であり、厄介なお家騒動の尻拭いは忌避すべき契約外事項(イレギュラー)

 気は進まなかったが、母と子という厳然たる関係性が存在する以上、いつまでも他人事では済まないのも事実だ。子供に真実を告げる良い時期良い機会でもある。今後の方針を定めるためにも、カリエーラはジョナサンの情けない救援信号を受け取り、ハリスンとの面会に応じた。


 かくて領地にて実の母子(おやこ)の対面は成った。それが感動の再会などというような心温まるものでなかったのは、今現在互いを冷めた目で見やる二人の様子からも想像に難くない。

 それまで母と思っていた女性は父の妾であること、ハリスンを産み落とした実母はカリエーラであること、カリエーラが事実上の領主として領地を管理していることを、ハリスンはこの時初めて知った。人並みに驚いてはいたようだが、あんな女が実の母じゃなくてよかった、と言い放ついかにも貴族的な嘲笑に、強がりの色は微塵もなかった。


 やはり子供には母親が必要だろう、カリエーラも母親として王都に住まうべきではないか──気弱げにそんなことを言い出して性懲りもなく契約を歪めようとするジョナサンには、さしものカリエーラも殺意すら覚えたものだが、これには意外にもハリスンが反対した。

 曰く、母などいなくて結構、妾などという汚らわしい存在が消えて清々したのだ、これ以上女に煩わせられたくはない、母上はこのまま領地に留まり経営を続けてほしい、と。


 実父(ジョナサン)を大いに狼狽させたこの発言に、カリエーラは自身の気質がしかと次代に受け継がれてしまったことを痛感した。

 ……母親が必要とされる幼少期に、母の愛には十分に浴した。交友関係が外側に広がり、学園が生活の基準となった今となっては、子供を愛する()()の継母の出番はほとんどなくなっていた。そもそもハリスンの快適な生活を体力仕事で支えているのは使用人たちであって、食事も作ったこともないような貴族の女の助けなど、もはやなんの足しにもならない。それでも継母のように頭も立場も弱い大人しい女ならばまだいいが、初めて顔を合わせた実母はどうやら父より上手(うわて)で見るからに融通が効かなそう。ずっと他人のような顔をしていたくせに、今になって傍で口うるさくされてはかなわない。そんなことになるくらいなら今まで通り領地で金を稼がせて、豊かな生活の担保になってもらったほうがよっぽど美味しいではないか……

 そんな本音が、カリエーラの目には透けて見える。情というものに実感が薄く、道義や義理人情より損得勘定で物を考えてしまう気質が、カリエーラ自身によく似ていた。これに乗算してジョナサンの浅はかさや自惚れも引き継いでいるのだから、お花畑の愛妾に甘やかされて育てば、かくの如き有様に化けるのも必然と言えば必然か。姑が生きて養育者として機能していればまた違ったのかもしれないが……いや、こうなる土壌を最初に作ったのはむしろ姑だった可能性が高い。なにせあのジョナサンの母親なのだから。


 ここで正しく舵を切らねば、取り返しの付かない方向へと延々突き進んでいくかもしれない……ハリスンを下がらせたのち、夫婦水入らずの席でぽつりと零されたジョナサンの危惧に、カリエーラも静かに同意した。ハリスンを正しく導いてやる大人が切実に必要だ。カリエーラ自ら母親として王都に戻ることも、決して荒唐無稽な話ではないと、頭を痛める程度には事態は深刻だった。

 我が子に対する情は、はっきり言ってないが、それでも責任は感じる。

 しかし同時に、あまりにも時機が悪かった。折しもカドレッド領は本格的な大改革の真っ最中。幾多もの案件を抱えて日々奔走するカリエーラは、ハリスンの反対がなくとも、そもそも領地を離れられる状況ではなかったのだ。この話し合いの時もかなり無理をして時間を作っており、所定の時間が来ればすぐさま次の商談に向かわねばならなかった。

 カリエーラがいなければ領地は回らない。領地の人材も育ってきてはいるが、まだまだ発展途上。今後数十年先までを睨んで、侯爵領の向かうべき道筋を決めようというこの大一番に、配下に全てを任せて旗印である侯爵夫人が抜けられるわけもない。カリエーラと同等以上の権限を持つジョナサンが領主を務められれば話が早いのだが……いや本末転倒だ。それができないからこそカリエーラはここにいるのだから。


 カリエーラはどんなに急いでも向こう三年は王都に戻れない。ハリスンも学園通いがあるからおいそれと領地には来れない。侯爵家の親類縁者に頼れる人間はいないし、人脈もたかが知れているから、腐っても高位貴族の一員である侯爵子息を厳しく躾け直して更生させてくれる人材に心当たりなどない。

 ならばもう、ジョナサンが頑張るしかない。

 親として子らになんの道も示さず、お家再興のお題目を盾に好き勝手にやってきたツケを払う時が来たのだ。もともとハリスンの誕生はジョナサンに全面的な責任があるのだから、道義的にも契約の上においても、本来ジョナサン一人が負うべき課題である。

 とはいえもちろんカリエーラも、不本意ながら胎を貸してしまった立場上、できることはしてやるべきだと思っている。ただその「できること」が、カリエーラの場合は家計を支え家名を維持することが最優先事項となってしまう。構造的には仕事にかまけて家庭を蔑ろにする男親の典型に見えてしまうだろうが、肩に負っているものが領地や領民ともなれば、家族のためとはいえ放り出すことなど断固としてできるわけがない。

 さらに言えば伴侶であるジョナサンは、日々忙しい専業主夫ですらない、大望を嘯くばかりの実質遊び人だ。実らぬ社交を多少休んでも、なんら大勢(たいせい)に影響もない。


 これらの事情を勘案して、当面はジョナサンがハリスンの再教育に従事し、並行して有能な教育係の確保に努めることとなった。差し当たっては学園に正直に事情を話し、屋敷への教員の派遣も視野に入れつつ、まずは学園内での素行不良に目を光らせてもらうのがいいだろう、と助言を与え、カリエーラはハリスンを連れて王都へ帰るジョナサンを見送った。


 王都の屋敷に帰宅したジョナサンは、一応は父親の沽券を取り戻そうと努力したらしい。この頃から父子間での言い争いが頻発するようになったという。……というか、口うるさく干渉し始めたジョナサンを、ハリスンが適当にあしらうようになった、というのが実態だったようだ。

 なにせまともに侯爵をやっているものと思っていた父が、実は経営能力皆無で領地の諸々を何もかも妻に丸投げしていたというのだから、男尊女卑にすっかり染まった息子が、明確に母より劣る父を侮るのも無理からぬこと。そのうえ愛妾に逃げられ、息子の扱いに困った果てに妻に泣きつくという情けない姿を見せたのだから、取り戻すべき沽券はジョナサンの目測より遥かに低いところに失墜していたのだ。

 ようは、息子に舐められきっていたのである。

 父子仲はこじれにこじれ、ハリスンはますますろくでなし貴族の朱に交わり特権意識を高め、息子に相手にされないジョナサンは酒の失敗が増えていった。


 こうした話はカリエーラの耳にも断片的に入ってきて、多忙な日々の頭痛の種となった。

 仕方なしになんとか時間を捻出する算段をつけ、学園の長期休暇の間だけでもハリスンを寄越すよう手紙を王都へ送れば、やってきたのはなぜか愛妾の子らだった。家の空気があまりにも悪いので、たまらず避難してきたそうだ。



「あいつらそんなことを……!?」


 初耳とばかりに憤りを露わにする(ハリスン)を突き刺す祖母(カリエーラ)の冷めた視線が、いっそう温度を下げる。


「二年半ほど、己の弟妹が屋敷を空けていたことにも気づきませんでしたか」


「いや……た、たしかに、そうだった気も……」


「……旦那様がお前に渡し、お前が丸めて捨てたわたくしの手紙を拾って、それをよすがにたった二人手を取り合って遠い領地へ。わたくしが手配した侯爵家の馬車を使っていたとはいえ、親の差配なしに旅をするのは当時のあの子たちには大変だったでしょうに、それでも逃げ出したいほどに王都の屋敷の居心地が悪かったということなのでしょうね」



 ……思えば愛妾逐電における最大の犠牲者は、この二人だったのかもしれない。

 愛妾が我が子ではない嫡男(ハリスン)をことさら可愛がったのは、侯爵家での自身の立場の弱さを補強しようという保身もあったようだ。唯一の味方であるはずのジョナサンが当てにならない状況で、彼女なりに侯爵家の価値観に倣い、少しでも屋敷に馴染もうとしたのだろう。

 結果、虐げられるまではいかずとも少々おざなりにされがちだったのが、愛妾の子らだった。幼い頃は本当に分け隔てない扱いだったものの、嫡男(ハリスン)の成長とともに母の関心はそちらに奪われ、二人はどんどん空気のような扱いになっていった。

 そこに追い打ちをかける母の逐電。それも血を分けた自分たちを差し置いて優先していた異母兄に、事実上追い出される形で。継子と上手くいかなくなっただけなら実子を連れて家を出れば良かったはずなのに、実際はどこかの男と手を取り合って、我が子に一言も残さずあっけなく蒸発したのだ。親の身勝手によって「捨てられた」という思いは、ハリスンのそれとは比較にならないほど切実だったことだろう。

 母がいなくなった後の侯爵家でますます居場所をなくした二人は、一縷の望みに賭けて、顔も見たこともない、利害関係すら共有しない父の正妻を、それでも頼らずにはいられなかったのだ。


 領地に現れた妾の子らの姿に、カリエーラは決意した。

 こちらも猫の手を借りたいほどに忙しいのだ、溺れかけている自覚すらない息子(ハリスン)に気を揉んでも仕方がない、あちらは父親(ジョナサン)に任せて、自ら勇気を出して助けを求めてきた者から優先して助けよう、と。


 かくして妾の子──ロビンとコリーナは領地でカリエーラの仕事を手伝うようになった。もちろん戦力として期待できるレベルではないが、簡単な書類整理や使いっ走りなど、子供にもできる雑務を可能な限り任せたそうだ。

 自身の存在意義が宙ぶらりんになっている二人にとって、根本的にまず必要なのは自己肯定感。貴族の子供がするような仕事ではなくとも、何も考えずに没頭できる他愛無い作業を任せ、達成した後には褒め言葉であったり菓子であったりと、成果に見合った報酬を与える。そうやって、子供でもできることはある、たとえ頼れる血縁などおらずとも適切な労働は自己の存在意義を最大級に担保してくれる手軽な行為であると、経験的に教え込ませたのだ。

 侯爵家で貴族相応の暮らしをしながら無為(むい)な日々を過ごしていた妾の子には戸惑いも多かっただろうが、自分たちの立場に後がないことを理解していたのか、はたまた生来は真面目な気質だったのか、二人は文句も言わずに与えられた仕事に精を出した。

 兄のロビンは内勤向き。こつこつと単調な作業を飽きもせずにこなしていくことに長け、計算能力にも光るものがある。少々内向的ではあったが真面目な仕事ぶりで他の職員にも信頼されるようになり、徐々に難しい内容の書類仕事を任されるようになっていった。

 妹のコリーナは人の懐に入るのが上手く、そのうえ働き者。労を惜しまず領地をよく巡り歩き、視察やトラブル発生の際には現場に直接駆けつけては人対人の交渉事に活躍した。


 将来が先に定まったのはコリーナだった。領内で精力的に働いていたところを、侯爵領に近接する領地から視察に来ていた伯爵家の子息に見初められたのである。

 年齢も近く、当人もお互いに乗り気、身分や手続き上の障害もなく、妾の子であるという点も先方に問題なく受け入れられた。政略なしに近隣領との前向き(ポジティブ)な繋がりができるのも大きい。カリエーラからジョナサンにお伺いの手紙を送れば「任せる」の一言。

 晴れて婚約は叶い、そこから大きな波風もなく婚姻の日取りを待つばかりとなった。


 一方のロビンは、漠然と、もっといろいろな経験を積みたいと願った。書類仕事が性に合うのは確かだが、領地経営の仕事は大体毎年似たような内容のものばかり。もっと多岐に渡る仕事に触れて、自分がどこまでできるのか、何をしたいのかを突き詰めてみたい、と言う。

 その情熱は確かなもので、王宮の文官になる進路を勧められると、自ら乞うて講師を雇い、一刻一秒も無駄にすまいとばかりに試験勉強に邁進した。最終的には学園通いの文官候補生たちに並んで試験を受け、合格点ギリギリながらに採用をもぎとった。


 かくてコリーナの結婚とロビンの就職が決まり、領地の改革も大詰めを迎えようかという頃合いに、事件は王都からもたらされた。

 カリエーラの夫にしてロビンとコリーナの実父、カドレッド侯爵ジョナサンの訃報である。

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【完結済・コミカライズ】
身辺を清めてから出直してくださいませ

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