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悪役令嬢カトゥラ・カドゥレは憂鬱げ  作者: ミナソコミナモ


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(77)カリエーラの居ぬ間に愛妾逐電

「……本当に今更だ、母上」


 思考がまとまったのか、(ハリスン)が慎重に声を上げた。少し皮肉げな色を滲ませながら。


「今更、そのような家の恥を皆の前で語ってなんとします。……もしやそれが懺悔のおつもりですか?」


 ……懺悔。少々過ぎた言葉にも聞こえるが、まあ実際、父が聴衆の同情を引くならそこしかないだろう。

 不本意な出産だったとはいえ、親は親。真っ当な愛情と環境を用意しなかった両親に対して、子が不服を覚えるのは当然のこと。子にとっては自分の人生がかかっているのだ、「仕方ない」で済まされてはたまらない。

 祖母が今何を言ったところで親としては欠陥品だ、だからこそ経済的にでも子に尽くして失態の穴埋めをすべきである、という空気を醸造して己を正当化するとともに、ここまでの自身の失態を相対的に小さく見せようという……だいぶ姑息だが、無責任な大衆に対してはそこそこ効果を見込める手法である。


 ただし、直前に親の側ののっぴきならない事情に説明されたあととなっては、十全な効力は期待できない。論理的に言い負かせるだけの用意があるなら別だが……


「……母としてまともに機能しなかったわたくしを糾弾すると言うのなら、それも良いでしょう。ですが親の不徳を糾弾するということは、自身もまた糾弾される覚悟が必要であると理解していますね? 貴方はすでに、自ら望んで成った、人の親なのだから」


「……っ」


 ……明らかに、祖母のほうが上手だ。

 反論を失った父を冷めた目で一瞥して、祖母は本題へ淡々と話を戻す。


「お前の不満は必ず聴くと約束しましょう。ですが、今ではない。まずは話の腰を折らずに最後まで聞きなさい。……全ての始末はそれからです」


 ()()

 さらりと放たれたありふれたその単語に奇妙な含みを感じながら、カトリーヌは続く昔語りに耳を傾ける。



 ……嫡男ハリスン出産は嵐のように過ぎ去り、カリエーラは体調の回復を待って、何事もなかったかのように再び領地経営に専念することになった。

 以来十年以上、苦労トラブル数多あれど、侯爵家のお家事情からはほとんど切り離された、ある意味において実に平穏な日々が続いたそうな。


 むしろ波乱万丈だったのは、ジョナサン舞い戻った王都の邸宅である。


 領地から連れ出された赤ん坊、すなわちハリスンは、先代夫人の指揮のもと嫡男として王都で育てられた。

 ジョナサンは社交に精を出すばかりで嫡男の世話は任せっぱなしだったようだが、男親が子育てに参加しないどころか、そもそも両親ともに子育てに関わらない貴族などありふれており、また姑が孫の教育に口を挟んで主導権を奪っていくのもよくある話。当時の貴族としてはそれなりに平凡な家庭環境と言えよう。


 その後、ハリスンが物心つく前に先代夫人が病を得て亡くなると、ジョナサンは満を持して愛妾を侯爵家に迎え入れた。

 愛妾はしがない男爵家の娘。世間知らずで頭もいいとは言えず、恋愛脳のお花畑ではあったが、生来悪い人間ではない。継子にあたるハリスンを快く受け入れ、侯爵との間に二人の子を成したのちも、実の子らとハリスンを差別せずに母親として分け隔てない愛情を注いだという。おかげでハリスンは、事実上の継母である愛妾を実の母親と誤認したまま満たされた幼少期を過ごしたようだ。

 ちなみにまごうかたなき実父であるジョナサンだが、お家復興と気炎を吐きながら社交界を飛び回るばかりで大した成果も上げられず、たまに家に帰ってくれば鬱憤を晴らすように愛人との情交に耽り、また社交界へととんぼ返りしていくというやりたい放題。すでに愛妾の子を嫡子に据えようという情熱はなく、そもそも子らにはほとんど関心を向けず干渉もしない。子供らへの扱いは、良くも悪くも平等だったわけだ。



「……ってことは、叔父様と叔母様は……」


「ロビンとコリーナは(めかけ)の子ですよ。いわゆる婚外子ということになりますが、旦那様から認知され、かつ正式に養子縁組の手続きも済ませていますから、れっきとしたカドレッド家の子として登録されております。書類上の扱いとしては正妻の子とさして変わりません」


 完全に初耳だ。のちに父に追い出されたという叔父と叔母と直接顔を合わせたことすらないカトリーヌは、実のところその程度の事実も知らなかった。

 いや……知らされていなかった、のか。



 ……歪ながらに不思議と均衡のとれていた家族の、潮目が徐々に変わり始めたのは、ハリスンが十代になろうかという頃合い。

 生意気盛りのハリスン少年はますます父親に似て、傍若無人な振る舞いが増えていく。侯爵嫡子としての強い特権意識に裏打ちされた根拠のない自信と、うずたかい虚栄心(プライド)、横柄な態度。初めは小さな我儘に始まり、次第に使用人への横暴へと発展し、やがて愛妾にすら牙を剥くようになった。根本的に他者を軽んじがちな父親(ジョナサン)の気質を継いだうえに、同年代の男子との交流の中で形骸的な男尊女卑思想に染まったことでいっそうエスカレートし、実母と慕う相手すら口撃の対象になったらしい。

 幼いうちはまだ可愛らしさに紛れてまだ許される程度だったが、長じるにつれて順調に深刻化し、だんだん笑っていられない状況に陥っていく。単純な行動力や語彙力の増加だけでも周囲の負担が馬鹿にならないというのに、そこに思春期の難しさや、子供特有のろくでもない悪知恵だの浅はかさだのが組み合わさって、ハリスンは瞬く間に小さなモンスターと化していった。


 愛妾も継母として、彼女なりに継子(ハリスン)との関係改善の努力をしたものの、結局立場も心も強い人間とは言い難い彼女には荷が重かったようだ。

 カドレッドの屋敷の使用人たちは昔から皆ビジネスライクで、女主人の役目もこなさなければ嫡男の母親でもない、たかが主人の娼婦でしかない愛妾とは極力距離を置こうとして、必要最低限以上には手を貸してはくれない。最も頼るべきジョナサンはめったに屋敷に帰ってこないし、親類縁者からは愛妾などいないものとして扱われている。大喜びで侯爵家に娘を差し出した父男爵は問題外として、かつては親しくしていた人々との関係も、妾という日陰者の立場に自ら喜んで身をやつした時点でほとんど切れてしまっていた。彼女には、相談できる相手すらろくにいなかったのだ。

 恥を忍んで本妻(カリエーラ)を頼ろうにも、立場と頭の弱い愛妾には領地に連絡を取る手段がわからず、自らどうにか方法を見出すだけの知恵も行動力も足りていなかった。


 結果、およそ五年に渡る継子の母親いびり(ハラスメント)によって抑圧され続けていた愛妾が、当のハリスンが学園に入学して日中屋敷にいないことが多くなるや、すばやく男を作って逐電したのは必然だったのだろう。恋(もしくは金)に溺れて既婚者の愛妾に納まったのだから、恋(もしくは金)が枯れれば他に行く……まさしく愛人の生態を如実に体現してみせたわけである。


 この事態にジョナサンは大激怒。すぐさま方々(ほうぼう)手を尽くして愛妾の行方を探したが、大して知恵の回らぬ女とろくな後ろ盾もない下級騎士(不倫相手)の尻尾もまともに掴めなかったあたりに、カドレッド家の威光のなさと非才の身の哀愁が漂う。

 ついでにこの件に関してはハリスンもまた激怒した。人の親でありながら男に走るなど不潔だ、嘆かわしい、などなど。……字面だけ切り取れば「ごもっとも」と頷きたくなるが、言っている人間と状況が状況だけに「お前が言うな」と今まさに目の前にいる(ハリスン)の脳天に手刀を叩き込んでやりたくなったカトリーヌである。


 ハリスンのこの猛烈な怒りの中に、如実に継母を見下している臭いを嗅ぎ取ったジョナサンは、ここへきて息子の異常性を疑い始めた。邸宅の使用人に聞き取り調査を入れ、ようやく愛妾の置かれていた苦境を知って愕然としたらしい。

 己の母親だと思っていた女性が、実は父親の妾だったと知って関係が破綻したのならまだわかる。しかしハリスンは違う。相手が実の母親だと疑わぬまま相手を心理的に虐げ、ついには家から追い出すに至ってしまったのだ。それでいて己の非を理解せず、自分が追い詰めた相手に全面的に非があるとばかりに憤る……

 このモンスターは、ジョナサンの手に余る。

 相変わらず自身の能力を過信しないのは、確かにジョナサンの美点だ。しかしそこでとりもなおさず泣きついた先がまたしても正妻(カリエーラ)だったのだから、この男も大概である。

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【完結済・コミカライズ】
身辺を清めてから出直してくださいませ

― 新着の感想 ―
[一言] この家、こわい…!w
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