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悪役令嬢カトゥラ・カドゥレは憂鬱げ  作者: ミナソコミナモ


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(73)空気の読めない闖入者

 これほどに招かれざる客もそういまい。カトリーヌは胸中でそっとため息を落とす。


 卒業パーティーは卒業生のためのもの。給仕アルバイトの平民生徒や特別招待枠の成績優秀者といった在校生も含め、主役はあくまで生徒たちだ。

 が、会場には大人がいないわけではない。王城が手配した運営方はもちろん、教員や生徒の保護者も来賓として参加している。


 ……これは、二十数年前にどこぞの誰かがしでかした婚約破棄騒動によって導入された措置である。

 昔は卒業パーティーと言えば生徒による生徒のための祝いの席であり、会場も学園内の中庭で、真昼の立食会といった感覚の催しだった。保護者は参加せず、教員も会場には極力出入りせずに遠巻きに見守るのみ。大人の介在しない、子供だけのささやかなパーティーだったのだ。

 ところが事件は起こってしまった。

 卒業間近になって父侯爵を亡くした哀れな子息が一人。本来ならば喪に服すべきところ、大人たちの配慮によって卒業式と卒業パーティーに出席することが叶ったのだが……そこでやらかしたのである。


 会場に己の他に高位貴族がいないのをいいことに、婚約者の伯爵令嬢に筋の通らぬ一方的な婚約破棄を言い渡し、なおかつ平民の女子生徒との電撃結婚を表明するなどという暴挙に出たのだ。


 まさしく被害者が加害者に転換した瞬間──否、被害者などどこにもいなかったことが判明した瞬間であろう。むしろ侯爵子息こそが侯爵の死の最大の受益者だったわけだ。

 この騒動をもってして、生徒の自主独立の上に当然あるべきごく基本的常識やマナーも愛憎絡めば時に容易く覆されうるものである……と認識を改めて、王家主導のもと卒業パーティーに改革のメスが入ったのである。


 結果、現在の卒業パーティーは王城で開催されるようになり、保護者や教員といった関係者も参加するようになったわけだ。全ては子供たちの起こすトラブルが致命的に拡大する前に即座に事態を収拾するため。

 すなわち「社会に出ていく子供たちのためのプレデビュー」というお題目は、実のところよくできた建前(きれいごと)というわけである。まあそれでも昨年までは、大人がフォローしなければならないような問題は、軽度の不慮の事故の類以外は起きていないという話だが……


(それも、仮にも「大人」の側にいる人間がトラブルの元凶だなんてね……)


 もちろん、二十年前にやらかした侯爵子息とは、父のことである。

 きっと当時を知る大人たちは「またか」なんて思っていることだろう。己のやらかしで生まれた新ルールを利用して、二十年越しにまたやらかそうというのだから、なんという壮大なマッチポンプだろうか。


 パーティーの主役はあくまで生徒だ。大人は参加はしても、基本的には会場の隅でひっそりと歓談し、生徒の様子を見守るのが慣例。挨拶をするにしても生徒から声をかける形が望ましい。

 こうやって大人が会場のど真ん中に現れて堂々と我が子に声をかけている時点で、すでにちょっとしたマナー違反なのだ。見るからに異例の事態、何事が始まるのかと、早くも周囲の注目が集まり始めている。


 いや、それでも今はまだトラブルですらない。穏便に済ませることはできるはずだ。

 ……カトリーヌが父に逆らわず、大人しく従っていれば、だが。


 胸の中をかき乱す暴風の吹き荒れるままに、カトリーヌは冷めた笑みを顔面に貼り付ける。


「……お久しぶりです、お父様。わたくしに何か御用でも?」


 周囲にはっきりと聞こえるように、カトリーヌは言葉を返した。大声でなくとも声を通す方法は公爵家のマナー講座で習ったし、ニッキーにプロ直伝のコツまで伝授してもらっている。ここが使い所だ。

 王都暮らしの父娘でありながら久方ぶりの再会、用もなければ話しかけられるような関係でもない……周囲で聞き耳を立てている生徒たちにとっては色々と察するに余りある情報群である。


 卒業パーティーは学園の行事で、ここは王城とはいえ学園の延長上。周囲にいるのは、まだほとんどが個人の権限を持たない貴族の雛たち。

 だがしかし、ひとたび卒業してしまえば、その日からは社交界を構成する一端(いっぱし)の貴族である。

 カドレッド侯爵家の内部事情など、どこを切り取っても醜聞まみれ。公の場で打ち合わせのない父娘の会話をするだけで笑い者になるのだと、カトリーヌは一声で示してみせたわけだ。


 父もカトリーヌの言葉の含む反撃の意図に気づいたらしく、明確な苛立ちを滲ませた。カトリーヌが口にしたのはいずれもカドレッド侯爵家の現状そのものであり、周知の事実も含んでいるため否定するのは難しい。

 しかし父の瞳の奥にちらついた暗いものは、すぐさま嘲りに取って代わる。


(……この場で最も身分が高いのは自分だ、貴族だろうと子供(ガキ)どもの評判など吹けば飛ぶようなもの、こちらに楯突くような態度を取るのなら潰してしまえばいい……って感じ?)


 父が考えていそうなことが手に取るようにわかってしまって、世を儚みたくなってくる。なぜこんな独善的な無能が人の親なのだろう。自分はなぜこんな男の娘に生まれてしまったのだろう……。


「カトリーヌ、素晴らしいダンスだった。そのドレスもよく似合っている。まるで月夜に泉の(ほとり)で踊る花の精霊のようだ」


 娘の冷めた言葉などなかったかのように、父は型通りの賛辞を送ってくる。

 カトリーヌは返答を考えるのが面倒になって、黙したまま簡単な会釈(カーテシー)だけで済ませようとし……半端な姿勢のまま、続く父の言葉に息を止めることになった。


「見事な大輪を皆が見つめ、愛でたがっている。美しい花には人々の期待に応える義務があると思うが……違うのかな?」


 ……お前と踊りたがっている男は他にもいる、益もない平民男とつるんでいないで、可能な限りの多くの男と踊り家のためになる嫁ぎ先を見つけてこい、それが貴族の女の義務だ。

 貴族言葉に隠された意図を一言一句違わず読み取って、カトリーヌの全身は芯から冷えていく。


 おそらく、第二王子が戯れにカトリーヌを誘おうとしてみせたところを、父も見ていたのだろう。娘が優良物件である男たちのお眼鏡に適う未来を、未だに夢見ているのだ。


 それに、カトリーヌが()()()みせたことで、カトリーヌの存在を伴侶候補の天秤に乗せ始めた男子も中にはいるはずだ。

 なにせ見目だけは美しい父と母の血を引くカトリーヌなのだから、化粧をして着飾ればそれなりに見えるのは道理。そもそも『ヒロイン』のライバルであるところの『悪役令嬢』は、最初から美しい容姿に設計(デザイン)されている。『ヒロイン』に比べれば男好きのする系統の顔立ちではないにせよ、こういうキツめの顔が好みの男もいるだろうし、そうでなくともある程度見目麗しければいくらか市場価値は上がる。

 内情が伴わないとはいえ侯爵家の肩書はついてくるし、性格に多少難はあれど学園生活において大きな問題も起こさず、それどころか約二年に渡り生徒会役員を真面目に勤めた経歴つきで、ザルツェイロス公爵家を始め将来の要人たちにも顔が利く……驚くべきことに、カトリーヌ自身が気づけばすっかり優良物件だ。


 良縁のひとつふたつ、今なら掴むことも不可能ではないかもしれない。

 それは確かに無難で、安定していて、波乱の少なくて済むであろう生き方。安定を選ぶ子供を、周りの大人たちは安堵して迎え入れるだろう。自分たちの辿ってきた人生を肯定する存在として。


 ……だが、それにどれほどの意味があるだろうか。

 見目麗しい親のもとに容姿優れた子が生まれるという、ただ当たり前の現実に。

 物語の都合に合わせて、誰とも知れない創造主から『悪役』の業とともに押し付けられた美しさに。

 カトリーヌが美しい造形の皮を持っていると今まで気づきもしなかった、気づいた途端に色目を使ってくる男に嫁いだ先の人生に。


 堅実ではあるだろう。だが平穏を保証するものではない。女の美醜で態度を変える程度の男についていくリスクは如何ほど? その男が浮気をせず、妻を蔑ろにしない未来は、どれほど低い確率だろうか。そんな未来を回避するための、報われるかわからない努力を、カトリーヌにできる……?


(……いいえ。そうじゃない)


 カトリーヌは瞳を伏せて、己の欺瞞を認める。

 いかに安定した将来を手に入れるか。そんなものはどうだっていいのだ。

 カトリーヌはもっと根源的な、基本の部分でつまずいているのだから。


 この世界は、生きていくに値する世界や否や。

 この人生は、続けていく価値があるや否や。

 ……カトリーヌという人間は、世界に存在し続けるに足る存在や否や。


 欲しいのは、誰かの人生を模倣する堅実さじゃない。

 この先の人生を当たり前に生きていくための、確固としたなにか──


「カドレッド」


 傍らから声がして、カトリーヌは見返れぬまま息を呑んだ。

 他者など誰もいないように振る舞っていた父が、一瞬不快げに顔を歪めてカトリーヌの隣を睨んだのがわかった。だからこれは、決して幻聴などではない。


 一気に五感が開放される感覚。と同時に、完全に視野が狭まっていたことを自覚する。

 隣に立つ気配はずっと動いていなかった。カトリーヌが父に絡まれた時からずっと、そこにいてくれたのだと知る。


「ここで逆らっても無駄だって思ってるかもしれないけど……それならなおさら、ここで言いたいことを言わないと一生後悔すると思う。何も言わずに言いなりになるなんて、カドレッドには似合わないよ」


 こんな時でも、彼の声は真摯に響く。誰の言葉よりずっと深く、カトリーヌの心臓に染み込んでくる。

 こんな素晴らしい味方が隣にいるのに、勇気が湧いてこない理由がない。


「決めるのは、カドレッド自身だ」


()い相手を君自身が見つけるべきだ)

 かつて言われたルペルトの言葉が、奇しくも重なる。


(あとは結局自分がどうするか、どうしたいかの問題になってくるのですわ)

 ヒルデガルトにはついていけないことも多いけれど、彼女の言葉はずっと耳に残っている。


(推しのためなら、女の友情なんて投げ捨てても仕方ないと思うの)

 ……欲望に忠実なリリアを見ていると、真面目に悩むのも阿呆らしくなってくる。


 カトリーヌは(おもて)を伏せた。

 ずっと、いろんなものに見切りをつけて、人生を諦めてきた。楽だったから。面倒が嫌だったから。……向き合いたくなかったから。

 父という、源流の存在……どんなに否定したくても自分自身の根源に絡みついて断ち切れない、鏡に写った己自身の如き存在と、正面から向き合いたくなどなかったから。


 あんな親でも結局カトリーヌにとってはやっぱり親で、嫌悪しながら依存せずにはいられなかった。メアがそうだったように。

 「親と子は違う」。古来より都合よく使われてきたその言葉を真実にするためには、一方的に決別するだけではきっと足りない。

 きちんと立ち向かって、断ち切らなければならないのだ。


 ──カトリーヌの口元が、弧を描く。昏く、妖しく、(あで)やかに。


 目前で娘の変容を目の当たりにして、ハリスン・カドレッドが息を呑む。


 花は花でも、触れがたく毒々しい、猛毒の大輪。

 舞台を降りたはずの『悪役令嬢カトリーヌ・カドレッド』が、一世一代の舞台で今、嗤っている。

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【完結済・コミカライズ】
身辺を清めてから出直してくださいませ

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