(35)犯人釣り出しキャンペーン
波乱含みの学園祭が表向きは無事幕を閉じ、また安穏とした日常が戻ってきた。
ただし、安穏と感じているのは生徒会の面々だけで、実際のところは、周囲の生徒の間にそれまでとはまた違うざわめきが広がっているのをあえて見ないふりをしている、というのが正しい。
「むぅー……」
「おや、どこかわからないところがあるのかな?」
「あ、はい。ここなんですけどー」
「そこの解はランゼラ公式を使って解けばいい」
「えっなんでしたっけそれ……」
「五十七ページ中段に書いてありますよ」
「学年違うのにページまで把握してるんですか!? やば、ガチの天才がいる……」
甲斐甲斐しくリリアの勉強を見てやる生徒会執行部男性陣。
これまでにはなかった絵面だが、このところのリリアは距離感もマナーもわきまえるようになってきたし、学園祭で奔走した甲斐あって、色恋抜きの真っ当な人間関係としての距離も縮まった。実際この勉強会は学園祭で頑張ったリリアの慰労を兼ねているのだが、当初の頃の「イケメンパラダイスやっほー!」な浮ついた態度はなりを潜め、ぶつぶつ文句を言いながらもなんやかんや真面目に勉強に取り組んでいる姿には、成長の二文字がふさわしいだろう。
と、内情を知る人間にとってはとても微笑ましい光景なのだが……問題は、勉強会が開かれている場所そのもの。
全生徒出入り自由な、放課後の図書室である。
窓際の一角を占拠するのは、生徒会執行部員総勢六名。単体でも目立つ学園の有名人が六人揃い踏みだ、いやでも衆目を集めずにはいられない。
生徒会室という基地があるのだから、本来ならばわざわざ図書室を使って勉強会など開く必要はない。第二王子こと生徒会長は、「学園祭のお祭り気分を引きずって少したるんでいる学園内の空気を引き締めるために、執行部が自ら勉強している姿を見せることで皆に範を示す」などと勉強会の正当性をでっちあげてくれたが、もちろんそんなものは方便に過ぎない。
つまるところこれは、罠だ。
***
「──本気ですの、カトリーヌさん」
悪意を……シャンデリア落下事件の主犯を炙り出すと告げたカトリーヌを、ヒルデガルトは慎重な眼差しで見つめた。
「確かになにがしかの反応を炙り出せる可能性は高いでしょう。ですが、潜在的な危険因子は主犯だけではありませんわ。容色の良い貴公子と仲良くしている女子というだけで気に入らないと攻撃してくる人種は一定数おりますのよ。そういった手合いの敵意まで買う必要はないと思いますけれど」
「そうですね。それに、先程のレディ・ノトシュの情報が正しければ、実行犯を割り出せるのも時間の問題です。そこから主犯に遡ることもできるかもしれない。ここまで築いてきた「真面目な新任役員」というイメージをわざわざ覆す必要はないのでは?」
ヒルデガルトに次いで、ジュルダンも反対の姿勢だった。
が、カトリーヌはすでに腹を決めていた。
「実行犯からストレートに主犯にたどり着けるかは未知数でしょう。真犯人から実行犯に接触するまでの間に、何回仲介人が挟まっているかわからないわ。真っ当な立場の人間ほど、後ろ暗い手段を使う時は極力足跡を消そうとするはずよ」
「……ええ、それは確かに」
「何も公爵家の捜査能力にケチつけようってんじゃないのよ。ただ、『ゲーム』と違って今回は主犯の目星もついてない。『悪役』がいないから」
物語の中ではあらゆる悪性を担う『悪役令嬢』がいたが、現実は違う。善人と悪人がいるのではなく、あらゆる人間が善性と悪性の両面を抱えて生きている。各々の抱える悪性の量や種類、その時々の表出の仕方によって、悪人と種別される人間がぽつぽつと表出するのだ。
「現状手がかりが少なすぎて、闇雲に主犯を捜すのも難しいわ。それに、証拠を集めて犯人を突き止めるのは当然としても、客観的事実だけではあまり意味がないと思うのよ。……私は動機を洗って納得したい」
「動機ですか……確かにそこは、聴取や尋問だけでは嘘をつかれる可能性はありますが」
少しでも罪を軽くするため、あるいは隠しておきたい何かのため、犯罪者が動機を偽ることなどありふれている。それが罪を裁く側にとって納得のしやすい内容であったならば、たとえ偽りであろうと通ってしまうのが現実だ。
だが、それでは片手落ちだ。罪に対して罰を与えることが主眼になっている司法の現場では良くとも、学園内では事情が異なる。容疑者は生徒で、子供なのだから。
本当に為すべきは罰を与えることではない。罪の背景にある問題を是正することだ。懲罰はその一手段に過ぎない。
何が問題の軸にあるのかを根本的に洗い出すためにも、正確に動機を把握することが肝要なのだ。
「適当な嘘で逃げられないように、炙り出してきっちり追い詰めて犯人のはらわたをぶちまけさせるわ。そのためなら自分を囮にしてもかまわない。──あなたたち、手伝いなさい」
鋭い眼差しで各々の顔を見据えれば、ヒルデガルトはなぜか喜色満面に顔を輝かせ、ジュルダンはなぜか呆けたような顔をし……よくわかっていないらしいリリアのきょとん顔だけが平常運転だった。
***
かくして生徒会全員を巻き込んで、ただいま犯人釣り出しキャンペーン実施中なのである。
まずは周囲を煽る役はリリアの天然っぷりに任せて、カトリーヌは真面目に教本に向き合うふりをしながら思考する。
(これまでずっと平和だったのに、状況が変化したのは明らかに学園祭準備期間。あの辺りから悪意に近い視線を頻繁に感じるようになった。極めつけは令嬢集団早とちり事件……)
サンドラ・アンハイムとエイミ・シーニス。彼女ら率いる集団に絡まれてからほどなく、サンドラ・アンハイムを狙った事件が起きた。
可能性として高いのは、ストレートにサンドラに恨みがあるか……あるいは、リリアとカトリーヌに罪を着せる目的。
……ソロダンスステージ終了後、カトリーヌが目撃したフェネロ・クルククは案の定、あの時犯人捜査の真っ最中だったらしい。
ジュルダンから事件のあらましだけを知らされた、言うなれば先入観のない状態で、フェネロ・クルククが真っ先に疑ったのがカトリーヌだったのだ。
隣国の第五王子である彼は彼で、生徒会とは違う情報網を持っていて、カトリーヌがサンドラ・アンハイムと直近に揉め事を起こしていたことを把握していたらしい。その上で、リリアよりもカトリーヌに対して強い嫌疑を抱いた。おそらくは侯爵家という表向きの階級から予想される権力や資金力、カトリーヌの性格的な部分などが勘案され、より容疑者に近いと判断されたのだろう。
嫌疑をかけられたことに思うところがないわけではないが、フェネロ・クルククの目線からたどり着いた結論としては妥当な線だ。
サンドラ・アンハイムに迷惑をかけられた人間というのは、現状わかっているだけでもそれなりに挙がってきているのだが、シャンデリアを落として報復するほどの恨みの深さや、あれだけの事件を仕組む実行力という点で絞ると、容疑者としては皆弱い。
対し、カトリーヌも客観的に見て動機は弱いはずなのだが、気の強さ、プライドの高さは周囲に知れ渡っている。まあ実際、報復するか否かはさておき、根には持ち続けるタイプだ。遺憾ながら、「あいつならやりかねない」と見られていてもおかしくはない。
つまるところ、カトリーヌがサンドラ・アンハイムとやりあった事実を知れば、カトリーヌをシャンデリア事件の容疑者と考える人間は少なくないと予想されるわけだ。事実、サンドラの相方であるエイミ・シーニスも、カトリーヌを真っ先に怪しんだ。
だからフェネロ・クルククは捜査中、たまたま学園祭に来ていたカトリーヌの親類──あの極めて不愉快で頭の足りない女に接触して、探りを入れようとしたのだ。
そのことに気づいた瞬間から、カトリーヌは自分が事件の当事者の一人になっていたことを自覚した。
(冗談じゃないわ)
カトリーヌが無実である証を立てることはそれほど難しくはない。実際、内情を知る生徒会の面々は真っ先にカトリーヌを容疑者のリストから外している。
しかし今回はなんとかなっても、今後また同じような事件を起こされかねない。内容がエスカレートしたりなすりつけが巧妙化していったら、カトリーヌの手に余る可能性が高い。
自分で言うのもなんだが、カトリーヌは自己保身に対する感覚が多少ぶっ壊れている。
だがそれでも、こちらを害しようという悪意に唯々諾々と屈服してやるほど、人は好くないのだ。
(売られた喧嘩は買うわ)
効果的に反撃するために、敵を炙り出すのだ。
そして動機も手段も人格も何もかも暴き出して、完膚なきまでに叩きのめして、二度と歯向かう気を起こさせないところまで屈服させてやる──
そんな暗い情念を燃やしつつ、折を見てカトリーヌも煽り行為に参加する。
「ジュルダン、この設問なのだけれど……」
隣に座る書記を、呼んだこともないファーストネームで呼びながら、少し馴れ馴れしく見えるように身を寄せる。ジュルダンが軽く硬直しているがおかまいなし。親しいように見せる必要はない。カトリーヌが一方的に馴れ馴れしく接しているように見えればそれでいい。
これが現状、最も犯人の「動機」である可能性が高いのだ。
(さあ、学園随一のイケメンたちに近づく不埒な女がここにいるわよ。気に入らないなら止めにかかってみせなさいな……)
生徒たちのそわそわとした視線を浴びながら、カトリーヌは上手に隠した殺気を微かに瞳に灯して光らせた。




