(33)誰がシャンデリアを落としたのか
ともあれ『ゲーム』での犯人が悪役令嬢だったとしても、現実の犯人がカトリーヌのはずがない。
たまたまあのタイミングで落ちてきたのではなく、本当にサンドラ・アンハイムをピンポイントに狙った犯行だとすれば、カトリーヌに動機はある。あの忙しい文化祭準備中に絡まれたことへの報復だ。
しかしゲームの悪役令嬢とは違い生徒会として駆けずり回っていたカトリーヌにそのような謀略を巡らせる時間もなければ、これまたゲームの悪役令嬢とは違い社交嫌いの人間嫌いであるカトリーヌに人を雇うようなつてもない。侯爵家にも現在のカトリーヌが自由に動かせる人材はほとんど存在しない。
……ここで「シャンデリアを落とすなんて、カトリーヌがそんなひどいことをするわけがない」とならない程度には、生徒会の面々によるカトリーヌ・カドレッドという人物に対する理解は深いと言える。
まあそれはさておき。つまるところ、『ゲーム』とは違う真犯人が他にいるということになる。
「ならばやはり、実行犯の正体を洗うしかありませんわ。リリアさん、『ゲーム』における実行犯は結局何者でしたの?」
「んーと、確か旅芸人一座の裏方二人組だったはず、です」
国内外の各地を巡って芸を売る見世物集団。物語仕立ての寸劇を交えつつの、身体を張ったアクロバティックなショーを得意とするという。
件の実行犯たちは、一座に在籍しながらも実力が足りず、表舞台に出してもらえず裏方で腐っている少年二人組だそうだ。
表舞台に立つことを夢見て鍛えているから筋肉質で、旅暮らしゆえにどことなく煤けていて不健康な痩せぎすに見える。さらに実力が認められないために気持ちがひねくれていて人相が良くない。そして普段から裏方として舞台の仕込みをしているために、シャンデリアに細工を施すだけのノウハウはある……
「しかも事件を起こした数日後には地方巡業に出ちゃって実質証拠隠滅な感じで、生徒会や公爵家の調査でも事件の裏を取るのにめっちゃ時間かかるんですよねー。あ、それと、一座の名前まではゲームには出てこなかったはずです」
「いえ、それだけわかれば絞り込めます」
ジュルダンは素早くリリアの証言を書き取ったメモを握りしめて、疾風の如く生徒会室を後にした。腹の底から前世の話を信じているわけではなくとも、有用な情報を取りこぼす愚は犯さない。
ヒルデガルトが、ふぅ、と一区切りついたような吐息をついた。
「これが当たりなら、『ゲーム』のシナリオに先んじて真犯人にたどり着けますわね」
「えー、でもぉ、被害者も犯人も別人なんだから、実行犯も別人じゃないですぅ?」
「先程も申しましたけれど、シャンデリアに細工を施すなどという所業は、普通は実行しようとさえしませんわ。現実に実行できる人材も限られるでしょう。それに、『ゲーム』では悪役令嬢が最終的に計画を走らせたのだとしても、その計画を立案したのが彼女自身とは限らないでしょう?」
「んんん? それってどういう……」
「──リリア」
背後から入った唐突な横槍に、ぴこんっ、と動物が耳をそばだてるような仕草でリリアは肩を跳ねさせた。
振り返ると、うつ伏せのトドのようだったカトリーヌが、いつの間にか横向きに姿勢を変えていた。相変わらずだらしなく寝そべったままで、ようやくあらわになった顔は、リリアでもヒルデガルトでもない、あらぬ方角をぼんやりと見上げている。
「……あの二人、『悪役令嬢』の取り巻きだったんじゃないの?」
「え。……ああ、あの派手髪と白黒女? うーん、まあ、たぶん……?」
サンドラ・アンハイムとエイミ・シーニスの話だ。しかしリリアは確信がないのか首を傾けながら歯切れ悪く答えた。
ヒルデガルトが意外そうに目を瞬く。
「あら、わからないものですの? セリフはいくらでも諳んじてらっしゃるのに」
「やー、だって。悪役令嬢の取り巻きって出番はそこそこあるけど、所詮モブですからねー。ああいうゲームのモブって作画カロリー減らしたりメインキャラを目立たせるために、ビジュアルが簡略化してあることが多いんですよぉ。特に目元は影に隠して完全に省略されてたから、人相もクソもないっていうかぁ。コミカライズ版とかだともうちょっと描き込まれてた気がしますけど、あっちは絵師の絵柄がちょっと雰囲気違ってて、メインキャラですら微妙に別人だったしぃ……」
「つまり、特定は難しい、と? 意外な落とし穴があったものですわねぇ」
「んー……でも、あの派手髪と白黒女はけっこう「っぽい」ですけどねー。性格とか雰囲気はすっごい似てますよ。ただ金髪のほうはあそこまで主張激しい髪型じゃなかったし、黒髪もあんな前髪ぱっつんじゃなかったはず。二人とももうちょっと控えめで、それでいて大人っぽくてオシャレっていうか……」
「洗練されていた?」
「あっ、そう! そんな感じ! です!」
ヒルデガルトによるリリア語解読を片耳に、カトリーヌは寝そべったままかすかに身じろいだ。乱れた髪がさらりと動き、どことも知れぬ場所を見上げる視線に深い憂いが落ちていく。
それでいて、ひどくけだるげなリリアへの問いかけがよどみなく続けられる。
「取り巻きは、全部で何人?」
「えー? いや、場面によって増えたり減ったり? たぶん画面の構成とかの都合だろうけど。多くても十人いないぐらいかなぁ」
「その中でも、あの二人は取り巻きの中心格として出番が多かったんじゃない?」
「あーうん。いっつも悪役令嬢の後ろにいて……あれ? 二人……?」
何かに引っかかったようにこめかみを指で抑えるリリア。
どこにも焦点を結んでいなかったカトリーヌの瞳孔が、きゅっと細まる。
「取り巻きの中心人物は、もう一人いたんじゃない?」
一拍の沈黙ののち。
「あーっ! それだぁぁぁっ!!」
リリアは雷に打たれたかの如く激しく身体を跳ねさせ、両目をかっぴらいた。
「なんっか足りない感じがして気持ち悪かったんだよぉっ。まさにそれ! もう一人いたはずっ!」
「スッキリ!カトちゃんありがとーう!」と感激しきりのリリアは置いておいて。
ヒルデガルトは唐突に挙げられた議題に素早く思考を巡らせる。
『悪役令嬢』の取り巻き。『悪役令嬢』不在の現在、物語の悪性を担う二番手としてふさわしい存在。
だがサンドラ・アンハイムとエイミ・シーニスがそうだったとしても、シャンデリアの件に関しては彼女らは被害者側だ。真犯人だとすれば自作自演ということになるが、その必要性も現状見当たらない。そもそも二人とも、こうした手の込んだ企てができる器量とも思えない。
だが、まだ表に現れていない、もう一人の取り巻きがいたとすれば……
「内部分裂……?」
「ヒルデ」
「!? ──は、はいっ!」
端的に名を呼ばれたヒルデガルトは驚きに目を丸くし、次いでぱぁっと顔を輝かせて、女帝らしからぬ(普通の)少女のような初々しさで元気よく答えた。ぐっと距離が縮まった長期休暇以来、実は互いに敬語が抜ける場面はたびたび発生していたのだが、愛称呼び捨てで呼ばれるのは初のことだったのだ。
そんなヒルデガルトの様子を目に留めることもなく、カトリーヌは虚空を睨み続ける。
「──犯人を、炙り出しましょう」
有無を言わせぬ言葉には、覚悟にも似た情念が滲んでいた。




