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悪役令嬢カトゥラ・カドゥレは憂鬱げ  作者: ミナソコミナモ


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(32)物語の善性と悪性

「えーナニソレ!? わたしもめっちゃ見たかったんですけど!? ──あたっ」


 文化祭二日目、昼下がりの生徒会室。あれやこれやのトラブルもなんとか収まり、ようやく人心地ついた隙に遅い昼食をとりつつ、野外ステージで巻き起こった騒動の顛末を耳にした第一声がこれなものだから、リリアは後頭部に軽い制裁をくらった。何かと思えば飛んできたのは木製の髪飾り。例の助っ人ダンサーがうっかり返却しそびれてしまった演劇部の小道具である。


「……だっからあんな拗ねてんですね、カトちゃん」


 執務卓の一席から恨めしげに振り返って見やる先には、いつもの応接用長ソファにぐったりと横になっているカトリーヌの姿があった。ご丁寧に靴も脱いで、座席の上に無造作に足を投げ出した有様は、陸地に寝そべる海獣のよう。ロングスカートとハイソックスで肌は隠されているとはいえ、貴族令嬢としてはあり得ざる醜態。しどけない……ということもなく、むしろだらしない。

 が、さすがに経緯も経緯なので、誰も注意はしようとしない。というか近寄りがたく遠巻きにしている。哀れみ半分、触らぬ神に祟りなし半分。

 一足先に昼食を終えて見回りに向かった会長と会計も、(……そっとしておこう)と目配せしあってソファの傍を無言で通り過ぎていったものである。


「今回は少しばかり刺激が過ぎましたかしら」


 元凶であるヒルデガルトはのほほんとしたものだが、今ばかりはマナーだなんだと小うるさくするつもりはないようだ。


「それでジュルダン、捜査の進捗はいかが?」


 姉に報告を求められた弟は、天使の如きかんばせを渋く曇らせて答える。


「……実行犯は外部の人間であろうというところまでは突き止めましたが……その先は難しいかもしれません」


 シャンデリアに細工が施されたのはおそらく二日目早朝、管理委員会立ち会いのもと業者の点検が入った直後から、実際に事件が発生するまでの間だろうと推測される。

 その間、ステージ周辺にいた関係者は誰もが忙しくしていたため、少し無防備だったのは否めない。とは言え、あからさまな不審者がいたらさすがに気づいたはずだ。


「関係者の証言によれば、ステージに出入りしていたのは生徒と教員以外見かけなかったと。具体的には、制服姿の人物と顔の知れている教師、ですね」


「なるほど。制服を着ていれば生徒であることを誰も疑わない。つまり、不審者だと認識はされずとも誰の知り合いでもない、正体不明の「生徒」が現場に何人か混ざっていた、ということですわね」


「ええ。調査をしていく中で各々の身元やステージに出入りした理由などは大体判明しましたが……いくら調べても身元が判明しない制服姿の人物が二名。二人組で行動し、特別講習クラスがステージ入りした直後に入り込んだようです」


 特別講習クラスは出演者だけでも十人以上、裏方や関係者も含めれば二十人近い大所帯だ。どさくさに紛れて入り込むには絶好のタイミングだったことだろう。

 件の二人組は舞台の準備でてんやわんやになっている関係者を尻目にステージに紛れ込み、シャンデリア落下事件の直後に姿を消したらしい。あからさまに怪しい動きである。

 そしてカトリーヌたちがステージに駆けつけた頃には悠々と校舎を通り抜け、買い出しに出る(てい)で堂々と正門から学外へ出ていったらしい。当然、戻って来たところを確認した者はいない。


「大胆不敵だこと。学外での目撃者は?」


「今現在調査させています。ただ、早朝とあって人通りも少なかったでしょうし、容疑者たちもどこか適当なところで着替えたでしょうから、特定は難航しそうです」


「学内で証言を集めるのとでは勝手が違いすぎますものね……。けれどここまでの状況証拠では、容疑者が学外の人間であると決定づけるのは早いのではなくて?」


「それはまあ、方々の証言から得られた総合的な印象ですね。どことなく歩き方がならず者っぽかったとか、制服姿に違和感があったとか。一番大きいのは人相と体格です。不健康そうな痩せぎすで、目つきが鋭くて近寄りたくない感じ、といった趣旨の証言がいくつか。もちろん生徒全員と照合してみないことには断言はできませんが、少なくとも学園(うち)の生徒らしくはないでしょう?」


「まあ、そうですわね」


 学園は貴族と資産家の子女、及び騎士候補が通う場所だ。容疑者の人相はいかにも不釣り合い。平民の貧困層出身の奨学生などは、すでに人相を照合したうえで該当者なしと判明している。貴族でも騎士候補の中には身体を絞る者もいるが、服の上からわかるような不健康な痩せ方をしたら教官にどやされるはずである。


「そういった学外のならず者の手合いが、個人的な事情で学園侵入などという危険を犯してまで文化祭の妨害に出るとは考えにくい。まず間違いなく雇われ者でしょう。それに、シャンデリアに仕掛けをするとなるとそれなりに大仕事ですから、大雑把でも野外ステージの構造などの情報を前もって知っていなければ犯行は難しいはずです」


「学園内の情報を流した誰かがいる……主犯は金銭的に余裕のある学園関係者、と見るのが妥当でしょうね」


 神妙に頷き合う姉弟。無駄に手のこんだこの犯行、明確な害意とともに暗い情念を感じずにはいられない。動機の上でも、なんらかの関係者であると考えたほうが合理的だ。


「けれど困ったこと。実行犯が特定できないのでは、主犯が誰かも突き止められませんわ」


「……あっ」


 カフェテリアからの差し入れられた昼食をもくもくしながらザルツェイロス姉弟の議論を静聴していたリリアが、唐突に声を上げた。


「いかがしまして? リリアさん」


「あ、えーっとぉ……イエ、別に……」


「珍しく歯切れが悪いですわね。気づいたことはなんでも仰って?」


「今は情報が一つでも欲しい。お願いします、レディ・ノトシュ」


 ヒルデガルトのみならずジュルダンにまで真摯に懇願されて、リリアはでれっと相好を崩した。


「えへぇ、そうですかぁ? ま、まあ大した話じゃないんですけどぉ……今ヒルデガルト様が言ったセリフ、ゲームの中にもあったなぁ〜〜って……」


「わたくしが? ……何か言いましたかしら」


「『けれど困ったこと。実行犯が特定できないのでは、主犯が誰かも突き止められませんわ』ってやつです〜」


「そんなことが?」


 思わず顔を見合わせる姉弟。ゲームの情報に限っては一字一句セリフを覚えている無駄な記憶力についての是非は置いておいて、かなり限定的な状況でしか出てこない類のセリフである。


「では、『ゲーム』の中でも今回と同様の事件が発生したということですか?」


 ずいと身を乗り出すジュルダン。リリアの前世云々についてはすでに男性陣も知るところである。もちろん全員懐疑的ではあるが、頭ごなしに否定もしない。

 リリアは勢いに気圧されつつ、激しく首を縦に振った。


「は、はいっ。野外ステージでシャンデリア落っこちてくるやつですよね?」


「……リリアさん。それを知っていてなぜ先に仰ってくださらなかったの?」


 ヒルデガルトの笑みが迫力のある方向に深まり、リリアはヒィッと身をのけぞった。


「だっだだだっ、だって! 被害者も、たぶん加害者も別人なのでっ! 今回の事件とは関係ないんじゃないかなぁ〜って……」


「いや……シャンデリアが落ちてくるとかそうそうあることじゃないでしょう……」


「えっ、そうですか? わりとよくあるシチュだと思いますけど」


「ロマンス小説の読みすぎですわよ……」


 現実的にシャンデリアに細工をするのはかなり難易度が高い。シャンデリアがあるような施設は管理も人の目も行き届いているのが当たり前だし、頑丈なチェーンに細工を仕掛けるのはよほどの工具や専門知識がないと難しいだろう。

 今回の件は、剥き出しの骨組みが多く身を隠しやすい仮設ステージであったこと、シャンデリア自体が小型で鎖も細かったこと、学生が忙しい中で運営していたため人の出入りの管理が甘かったことなど、たまたま細工のしやすい条件が整っていたからこそ犯行を許してしまった可能性が高いのだ。


「まあいいでしょう。それよりも、『ゲーム』では被害者は別の方だった、というのは間違いないのですわね?」


「あっはい。わたしなので」


 リリアはけろりと頷いた。事件が起きたら大概の被害者はヒロイン、というのが『オトメゲー』のセオリーだそうだ。


「読者の受け皿であるヒロインには基本的に無謬の存在であることが求められる、けれど事件を起こさなければドラマにならない、ならば必然的にヒロインは被害者の立場に落ち着く、と。合理的ですわねぇ」


「変なところで納得しないでもらえますか姉上。それで、『ゲーム』においてレディ・ノトシュが狙われた事件は、どういった経緯や内容だったのですか?」


「経緯……んーと」


「どういった『フラグ』で発生して、どのような内容の『イベント』だったのか、ということですわ」


 ヒルデガルトがすっかりおなじみになった前世語を的確に操り誘導すれば、リリアはまんまと納得したような声を上げて情報を整理し始めた。


 曰く。

 発生条件は文化祭前に生徒会に所属しており、魅力値が一定以上、かつ攻略対象全員に対する親密度の総合値もある程度まで上げておくこと。


「魅力が高い状態だと、ヒロインが文化祭の人気投票で一位になるんです。で、そのくらいまでステータスが高いとたいてい生徒会に所属してるもんなんですけど、執行部員って人気投票は辞退するのが慣例じゃないですか。でも何人かの攻略対象とそれなりに仲良くしておけば、まあ今回は特例で受賞させてもいいじゃないか、っていう流れになるんですよぉー」


 夢見る瞳で「ちやほや特別扱いステキきゃーっ」と感極まっているリリアを、ザルツェイロス姉弟は死んだ魚のような目で見つめる。


「……恋は盲目とは言いますが、ひどい公私混同ですね」


「そのうちの一人が貴方自身だということを忘れないことね、ジュルダン」


「信じたくない……」


 ともあれ、そうして最終日の野外ステージでの授賞式に参加することになったヒロインだったが、賞品のティアラを授与されている最中に頭上からシャンデリアが降ってくるのだ。

 あわや下敷きに、という瞬間、そこに駆けつけた「その時最も好感度の高い攻略対象」が体を張ってヒロインを救い、事なきを得る、という筋書きだそうだ。


「結局のところ、犯人や真相は作中で明らかになりますの?」


「ルートにもよりますけど、基本は卒パ……ええっと卒業パーティーでわかるようになってました」


「……。一応訊いておきますけれど、『ゲーム』内での真犯人はどなた?」


「えぇ? いや、そりゃぁ……」


 リリアはそろりと後方を振り返って、ソファの上の細いトド……もといカトリーヌをちらりと盗み見た。


 ──『悪役令嬢』カトリーヌ・カドレッド。


 同じく慎重にその視線を辿ったヒルデガルトは、なんとも言えないため息を零す。


「無謬たるべきヒロインにありったけの善性を集め、ありとあらゆる悪性もまたひとつところに集約する……物語の構成としては極めて単純明快ですわね」


「むびゅー?は知らんですけど、娯楽(エンタメ)だもん、そんなもんじゃないです? 善は善、悪は悪ってくっきりはっきり白黒つけて、悪は徹底的にぶっ叩ーく!ってのが人気でしたよ。わかりやすさは正義ですもん」


「それはまあ、いつの時代、どこの国でもそういった傾向はあるものですよね」


 文学に詳しいジュルダンが深く頷く。公には深いテーマや高尚な内容が持て囃されがちだが、なんだかんだ言っても勧善懲悪の魅力は強い。子供向けや大衆娯楽ならなおさらだ。

 しかしヒルデガルトは珍しく渋い顔をして納得いかない様子だった。カトリーヌへと注がれる視線には、彼女の憂鬱が感染したかのように翳が落ちている。


「叩かれるべき『悪役』として設計(デザイン)された側にとっては、たまったものではないわね……」


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【完結済・コミカライズ】
身辺を清めてから出直してくださいませ

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