(29)逃げ場を失いました
「うんうん、見立てどおり! カドレッドって手足長いしスタイルいいから、こういうちょっと派手な衣装も映えると思ってたんだー」
カトリーヌの周囲をくるくる回ってためつすがめつご満悦で褒めそやしてくれる助っ人その一、ソキウス。
「ほんっっっとに! うちの部じゃだーれも着こなせなくてお蔵入りするところだったんですよぉ。それがこんなに似合う方に巡り会えるなんて、感無量ですぅ〜〜〜」
カトリーヌにこの派手な踊り子服もどきを着つけてサイズ調整までこなし、今もちょこまかと微調整に勤しみながら感涙にむせぶお針子もどきの助っ人その二、演劇部の平民女子部員。
そして……
「最近の学生演劇の衣装ってクオリティ高いんですねぇ。ベルモー印の高級品使ってるおかげもあるけど、センスも悪くない……劇団のスカウトに網張っとくように言っておこうかしら」
……助っ人その三、なぜかいる、ダンス講師ニッキー。
「って、なんでいるの!?」
混乱するカトリーヌに、ニッキーはおばちゃんっぽくパタパタと手を振り気さくに笑う。
「なんでって、やだお嬢様、知らないんですか? ここの学園祭って招待状もらえれば学外の人間でも入れるんですよ?」
「あ、ああ……そっか、そういえば。ソキウスが招待したの?」
「いやいや」
「わたくしですわ」
思いもよらぬ人物が名乗りを上げ、混乱は深まるばかり。確かに長期休暇中に浅からぬ面識ができたとはいえ、ヒルデガルトがなぜカトリーヌのダンス講師を学園祭に誘うのか……
「だってカトリーヌさんたら、どなたのこともお誘いしていないって仰るんですもの。ですからわたくしが代わりに。お世話になった方にはこうした形のご恩返しも必要でしてよ?」
「そうですよう、お嬢様。誘ってくれたら嬉しかったのにぃ」
「えっ、あっ……えっ? そ、そうなの? 誘うべきだったの……?」
口を揃えるヒルデガルトとニッキーに、カトリーヌは狼狽を隠せない。
なにせこうした行事ごとは、カトリーヌにとっては楽しむようなものではなく、淡々と受け流して通り過ぎていくべき面倒事だったのだ。誰かに活躍を見てほしいとか、誰かと一緒に楽しみたいという発想そのものがないので、普通ならどう行動するのが正解なのかよくわかっていない……というか、理屈ではわかっても自分のこととして実感を持てない。
ニッキーとヒルデガルトは横目で視線と苦笑を交わし合っている。
「まあそんなわけで、学園祭にお邪魔していたのはたまたまです。ほんとはもっと劇的な再会を演出して驚いてもらおうと思ってたんですよ? でも急遽こちらの大お嬢様から、お嬢様がピンチだって連絡もらって、駆けつけちゃいました〜」
「大お嬢様って……」
「いやですわニッキーさん、大奥様みたいな言い方。なんだかわたくしが年増みたいに聞こえますわ」
「あっ、ごめんなさい! いやーでもヒルデガルト様ってザ・大ボスって感じなんですよね〜。なんて言えばいいかなぁ……ボスお嬢様?」
「おほほほほ。公衆の面前で呼べるものなら呼んでご覧なさい?」
仲が良いのか悪いのか、妙に息の合ったやりとりを交わす二人に、カトリーヌはじっとりと目を据わらせた。
「たまたまのタイミングが悪すぎるわよ……こんな恥ずかしい服着せられて、知り合い集められて、見世物になってんじゃないの……!」
「いやいや、すっごい似合ってますよお嬢様!」
励ますようにニッキーが褒めてくれるが嬉しくない。
演劇部の衣装担当が頑張っていることからお察しのとおり、この改造踊り子衣装は演劇部からの借り物である。文化祭で公演する舞台の衣装、小道具、大道具などの材料を格安で融通したベルモー商会三男、すなわちソキウスが自ら選んで交渉によってもぎとってきた──というか快く貸し出されてきた一品だ。
もとは異国の踊り子衣装を参考に作られたが、最初はあまりにそのまますぎて下着同然だったらしい。当然学校側から不許可を食らったため、スカートを長くして、ブラウスを下に重ねて、さらにズボンもつけて……と改造に改造を重ねた結果、着用者を選びまくる高難度の衣装になってしまったそうだ。
肌の露出はほとんどなくなったものの、ブラウスもズボンも身体のラインにぴたりと沿うデザインな上に、縁取りや全体の意匠にはフォーマルな雰囲気がある。背丈はそれなりにないと厳しく、またプロポーションは細身が望ましいが、凹凸がなさすぎても冴えないし、かと言ってありすぎてもみっともない。なかなか絶妙なラインを要求してくるワガママ衣装である。
その点を全てクリアしているのがカトリーヌである、と認めるのはやぶさかではない。しかしこれを着ていきなりステージで踊れというのはいくらなんでも横暴である。さすがに生徒会役員の仕事から逸脱しすぎている。
「……っていうか、外部から臨時の踊り手を入れるっていうのが通るなら、私じゃなくてニッキーでもいいじゃない」
うっかりいじけたような口をきいてしまい、カトリーヌは反射的に後悔した。
ニッキーの足にはダンサー生命を危ぶまれる故障がある。全く動かせないわけではないし、最近はずいぶん快方に向かっているらしいが、それでも言うべきではなかった。踊りたくても思いっきり踊れないのは、きっとカトリーヌが思っているよりつらいことのはずなのだから。
咄嗟に謝罪の言葉が出てこず、顔を伏せるカトリーヌへ、ニッキーが静かに歩み寄る。
何を返されるかと密かに身構えるカトリーヌの頭に、暖かな手がそっと添えられた。整えられた髪型を乱さないように、髪の流れに沿って二度三度、その手が慈しむように撫でていったのがわかった。
何をされたのか、理解が追いつかなくて、カトリーヌはぽかんと顔を上げた。
目の前にあるのは穏やかなニッキーの笑み。
「申し訳ありませんが、それは無理なんです。一月後に大切な大舞台を控えているので」
「えっ、それって……」
復帰の目処がたったのか、とカトリーヌは顔を輝かせかけて、すぐに息を呑んだ。
微笑むニッキーの瞳の奥に、隠しきれない哀惜の色を見つけてしまったから。
……復帰するのではない。きっとそれが最後の大舞台。
最後の、引退公演だ。
「……最初から、わかってたことなんですよ」
ニッキーが儚げに微笑みながら、カトリーヌを見つめている。
「ずっと未練がましくすがりついてきましたけど、本当はわかっていたんです、自分の体のことですから。だからいい加減、自分に引導を渡してやることにしたんです。ステージはもう、おまえのいるべきところじゃない、って」
「そんな……」
「いいんです。こういうのはハッキリさせないといけないんですよ。自分自身のために」
自嘲を浮かべながらも、覚悟は深い。そんな瞳でカトリーヌを見つめて、ニッキーは不意に破顔した。
「それに、お嬢様と会って、ダンスを教えて……こういうのもいいなーって思ったんですよ。後進を育てるのでもいいし、子供たちに踊る楽しさを教えるのでもいい。自分が頑張ってきた証を誰かに託せるのなら、これまでの自分自身の人生をちゃんと誇りに思ってこれから生きていけそうなんです」
確かに、最近のニッキーは溌剌としていた。出会ったばかりのころは、どこか不本意そうで、自棄っぱちな空気もあって……いつも芯に不安そうな何かを抱えていたのに。
……絶対に、そんな綺麗事だけで片付けられるものではないはずだ。今だって前向きな感情も後ろ向きな感情も、何もかも入り乱れて彼女の中で渦巻いているはずだ。引退すると表明した後になっても、拭いきれない迷いはあるはずだ。
それでもそれらを振り切って、ニッキーは前に進もうとしているのだ。
「だからお嬢様? 私に勇気をくださいな」
ニッキーがカトリーヌの手を握り、目線を合わせてくる。一流のトップダンサーだった彼女は、同年代の中では頭抜けた背丈のカトリーヌよりもなお背が高い。
「私がこれから進む道が間違いじゃないって。一番弟子であるお嬢様のダンスで、私の背中、押してくれませんか……?」
願うような祈るようなからかうような彼女の言葉に、カトリーヌは何も答えることができなかった。




