(28)ピンチヒッターは誰?
赤い……真っ赤な衣装だ。
上は胸の下まで、下は腰の低い位置から足元まで伸びる長い腰布の、セパレート構造。
ほぼ下着同然の、極めて破廉恥なデザインの下には、フォーマルに装飾された詰め襟のブラウスとズボンを着用。どちらもピタリと肌に沿いつつ、裾は大きく広がって動くたびにヒラヒラと翻る。
金糸やチェーンを編み込んだ組紐を額から後頭部までぐるりと渡して、そこからまた頭巾のように布が垂らされている。口元は長い飾り布で覆ってミステリアスを演出。
異国情緒満点の踊り子の服をベースにしつつ、色気を削って厳粛な雰囲気を付け足した、巫女や聖女、あるいは女戦士を思わせる衣装。それだけならば学園祭らしい出し物の一つと言えるだろう。
……問題は、これを着せられているのが誰か、という一点。
「……なんっっっで……こんなことになってるのよーーーーッ!?」
頭のてっぺんから爪先まですっかり別人に変貌したカトリーヌは、頭を抱えて何年かぶりに絶叫した。一瞬で喉が疲れた。
が、しかし。
「すごく似合ってるよ、カドレッド!」
「ぐぬぅ……」
一切のてらいなく褒めちぎってくれるソキウスの顔を見てしまえばそれ以上の文句も言えず、カトリーヌは布地の下でなんとも言えない顔をして唸った。
***
なぜこのような事態に陥ったのか。その経緯を語るには、少し時を巻き戻す必要がある。
シャンデリア落下事件の後遺症は、ステージそのものよりも演者のほうが重症だった。
「わたくしは、絶っ対っに、出ないわ!!」
ソロパート担当だった派手髪のサンドラ・アンハイムが、強硬にステージ出演を拒否したのである。
いつもの傍若無人ぶりはどこへやら、と揶揄して発破をかけてやりたくもなったが、医務室で疑心暗鬼になりながらシーツにくるまり震えている姿はそれなりに哀れでもあり、カトリーヌは口をつぐむことにした。あと二日間、彼女が今年の学園祭を心の底から楽しめることはないだろう。
サンドラ・アンハイムの棄権によって、困ってしまったのが同じ特別講義クラスの面々だ。
予定していた演目は、長々とした彼女のソロパートから始まり、後半で全員でのダンスに切り替わる構成だという。クラス全員のための出し物なのにソロパートがやたら長いのは、サンドラ・アンハイム自身の人徳……というわけもなく、目立ちたがりの押しの強さで彼女が自身を売り込んだ結果らしい。
おかげで彼女の棄権は、自身で推進した計画の途中放棄にも等しく、残されたクラス全員の負担となってのしかかったのである。
「どうしよう。ソロ、他にできる人……いないよね」
「アンハイムの得意分野に合わせた構成だからな。今から部分的に変えてもかなり不細工になると思う」
「ていうか後半全員での演技もあるんだし、ソロなんかやってらんないでしょ。ソロだけの出演に絞ったらパートナーがあぶれちゃう」
「誰か一人休ませる……のはなしだよな。ここまで頑張ってきたんだし、全員でやりたい」
「ソロをパートナー演技に差し替えるのも難しいよな。練習時間ないだろ?」
「いっそ前半も全員で踊るとか? 簡単な演目ならなんとかなりそうじゃね?」
「んー……いややっぱ練習時間が足りないって! 全員でぶっつけ本番は危険過ぎる!」
「しかも全員での踊りって、派手だけど単調に見えがちだから、あんまり続くとお客さん飽きますよね……」
喧々囂々の話し合いは迷走中。
と、話し合いの傍らで耳を傾けていたヒルデガルトが、ぽん、と手を叩いた。
「いいことを思いつきましたわ!」
(いや絶対最初から思いついてたでしょ……)
ヒルデガルトの半歩後ろに控えるカトリーヌから声なきツッコミが入る。
しかし女帝の恐ろしさを知らぬ特別講義クラスの面々が一斉にヒルデガルトに注ぐ視線は期待に輝いている。ヒルデガルトは安心を促すような微笑みでそれに応える。
「問題の要点は、いかに後半の演技に影響を与えずに前半を無難に乗り切るか。この一点さえクリアできるのならば、演技の内容は基本的に問わない……ということでよろしいかしら?」
「あ、はい。そうですね、そうなります」
「最も簡単なのは、皆様の持ち時間を削って、後半のみ演じてもらうというやり方ですが……」
「いやそれは。……来年の持ち時間に影響するでしょう?」
「執行部からは今回の件はやむを得ない緊急措置であるとして告知しますが、他の部はうるさいかもしれませんわね」
部活動の予算の奪い合いと同じだ。今回の瑕疵を嗅ぎつけられれば、そこをついて「来年もステージの時間配分を減らせ」という言いがかりが出るのは目に見えている。実際、今回の件もシャンデリア落下事件が主原因とはいえ、サンドラ・アンハイムの手前勝手を野放しにしたがゆえの因果応報と言えなくもない。
「今年はその……我々の力不足で少し不本意な形の演出になってしまったので、前半部分については諦められます。ただ、それを来年の後輩にまで押し付けるのは絶対に避けたい」
それはどうやらこの場の特別講義クラス全員の総意であるようだ。……ただ一人を除いて。
カトリーヌはちらと隅のほうを見やった。
エイミ・シーニスの白い顔は、暗がりにあっても見分けられる。ただ、彼女の傍には誰もいない。話し合いから少し遠巻きに、どことなく蒼白な顔つきで所在なげに立ち尽くしている。
サンドラ・アンハイムの強引さは、集団内からの積極的な排除にこそ結びついてはこなかったものの、実のところ誰からも歓迎されてはいなかったということだ。サンドラとつるんでいたエイミ・シーニスがその中に少なからず含まれているのは、彼女と他の面々とのよそよそしい距離感からも察せられる。
知らぬ間に煙たがられていたことを実感するのは、今物理的に孤立している彼女らにはそれなりに堪えるだろう。これがリリアの言うところの「ざまぁ」というやつだろうか。
(でも喉元過ぎるの早そうねぇ。犯人が特定できても当分知らせないほうが大人しくていいかも?)
カトリーヌが若干嗜虐的な企みに思索を巡らしている間にも、ヒルデガルトの采配は大いに振るわれる。
「皆様のお気持ちは理解致しましたわ。そこで提案なのですけれど、外部から臨時の踊り手を引き入れるというのは、いかがかしら?」
「外部から?」
「そんな急に、都合よくいますか?」
「こちらとしては願ってもないけど……報酬を払えるわけじゃないし」
「そうですわね。今回の一件に理解があり、こちらで用意する音楽に合わせてソロで踊れて、なおかつ咄嗟の即興に強い踊り手となると……」
白々しい仕草で思案を巡らせるふりをしながら、ヒルデガルトの視線が、ゆっくりと振り返った。
……目が、合った。
「……は?」
思わず素で口を開けたカトリーヌに、ヒルデガルトは悪戯に成功でもしたかのように、にっこりと実にいい笑顔で笑った。
「カトリーヌさん。貴女が適任ですわ」
「………………は?」
唖然と、同じ疑問符を繰り返すしかないカトリーヌを置いてけぼりにして、とっくの昔にヒルデガルトが手配していた助っ人たちがちょうどタイミングよく現場に到着し、カトリーヌは最初から逃げ道などなかったことを悟るのであった。




