(27)シャンデリア落下事件
準備期間は飛ぶように過ぎていった。死ぬほど忙しいのは相変わらず。トラブルもあちこちで頻発したが、生徒会役員が個人的に絡まれるような案件は書類ひったくり事件っきりで、瞬く間に学園祭当日がやってきた。
学園祭は三日間に渡る。執行部のやるべきことも多いが、準備期間ほどの慌ただしさはない。どちらかと言えば段取りを間違えないように神経を使いつつも、トラブルが起これば即座に動けるよう待機し、各所と連携を取りつつ目を光らせておくのが仕事だ。
祭りが始まってしまえば各委員会も機能するし、出し物に由来する多少のトラブルは担当している各部活やクラスの責任が大きくなり、生徒会が介入しなければならないような場面もそうそうない。
一日目の様子を見る限り、二日目以降は役員も祭りを楽しむ余裕があるのではないか……と楽観していたところに、事件はまたしても起こった。
学園祭二日目開催直前。中庭に鳴り響く鋭い破壊音と、生徒たちの悲鳴。
たまたま位置の近かったカトリーヌが、他の役員に先んじて駆けつけてみれば、事件は中庭の特設ステージで起きていた。
学園祭用に業者を入れて組み立てられた木製の大型ステージでは、演劇や歌唱、演奏などの出し物が連日催される。二日目の午前中は、ダンスの特別講義クラスが使用する予定だった。
だがそのリハーサル中に……
「シャンデリアが落ちた……!?」
唖然とするカトリーヌの目前で、小型のシャンデリアが無惨に床に転がっていた。すぐに水をかけて消火されたらしく、幸い床の焦げ跡もほとんどない。
貴族の邸宅や王城のシャンデリアほど立派なものではなく、ひとかかえほどのこぢんまりとしたサイズだ。重量も大きさも控えめなのが幸いしたか、大きな怪我をした人間はいないらしい。
「大きな怪我がない、ってことは、軽い怪我はあったのね?」
「ええ……二年のアンハイムさんが足に少しだけ」
「アンハイム? サンドラ・アンハイム?」
まさかの名前だ。リリアに見当違いな因縁をつけてきた集団の派手髪ボス令嬢。
ステージを取り仕切っている委員は困り顔で頷いた。
「そう、その方。特別講義のダンスは彼女のソロから始まる予定だったの。ちょうどそのリハーサル中に、突然シャンデリアが落ちてきて……」
「──貴女がやったのではなくて!?」
舞台袖のほうから飛んできた声に振り返れば、そこには紺色のドレスで着飾ったボス令嬢のもう一人、黒髪色白のエイミ・シーニスが柳眉を怒らせてカトリーヌを睨みつけていた。詰め寄ってくる歩調にも怒りが滲んでいる。
カトリーヌは眉をひそめて問い返す。
「……どういうこと?」
「ステージの設営には生徒会も関わっていたはずでしょう。私とサンドラがここで踊ることを知って、貴女が何か細工したのではないの!?」
「はあ? なんで私が……」
「本当ね。生徒会のカトリーヌさんがどうしてシーニスさんとアンハイムさんを害するなんて話になるのかしら」
鈴を転がす声音でしずしずと駆けつけたのは、もちろん我らが女帝ヒルデガルトである。彼女は人畜無害に見える笑みを浮かべて、エイミ・シーニスに小首を傾げてみせた。
「そこまで確信的に仰るのなら、動機をご存知なのかしら。生徒会執行部の恨みを買うような心当たりでも?」
「え、あ、その……いえ」
気まずげに目を逸らし、ちぢこまるエイミ・シーニス。先のトラブルをなかったことにしておかないと困るのは彼女たちのほうなのに、すっかり頭に血が上っていたらしい。見かけによらず激情家のようだ。
ちなみに当然のことだが、令嬢集団の妨害行為については執行部に報告済みである。というか、たとえカトリーヌが口をつぐんだとしても、公爵家から回された見張りの人員がしっかりとこの件を抑えて報告しているはずだ。
事件自体は体裁上はなかったことにしているものの、ヒルデガルトの頭の中のブラックリストに令嬢集団の名前はきっちり記されていることだろう。挽回は各々の今後の素行と努力次第である。
「それでシーニスさん? アンハイムさんの怪我の具合はどうなのかしら?」
「は、はい……怪我は本当にかすり傷だけです。飛び散ったクリスタルガラスがかすっただけで……ですが、その」
「ああ、怖がってらっしゃるのね?」
「……はい」
忸怩とした様子でエイミ・シーニスは唇を噛んだ。
確かに、間近にシャンデリアが降ってきたらショックだろう。とりわけ、安全な場所で「野蛮」とされる行為の一切から遠ざけられて育った一般的な貴族令嬢にとっては、過ぎる刺激だ。あの気の強そうなサンドラ・アンハイムも例外ではあるまい。
それに、このステージでは雨除けの屋根の梁にいくつかの小型シャンデリアを吊るして明るさを確保している。他のシャンデリアもまた落ちてくるのではないか……そう考えてしまえば、再び舞台に立つのも勇気がいるのもわかる。
そして彼女たちには、カトリーヌの恨みを買うような行為をした自覚もあるわけだ。執行部所属の侯爵令嬢にあそこまで攻撃的に振る舞えるのだから、他での態度も推して知るべし。他者からの恨みならいくらでも心当たりがあるのだろう。今まさに疑心暗鬼に陥っている最中か。
ともあれ、被害者のメンタルケアは後回しだ。執行部として早急に対処しなければならないのは、事件の原因究明と二次被害を防ぐこと。
ステージ担当の委員がすぐさまヒルデガルトの元に駆け寄り連携を取り始める。
「今、男子が梁の上に登って接続部の様子を確かめてます」
「ステージの設営には業者を入れたのですよね?」
「ええもちろん。ここまで大掛かりな設備だと、学生だけでは安全が確保できませんから。シャンデリアを設置したのも業者です」
「一番危険が予測される部分ですものね……まさか業者の不手際とも思えないけれど」
果たしてヒルデガルトの予感は的中した。
梁とシャンデリアを繋いでいたチェーンの数本に、後から細工した形跡が見つかったのだ。
シャンデリア自体が小型であること、簡易設営の屋根に負担をかけすぎないよう複数のチェーンによる吊り下げ方式で力を分散させていたこと。これらの事情から、チェーン一本一本は比較的細めのものが使用されており、結果的に細工がしやすい構造になってしまっていたようだ。
「一体誰が……」
「犯人探しは難しいでしょうねぇ。……ジュルダン」
遅ればせに現場に到着した書記は、実姉に名前を呼ばれて、天使のようなかんばせを渋く曇らせた。
「クルククを使ってもいいわ」
「なんてこと言うんですか貴女は……」
フェネロ・クルクク──すなわちお忍び中の隣国王子フェルディナンを捜査の手勢に加えてでも犯人を見つけ出せ、とのお達しである。立っているものは王子でも使え。女帝怖い。
ジュルダンはぶちぶち文句を言いつつも、姉の命には逆らわず捜査に向かう。早速そのへんの生徒を捕まえて、少し前までの不機嫌顔など幻であったかのような愛らしい天使の笑顔で聞き込みを開始しているのを、カトリーヌはしょっぱい眼差しで見送った。姉さえ絡まなければ、あの公爵子息は実はかなり要領が良い。
「さて、とりあえずの原因はわかりました。犯人や動機などの真相究明は後に回して、舞台の応急処置に関しては管理委員に任せましょう。我々は取り急ぎサンドラ・アンハイム嬢に会わなくてはね」
「……必要ですか? それ」
「別に慰めにいくのではありませんわよ? 気が進まないのはわかりますけれど、彼女の意向は確認しなくてはね」
サンドラ・アンハイムはステージでソロを務める予定だった。しかし今は怯えているというから、土壇場の棄権もありうる。そうなればプログラムの書き換えも視野に入ってくる。
「最悪の場合は……覚悟が必要よ、カトリーヌさん」
「……覚悟……?」
言葉の不穏さに反して実に楽しそうに笑うヒルデガルトに、カトリーヌは嫌な予感を覚えずにはいられなかった。




