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悪役令嬢カトゥラ・カドゥレは憂鬱げ  作者: ミナソコミナモ


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(23)前世の知識の甘い毒

 ルペルトとの和解と密約は、学園生活に大きな変化をもたらすものではなかった。文字通り「何もしない」だけなのだから当然だ。

 ただ、悪巧みを共有したせいだろうか、必要最低限以外の接触を避けていたところから徐々に、カトリーヌとルペルトは軽い世間話をぽつぽつと交わすようになっていた。


「侯爵はずいぶんと落ち着かれたようだな」


「みたいね。相変わらずまめに社交には出てるけど、「目ぼしい相手に手当り次第」はなくなったそうよ。ここのところ相当見苦しく悪目立ちしてたのがトーンダウンして、ひとまず安心ってところ」


「詳しいな。カドレッドは社交には出てないんだろう?」


 並んで資料整理をしながら、周囲に他のメンバーがいない隙をついてのコソコソ話。

 痛いところを突かれて、カトリーヌはぴくりと一瞬手を止め、しかし何事もなかったかのようにさらりと受け流す。


「お互い様じゃない? そっちだって社交場に出入りなんかしてないでしょうに、ずいぶん情報通じゃない。宰相閣下にいろいろ教わってるの?」


「……まあ、そこはいろいろ事情があってな」


 歯切れ悪く濁すルペルト。

 カトリーヌは彼の抱えている大体の事情を知っている。例の、リリアから聴取した前世の記憶だ。


 ルペルトの実父である現宰相は、没落しかけの末端貴族から、努力と根性でのし上がった超のつく叩き上げである。恵まれた血筋、恵まれた教育、恵まれた才能といったアドバンテージを一切持たずに、独力で頂点に登り詰めた不羈の人。

 その子であるルペルトも、「宰相の子」という言葉のイメージからもたらされるほどの華々しい才能は開花していない。いわゆる天才ではなく、地道な努力によって好成績を維持する秀才なのだ。常識人で思慮深く忍耐強く、しかし大胆な閃きからは遠い。そして突然の変化やトラブルに弱く、土壇場で対応を誤ることもある。カトリーヌに失礼な突撃交渉をしにきたのも、この性格が災いしてのことだろう。リリアなどは「器用貧乏苦労人ポジ」などと評していた。


 ここまで聞けば、彼がどういう心境にあるかは薄々わかる。事実リリアは、ルペルトの秘めた思いをつらつらと暴露してくれた。

 彼の周囲にいる同年代の人間は一点の曇りもない天才ばかりだ。昼行灯を演じる余裕のある第二王子、年少でありながら自分を軽々と凌駕する知性を窺わせる公爵子息、天性の策略家である公爵嫡女。ルペルトは彼らに、不断の努力をもってしてなんとか食らいついているのが現状だった。そこにコンプレックスを覚えないわけがない。

 それでいて、父宰相が成り上がりを目指さざるをえなかったほどの厳しい環境に育ったわけではない彼には、父ほど苛烈な向上心や渇望感はない。今はなんとか凌いではいるが、いずれ周囲の期待に応えられずに天才たちから置いてけぼりを食らう……そんな未来に密かに怯えている。

 それゆえに、彼は脅迫的なまでの努力を怠らない。父宰相も息子を鍛えるためにかたびたび試練を課してくる。今回の件もおそらくその一環。侯爵家からの婚約打診を息子がどう処理するか、見極めようとしているのだろう。聡明な彼は父の試練に応え続けなければならない、と、思い込んでいる。

 だから、まだ本格的に関わる立場ではない社交界の事情にも自力で試行錯誤して耳をそばだて続けている。だから詳しい。


 さて、こうしたコンプレックスを抱えて頑張る少年に、どんな言葉をかければいいのか。

 事情がわかってしまえばわりと容易に想像がつく。リリアの言う「ゲーム」の「選択肢」などあからさまだった。心の弱い部分を上手に掬ってくすぐって、よしよしと撫でて癒やして発破をかけて……

 人の心など、簡単に支配できてしまう。


(これは確かに、活用したくなってしまうわね……)


 前世の記憶──「ゲーム」の情報は甘い毒だ。リリアは使い方が悪いだけであって、うまく立ち回ればきっと本当に五股も不可能ではないのだろう。

 相手を知り、相手の欲しい言葉をあげて、相手を自身の虜にする。たとえそこに真心など籠もっておらずとも、人の心は簡単に篭絡できてしまう。

 それは、洗脳や詐欺とどう違うというのだろう。


 それでも、自分だけを特別に大切にしてくれる人を「作れて」しまう、たとえ複数の男にうつつを抜かす不実な女であっても許されてしまう──それは確かに、目のくらむような誘惑に満ちている。

 ……リリアがギャクハーエンドにこだわる理由。その本質の一端を垣間見た気がする。

 自己肯定、承認欲求、その究極形。満ち足りていない人間ほど、ころりと転げ落ちる、甘い幻想……


 だからこそ、カトリーヌが取る態度は決まっている。


「ま、いろいろあるわよね、お互い」


 当たり障りなく、さらりと流して、それで手打ちだ。友人未満の絶妙な距離。

 ルペルトは乾いた笑いで肩をすくめて、作業に戻る。そこに感銘も感動もない。それでいい。


 自分を無条件に肯定してくれる誰かが欲しくても、カトリーヌにとってのそれは、ルペルトじゃない。


「……少し不思議に思っていたんだが」


 丁寧に書き上げた書類を紐綴じしながら、不意にルペルトが呟いた。


「少し落ち着いたと言っても、侯爵の振る舞いは相変わらずその……なんというか」


「痛々しい?」


「……。まあ、盛大に空回っているのは間違いないな。言い換えれば「隙が多い」というべきか。社交界にはクセの強いお歴々も蛇のように狡猾な人間もそれなりに蔓延っているのに、そこで生き抜いていくには、侯爵という肩書きがあってなお危なっかしく見える」


「そうね、そっちの才能はゼロだものね。他人の気持ちを斟酌する回路が形成されてないのよ、あの頭の中には。だから善意も悪意も汲み損ねて、上手いこと世渡りできずに燻ってるわけ」


「辛辣だな……まあ概ね同意だ。侯爵は善意にも悪意にも無防備すぎる。──翻せば、他者を侮っている」


「無能だからね」


「侯爵領の経営に問題はなさそうだから全てにおいて能がないとは思わないが、明らかに社交向きではないな。それこそ、今日に至るまで大きなトラブルに発展していないことが奇跡的に思えるほどに」


 父の悪口だからと軽い気持ちで乗ってしまったカトリーヌは、話の結論の向かう先に嫌な感触を覚えて黙り込んだ。

 ルペルトは天才的な閃きができるタイプではない。でも、論理的思考は得意で、推理力は高い……


「侯爵にはなんらかの後ろ盾……庇護……いやそれにしては孤軍奮闘すぎるな……だとしたら……権威ある誰かに監視されている……?」


 一人思いふけるようにぶつぶつと呟いたのち、ルペルトはふと傍らに視線を移した。カトリーヌの顔を見て、引きつり気味の苦笑になる。


「子爵と侯爵の間に何があったのかは……訊かないほうがよさそうだな」


「……そうして頂戴」


 完全にふてくされた顔で首を逸らして明後日の方向を見ながら、カトリーヌは不機嫌に吐き捨てた。


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【完結済・コミカライズ】
身辺を清めてから出直してくださいませ

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