(22)ルペルトの謝罪と密約
見本市が開かれている公館は、建国時に隆盛を極め、その後紆余曲折を経てお取り潰しになった大貴族の大邸宅という、歴史ある建物だ。国が改装の手を入れつつ抜かりなく保全し続けており、今でも国事に時折利用され、またはこうして催し物の会場として貸し出されることもある。
邸宅内は豪奢で格調高く、年月を経てなおかつての栄華を偲ばせる。そこへ来て自分の装いが少々不釣り合いであることには、カトリーヌも薄々気づいていた。
「その服装はなんだ」
言いつけどおりに邸宅内にやってきたカトリーヌを出迎えて、父の第一声はそれだった。娘がドレスではなく制服を着てきたことが不満らしい。
ショールをつけてこなかっただけでも十分譲歩しているのに、と内心毒づきつつ、カトリーヌは淡々と返す。
「本日は学園は半休です。午前中の授業を終えてから、帰宅せず直接こちらに伺いました。着替える暇も場所もありません」
そんなことも知らないのか、という侮蔑を、感情を込めることなく言外に滲ませてやると、父は失言を悟って苦い顔をした。が、それでもなお自分の非を認められないのがこの男である。
「……そんなもの休んでしまえばよかっただろう」
「侯爵とは思えない、ずいぶんな仰りようですわね」
「学業より家のために社交を優先するべき時もある」
「わたくしこれでも生徒会役員の一員ですの。第二王子殿下や公爵家のご嫡女が真面目に登園している時に、わたくしだけ学園を休んで海運王の見本市に現れたとなれば、カドレッドの家名がどのような白眼視を受けるかわかりませんわ」
生徒会を盾に取れば、父はあっけなく黙った。ヒルデガルトが与えてくれた立場は、カトリーヌが思っていた以上の恩恵をくれているようだ。
大体、こんなことは見本市に来るよう命じた時点で予定をすり合わせて段取りを立てておくべきだったのだ。カトリーヌは父と極力会話をしたくないのと、うまく制服でごまかせる可能性を見越してあえてだんまりを貫いたのだが、父は単純に見通しが甘いだけ。いつものことだ。今朝普通に登園していくカトリーヌの姿を見ておいてこうなることくらい見通せなかったのだから、目を覆いたくなる浅慮である。
「ああ言えばこう言う……賢しい女は目障りなだけだぞ」
父は吐き捨て顎をしゃくり、邸宅の奥をカトリーヌに示した。
(貴方の好いた女性は皆、自分より頭の軽い女ばかりですものね)
胸中でめいっぱい毒づきながら、カトリーヌは黙って父の後に続いた。
母しかり、愛人たちしかり。あまり賢いとは言い難い女性ばかりを傍に置きたがる父は、裏を返せば自分より高度な知性を持つ女性というものを容認できない人間なのだ。そしてもっと言えば、女性に限らず自分より賢い人間というのが全般的に苦手で嫌いだ。
生存競争において自分より優れた同種族の個体を嫌悪するという、原初的な本能に忠実な人間と言えよう。理性や知性でエゴを抑制できない、文明社会においては幼稚と分類される人間性と言い換えてもいい。
娘に理詰めで言い負かされ、咄嗟の反撃が人格否定であるという時点で、頭の軽い女たちを下に見るのもおこがましい己のお粗末な知能に気づいてほしいものである。
「それで、どなたとのお約束ですの?」
いつまで経っても状況説明がないのに苛立ちを覚えて、カトリーヌは数歩前を行く父の背中に訊ねた。
見本市は社交場としては低ランクだが、特定の相手と少人数で交流を深めるのには悪くない。市の開催中は休憩所として機能しているこの邸宅は、しばしばそういった用途に使われがちだ。
ここにカトリーヌを引っ張り込んだということは、個人的に会わせたい相手がいるということ。
「大切な客人だ。先に言っておくが、粗相はするなよ」
(だから誰なのかはっきり言えと──)
カトリーヌの心中に渦巻く悪態は、唐突に中断を余儀なくされた。
視線の先に、見知った人物がいたのだ。
邸宅の中庭に続く瀟洒な白いアーチの下に……見間違いでなければ、ほぼ毎日顔を合わせ、なんなら時折事務的会話を交わすこともある、生徒会会計、の姿が……
「ガルバス……?」
およそ「大切な客人」をもてなすに相応しからぬ、むしろ完全にその逆を行くカトリーヌの形相に、生徒会会計にして宰相子息ルペルト・ガルバスは気まずげにそっと視線を逸らした。
***
「まさかこんな茶番に巻き込まれるなんてね」
見晴らしの良い位置に据えられた中庭の東屋で、カトリーヌは澄まし顔で優雅に紅茶をすすった。
対岸には難しい顔をしたルペルト。やたら既視感のあるシチュエーションである。
「……黙っていてすまなかった。ただ、こちらとしても急な話ではあったし……あらかじめ伝えてしまえばカドレッドは来ないと思ったからな」
「私をわざわざここに呼び寄せる必要があったの。そう、それはなんともきな臭いお話ね」
カトリーヌはにっこりと微笑みを浮かべながらも、言葉にはしっかり棘を含ませる。
「笑えとは言わないけれど、もう少し景気の良い顔をしてくださらない? 父がまだ見ているわ。あまり渋い顔をされていると、私があなたの不興を買ったとみなされて後が面倒なのよ」
「あ、ああ、すまない……」
ルペルトは不器用ながら、眉間の皺を潰すような仕草をしてみせた。まあ、もともと朗らかなタイプではないし愛想笑いも苦手そうだから、緊張していた様子だったとでも報告すれば父を納得させるのは可能だろう。
「では、改めて聞かせて頂戴。どうしてこんなことになったの」
「ああ。……エズモンド子爵の話をしてくれただろう」
「ハリスン・カドレッドについてエズモンド子爵に助言を仰げ」──カトリーヌが伝授した、角を立てずに婚約の打診を断るための手段だ。
「言ったわね。宰相閣下……お父君にお話したの?」
「いや。俺が子爵に直接面会した」
「は」
意外な流れにカトリーヌは目を瞬いた。驚愕が険のある表情に化けぬよう気をつけながら、話の先を促す。
「どういうことよ」
「……父は、あの打診を初めから断るつもりだったらしい。どうやら子爵に話を聞くまでもなく、カドレッド侯爵が過去に起こした騒動についてはすでに把握していたようなんだ」
「ああ……そうね、それはそうよね」
相手は辣腕で知られる宰相だ。わざわざ誰かから忠言を受けるのを待たず、国内貴族の問題のある経歴を把握していてもおかしくはない。ならばカドレッド侯爵家に縁を結ぶ価値がないことも把握しているだろうし、家格に慮ることなく侯爵の面子を表向き潰すこともなく、婚約打診を断る材料などいくらでも抱えているだろう。
ルペルトは少し疲れたようなため息をついている。
「だが、その騒動の内容自体は教えてくれなかった。打診についても断るつもりではあるが、それはそれとして自分でよく考えて行動してみろと言われた。そう言われても考えるだけの材料などないし、俺の使える時間や伝手で調べるにも限度がある。それで……」
「直接エズモンド子爵に?」
「……ああ」
大した行動力だ。カトリーヌは初めてルペルトという男に感心を覚えた。
まだ爵位も公的な立場も持たないただの学生が、面識のない子爵に直接交渉に赴くというのはなかなかない。もちろん父親である宰相の名前があってこそ叶うものだろうが、それでも速やかに行動に移した点はさすが俊英の子といったところか。
しかしやはり、結果は芳しいものではなかったらしい。
「結局子爵も、過去に何があったのかまでは語ってくれなかった。代わりに、カドレッド侯爵と話をする機会を得た際には、適当な話の流れで「エズモンド子爵と話をした」ということをさりげなく会話に混ぜればいい、そうすれば二度と侯爵が近寄ってくることはないだろう、と助言してくださった」
「でしょうね」
カトリーヌはうなずく。子爵がそう対応することがわかっていて、ルペルトやその他の婚約打診取り消し希望の男子たちをけしかけたのだ。実際ルペルト以外の男どもやその親は、子爵から借りてきた知恵のとおりに振る舞って、見事父を撃退している。
「その機会はあったのでしょう? どうして実行しなかったの」
「まあ……わからないなりにいろいろ考えたんだ。生徒会活動でのカドレッドの様子とか、その……以前自分がやった交渉のまずさとか」
ルペルトは気まずそうな表情を引き締め、覚悟を決めたように深呼吸したのち、深々とカトリーヌに頭を下げた。
「すまなかった。カドレッドを貶める意図はないつもりだったが、そうしたも同然だった。礼を尽くさず身勝手な要求をして、女性に対して恥ずべき行為だった。二度と同じ轍は踏まぬと誓う。どうか許してほしい」
実に誠実な謝罪だ。
カトリーヌはあちこちに視線を飛ばして父の姿も気配も周囲から消えていることを確認すると、複雑な仏頂面でルペルトの頭を見下ろした。
政略結婚当たり前の貴族社会において、家格申し分ない高位の令嬢でありながら、内情をろくに知りもしない相手に泡を食って婚約打診を断られる……これはすなわち、カトリーヌの女としての魅力を正面切って否定され続けているのと同義だ。
カトリーヌ自身、自分自身の人生に意味を見出せていない。魅力的に振る舞う努力もしていない。そんな女が選ばれないのは当然で、彼らの選択は妥当だとわかる。
だがそれならそれで、わざわざ「お前は駄目だ」と突きつけにこなくてもいいではないか。
懸想した相手に袖にされるのなら納得もいくが、粉をかけてさえいない、そもそもろくに会話したことさえない相手にそんなことをされれば、己の人間性のすべてを否定された気分にもなる。相手が誰であれ「選ばれなかった」という事実は、人間の自尊心を大いに傷つけずにはいられない。
自分が自分を諦めていても、他者に改めて指摘されれば、父譲りのうずたかい自尊心がしっかり傷ついてしまうのだから始末に負えない。そうしてまた、そんな身勝手な自分自身に絶望する、負の連鎖。
カトリーヌは大きな呼吸で胸中に巻き起こった暗い嵐をなんとか鎮め、涙腺が熱く反応した気配を瞬きでやり過ごして、どことなく父の髪色に似たルペルトの頭をもう一度見る。
……苦しみは長引かないほうがいい。この先も生徒会で顔を付き合わせるたびに屈辱を思い出していては、心がもたない。
「わかった。謝罪は受けるし許す。だからもうこの話題を蒸し返すのは絶対にやめて」
そう、ここで謝罪を受け入れてしまって、忘れたフリで心を騙してしまおう。たぶん、本当の意味で許すことは、カトリーヌの狭い心では当分不可能だろうけれど。
ルペルトは顔を上げ、ほっと安堵の吐息を零した。
「感謝する」
「……それで? 私に謝るだけなら、わざわざここである必要はなかったわよね?」
ここからが本題だ。
生徒会室でのカトリーヌの主な仕事はリリアの監視だが、会長か副会長にでも断りを入れれば、この程度の話し合いの時間くらいは取れたはずだ。
なぜ、わざわざ見本市なのか。たかだか謝罪のために、あえて父を巻き込む必要があったのか。
ルペルトは神妙に頷き口を開いた。
「ここに来ることになったのは、お父君……侯爵のお誘いだ。こうした誘いは何度かうちの父づてにもらっていて、そのたびお断りしていたんだが、今回は利用させてもらうことにした」
「利用? 父を調子づかせてどうしようというのよ」
父の考えなど知れている。娘を宰相子息と縁付かせること。カトリーヌが生徒会に所属したことをいい機会だと捉え、宰相にいっそうのアプローチをかけているだろうことは想像に難くない。
しかしルペルトにはエズモンド子爵の助言がある。わざわざ父を相手にする必要などなかったはず。宰相の黙認も奇妙だ。一体なんの意図がある?
「単刀直入に言おう。カドレッドとの婚約の件、俺は断らないでおこうと思う」
「……。断らないで「おく」?」
「ああ。断らない。だが、応じもしない」
「なんのために」
「侯爵を釣っておくためだ。……そうすれば、カドレッドも今より少しは自由になれるだろう?」
カトリーヌは息を呑んだ。
確かに、宰相子息という優良物件に脈がありそうだとなれば、父は相手方に多少は気を遣って、新たな婚約者候補探しを手控えるだろう。こうしてカトリーヌが社交場に駆り出されるようなことも減り……将来について突きつけられる煩わしさも減るはずだ。
だが、なんのメリットもないであろうルペルトがわざわざなぜ。
疑問を視線に乗せて無言で問えば、ルペルトは少しばつの悪そうな顔をして頬をかいた。
「詫びだと思ってくれ。大したことはできないが、謝罪だけで済ませるのはどうもな」
「律儀ね。でも大丈夫なの? あなただっていずれ誰かを選ばなければならないでしょう? 「カドレッド侯爵の娘」に粉をかけている場合ではないのではなくて。評判に傷がつくかもしれないわよ」
「積極的に動くつもりはない。学園でもいつもどおりに振る舞う。まあ、言うなれば「何もしない」だけだ」
婚約打診を断らない。婚約打診に応じない。積極的に動かない。
ルペルトが何もしない、ただそれだけで、父は宰相家に振り回される。過ぎる野心は他者に簡単に利用される……。
「父があちこちに匂わせたり大っぴらに喧伝して回るかもしれないわよ。何も確定していない段階でも外堀を埋めるつもりでやりかねないわ、うかつな人だから」
「その辺りはうちの父から釘を差してもらうさ。あの侯爵でも宰相の不興を買えば話が立ち消えになることぐらいは理解してくれているだろう。今後はこういった社交にお誘い頂くのも遠慮してもらう。アウレリウス殿下同様、学業優先だとでも言ってね」
生徒会長、第二王子アウレリウスは学業優先を謳い、学園在籍中には重要な公務以外の社交場に顔を出さないことを公言している。理由は不明だが、おそらくは王太子である第一王子と敵対する要素を極力排除するためではないかと思われる。
現状、後継者争いを警戒するような状況ではないが、わかりやすい対立軸にある神輿を担いで政争の具に利用したがる輩はいつの時代にも存在するのだ。第二王子はあえて身を固めず昼行灯を演じることで、余計な争いの芽をあらかじめ摘んでいるように見える。
おかげで第二王子に歳の近い令嬢やその親は学園での王子との交流に夢を見て、婚約者を定めていない者が少なくない。王子が社交に来ないのなら時間の無駄とばかりに、慣習であるデビュタントを卒業後に先送りにしているケースも多い。
というか、カトリーヌがまさにそれだ。学園で王子なりその側近候補なりとお近づきになり、より良い婚約者候補を釣り上げてくることを期待する父の胸算用である。もちろんカトリーヌはそんなことには意欲も行動も示さなかったため、今現在父が婚約者探しに奔走しているわけだが。
「……悪いとは思ったが、侯爵が婚約者にと声をかけて回っている面々とその家を軽く調べさせてもらった」
ルペルトは言うべきか否か少し迷った様子で、そんなことを言い出した。ものすごく言いにくそうに。
「…………正直な話、侯爵は、見る目がない」
「……でしょうね……」
カトリーヌはたっぷりの諦観を乗せて遠い目をした。
婚姻打診取り下げの交渉に来た連中からして、軟派な遊び人だったり、鼻持ちならないボンボンだったり、真面目そうに見せて中身がスカスカだったりと、普段から周囲の人間に興味のないカトリーヌから見ても鼻につく連中だったのだ。それに比べれば、ルペルトは一等まともな交渉者だったと認めてもいい。
父の婚約者探しが、家格と資金力と極めて表面的な評判だけを基準にした、中身のない手当り次第であることが透けて見える。
名と内情が伴っている「ちゃんとした」貴族ならば、中身のない父の爵位に騙されることも怯えることもなく、正面から正式な断りを入れているのだろう。一方で侯爵の肩書きに気が引けて断れない家や、侯爵の肩書きだけを見てまんざらでもない親を持った令息たちが慌ててカトリーヌに対して行動に移したわけだ。
子は親を映す鏡。実家の無能や底の浅さは、しっかりと子供の性格に反映している。
本当ならこういった不良物件は、婚約打診をする前に見抜いて選り分けるべき対象なのだが、父にその目はなかったわけだ。
「カドレッド、君は侯爵に伴侶探しを任せるべきではないと思う。学園在学中は俺──というより宰相家の名前を侯爵に対する盾として使ってくれて構わないから、その間に好い相手を君自身が見つけるべきだ。……いやそんな顔してる場合じゃないぞ本当に」
指摘されて、カトリーヌは思わず殺到してしまった眉間の皺を指でほぐしながらため息をついた。
なんという無理難題を言ってくれる。女性らしくありたいとか誰かに愛されたいなんて気持ち、とうの昔に枯れ果てている女が伴侶探しなど、面倒くさすぎる。
「……誰か爵位に弱くて適当に問題のなさそうなフリーの男、いないかしら……」
「いやそれは侯爵と同じやり口だろう……。そちらの手助けは俺ではできかねるから、副会長にでも頼ってみたらどうだ? 喜んで手伝ってくれそうだと思うが」
「副会長ね……あんたもあの人も、なんでそう人が好いのかしらね。私に関わるなんて面倒なだけでしょ」
「……副会長は複雑怪奇すぎて何を考えているのか俺にはさっぱりわからないが……俺としては、借りのある相手に大したリスクも手間もかけずに借りを返す絶好の機会だと捉えている」
「そう? 父の動き次第では煩わしいことになるかもしれないわよ?」
「実は学園卒業直後から、数年国外に留学する手筈になっているんだ。だからまあ、下手に待たせるのもトラブルの元だということで、俺もまだ婚約者を定めてないんだが」
「なるほど、自然消滅でうやむやにできるわけね。結構小狡いじゃない。父なら騙された!とか騒ぎそうだけど」
「まあ、そのくらいのリスクは負うさ。というかこの予定自体はすでに公表しているから、後から騒がれてもな」
「ああ……耳の遅い貴族の自業自得ってわけね」
公開はされているが積極的に布告されているわけではない類の情報ということだ。日々城に出仕し海千山千を相手に耳をそばだて脳みそを絞っている最前線の貴族ならば周知の事実も同然。その他大勢の、夜会や茶会、社交場を主戦場とする貴族たちの耳にどの程度の速さで届くかは、個々の耳聡さや人脈、運による。
どう考えても父はその他大勢の最後尾。気づいた頃に騙されただなんだと大騒ぎしたところで、情報感度の低さを露呈して恥をかくだけだ。そもそもルペルトは婚約の打診を蹴らなかっただけであって、確たる約束などなんらしていない。勝手に期待した側の泣き寝入り確定である。
となれば、よほど父に運が味方しない限り、ルペルトを釣り餌にして学園卒業まで猶予期間を引っ張れるだろう。
「卒業まで一年半以上ある。長いとも言い難いが、誰か好い相手を見つけるにせよ、侯爵の判断に運命を委ねる覚悟を決めるにせよ、やってできない期間ではないだろう。……あるいは、本当の望みを叶えることもできなくはないかもな」
「本当の望み?」
寝耳に水の単語に、カトリーヌは目を瞬いた。
するとルペルトこそが困惑の眼差しを返してくる。
「いや、だって、カドレッドはベルモーを……」
また唐突に出たソキウスの名前に、いっそう首をひねるカトリーヌ。
ルペルトは言葉を飲み込んで閉口し、何かを考え込むように視線を宙に浮かせている。
「……なるほど。まあ、それはいいか。……ともかく時間は稼げるはずだ。ここで借りを返させてくれるか?」
「ほんっと律儀ね……」
呆れぼやきつつも、カトリーヌの気持ちは固まっていた。
父を出し抜くのは大好きだ。出し抜いた後の報復や反動は面倒だが、現実的に考えてこれが最後の反抗になる。卒業までの残された自由を賭けるに値するだろう。
「いいわ。あんたは「何もしない」。婚約打診を受け入れない代わりに断らない。学業優先、生徒会優先、外で会うのもなし。期間は卒業まで。──その詫び、受け取って上げる」
あえて居丈高に、婉然と微笑んでみせれば、ルペルトは本日初めての笑みを見せた。まあ、いろいろ入り混じった苦笑ではあったが。




