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悪役令嬢カトゥラ・カドゥレは憂鬱げ  作者: ミナソコミナモ


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(20)悪意を炙り出す

 そもそも、デレクの遅刻がここまで深刻に受け止められてしまったのは、「カトリーヌが殴られそうになっているように見えた」というデレクの証言に端を発している。


「……確かに殴られそうにはなりましたが、それはその……私が感情的になって挑発してしまったからで……」


 貴族言葉は引っ込めて、カトリーヌがしどろもどろに弁明すると、予想通りヒルデガルトからはお叱りの言葉を頂いた。男性を挑発するなどもってのほか、もっと自分を大事にしなさい……まあそんな感じのお説教だ。

 それに関しては殊勝に拝聴しておいて最短で済ませ、話は本題に入る。


 今現在、野放しになってしまっている加害者──通称『髪引き男』についてだ。


「それがどこの誰かもわからない、というのは困ったものですわねぇ」


 ヒルデガルトが頬に手を当てて吐息を零した。


 昨日、カトリーヌに難癖つけて、果ては殴ろうとまでしてきたあの少年。

 カトリーヌには見覚えがなく、結局一晩置いても心当たりは思い当たらなかった。おかげで大雑把な容姿と言動、同学年の貴族ではないかという程度の情報しかない。

 後からやってきたデレクからは距離がありすぎてよく見えなかった、リリアに至っては遭遇すらしていない、とのこと。


「似顔絵はどうだろう。証言できるかい?」

「いえ……正直ほとんど印象に残ってなくて。あまり自信がありません」

「首実検でもやってみるか? 似顔絵よりはいけそうだが」

「大々的には無理ですわ。客観的に被害を証明できない以上、教職員の協力は仰げませんし、生徒としての領分を守った範囲での活動に収めなければ」

「ふむ……」


 真剣に考え込む面々に、なんとも言えぬ面映ゆさを覚えて、カトリーヌはおずおずと声を上げる。


「あの……そこまで大事にせずともいいのでは? 私はこの通りなんともありませんし」


 実際のところ明確な被害は存在していない。カトリーヌの髪が数本抜けて、あとは少々精神的に消耗した程度だ。どれほど一方的で理不尽な言いがかりであっても、第三者から見れば人間関係のこじれ以上のものとは認識されないだろう。

 だが、直接被害の有無の問題ではないのだと、ヒルデガルトはかぶりを振る。


「今回のカトリーヌさんの件がたまたま軽微に済んだからと言って、今学園に潜在している問題が消えてなくなったわけではありません。カトリーヌさんに言いがかりをつけたということは、他の女子生徒にもなんらかの言いがかりで絡んでくる可能性があります。聞く限り暴力性も高そうですし、本当の大事(だいじ)が起こる前に抑止しなくては」


「女子の髪を引っ張り、思い込みで怒鳴りつけ、あまつさえ挑発に乗って女子を殴ろうとしたわけだろう? 本人の資質にせよ心理状態の問題にせよ、ろくな状況でないのは確かだ。見つけ出して罪に問うというよりは、件の人物が何者なのか、今現在どんな問題を抱えているのかを把握しておくのが最大の目的だな。まあ問題行動の根幹にあるのは十中八九家の問題だろうから、生徒会から個人の事情に踏み込んで是正させるのは難しいが。それでもあらかじめ情報を掴んでいるのといないのとでは、実際に第二第三の事件が起きた時に、対処の速度と手札の数が変わってくる」


「なるほど……」


 ヒルデガルトとアウレリウスの理路整然とした為政者思考に、カトリーヌは感心してしまう。

 人の自由意志を尊重しつつも、問題のありそうな場所にはきちんと手を回し、手綱を握ってしかと「管理」するという考え方だ。国という秩序の維持を、学生の身分のうちから常に見据えて行動しているのだろう。


「ああ、カドレッドの(こうむ)った危害を軽く見るつもりはないよ。ただ現実的に、現段階では彼に実行的なペナルティは科せられない、という事実は呑んでおいてほしい」


「もちろんです」


「そうですわねぇ、できたところで注意勧告程度……でも牽制はしないよりはしておくべきですわよね……」


 何事かぶつぶつと考え込んでいたヒルデガルトが、ぱっと顔を上げた。ただそれだけのことで嫌な予感がしてしまうカトリーヌである。


「カトリーヌさん。明日以降の出動案件、わたくしと共に参りましょうか」


「え」


「もちろん形だけで結構ですわ。わたくしの隣に控えて、メモでもとっているフリをしながら、出先で遭遇する生徒をさりげなく確認して頂きたいのです」


「……」


 出動とは、揉め事の解決や各部活動に対する交渉、教員からの呼び出しなどに執行部が駆り出される案件──要するに生徒会室を離れる必要のある仕事全般の通称である。必然的に、普段の学園生活ではあまり立ち入らない領域にも足を運ぶことになり、これまで会ったことのないような生徒とも顔を合わせる機会が格段に増えるだろう。犯人探しにはもってこいだ。

 確か当初の話ではそれには関わらなくていいという話だったと思うのだが……まあそれは言うまい。生徒会に所属している以上、いずれはなんらかの責任を負うことになるのはわかっていたことだ。……ヒルデガルトのこの、積極的にカトリーヌを自分の側に引き入れようと隙あらばグイグイ来る感じは、ちょっと勘弁してほしいところだが。


「……出動先に髪引き男がいないかこっそり確かめつつ、真面目に働いている印象を振りまけばいいのですね」


「さすが、話が早いですわ。わたくしにこき使われている雰囲気も出していきたいところですわね」


「おやおや、女帝(ヒルデ)の悪評でカドレッドの安全を賄うつもりか? 挑戦的だな」


 アウレリウスがにやりと笑った。反対はしないらしい。


「わたくしが()()()()人間だというのは周知の事実ですもの、その悪評を使わない手はありません。ああ、もちろんリリアさんにも付き合って頂きますわよ?」


 にっこりと笑い返したヒルデガルトの視線が、他人事顔のリリアへと綺麗に滑った。一転、大慌てのリリア。


「ぶえっ!? えっえっなんでっ!? ……ですかっ!? 私犯人の顔見てませんけどっ!?」


「全生徒に対する牽制ですわ。動機はどうあれ、今回の犯人が標的にしたのはたまたまカトリーヌさんでしたけれど、本来ならばリリアさんも立場は同じはずです。「生徒会に所属しているのが妬ましい」だとか「注目されている人間にちょっかいを出したい」だとか、よからぬ意図を持って貴女がたに接触を図ろうとする人間は今後も現れるでしょう。そういった手合に、お二人にはわたくしの庇護があることを改めて印象付けつつ、生徒会活動を頑張っている姿を見せつければ、多少なり好印象に傾かせられる可能性は高くなります。なおかつわたくしという「女帝」にこき使われているように見せることで、同情を喚起することもできるでしょう」


「ええ〜……そんなうまくいきますぅ?」


「もちろんこの程度の牽制をものともしない方も多いでしょう。ですがここで重要なのは、お二人に悪印象を抱いているであろう人物だけを狙い撃ちするのではなく、生徒教職員含む学園全体からの評価を底上げすることです。「新任役員は真面目に頑張っている」という評判が学園中に広まれば、悪意を持っている人物も軽率に手を出しづらくなるはずです。他者への攻撃、いじめといったものは、ある程度「被害者は蔑ろにして問題ない人物である」と周囲が是認する空気があることによって発生確率が上がるものですから。その逆の評価を得ている人物への攻撃はリスクが高くなるため、避けられる傾向にあるのですわ」


「……うーん。それはそうかもしれないけど……」


 リリアは納得しかねている様子でしきりに首を捻っている。カトリーヌは横目でその様子をそっと窺った。


 ……リリアの頭の中で比較の土台に上がっているのは、おそらく『悪役令嬢カトリーヌ・カドレッド』だろう。

 かの悪役令嬢はきっと周囲の評判などものともしない。形だけの家格、我の強さ、悪巧みの才能、そして底なしの執念を最大限に活かして、ヒロインを追い詰めるのだ。

 その先にあるのが自らの破滅だとしても、おかまいなしに。


 今、現実のカトリーヌは悪役令嬢の座を降りている……はずだ。

 だが同じように妄執に取り憑かれ、他者を害することに心血を注ぐような人間が、他にいないとも限らない。


「……自己の保身を考えず、他害衝動に身を任せる方もいらっしゃるでしょうね」


 『悪役令嬢』について概ね把握しているヒルデガルトも、リリアの言わんとしているところを察したようだ。


「ですからここは割り切って考えましょう。常識的な抑止対策で抑え込めるちょろい手勢はそれでよし。今後の学園運営の障害として立ちはだかったとしても、比較的扱いやすい民衆……いえ、生徒ですわ」


「ちょろい……」


「対し、抑止対策の効果のない人物というのは潜在的な脅威です。そうした危険人物を今回の施策によって炙り出せるのだ、と考えれば良いのですわ。もちろん、十分な防衛策は打った上で」


 ヒルデガルトの視線を受けて、黙念と傾聴していたデレクが改めて背筋を伸ばして深く頷いた。


 今後の方針はこうだ。

 生徒会活動中、カトリーヌとリリアは出来る限りヒルデガルトと行動を共にし、真面目な生徒会活動を印象づけること。ヒルデガルトがいない時には基本的に生徒会室を出てはならない。

 帰宅時はヒルデガルトの出欠如何(いかん)を問わず、可能な限り校門までデレクが送る。名目上はヒルデガルトの護衛。カトリーヌとリリアはあくまでついでだ。これは学園内でも人気のあるデレクに正式に依頼しているのがヒルデガルトであると印象づけるため。

 デレクが来れない場合は、その日出席している男女全員で帰宅する。ただし第三者から余計な嫉妬を買わないためにも、カトリーヌと、特にリリアは男性陣に馴れ馴れしくしないように。


「この方法では炙り出し効果は控えめになってしまうでしょうが、まずは安全第一ですから。それに、表向きの護衛とは別に我が公爵家の手勢を見張りにつけるので、多少は不穏当な人物の動向も把握できるでしょう」


「見張りですか?」


「ええ。わたくしと弟、それに殿下も、学園内では侍衛の類を随伴しておりませんが、決して護衛がいないわけではないのです。そちらの人手を少し動かして、お二人の周囲によからぬ動きがないかを探らせましょう」


 詳しくは教えられないということだが、どうやら生徒の中に密かに紛れ込ませた諜報員のような護衛がいるらしい。(リリアが「カゲだ!シノビだ!」とよくわからないことを言ってはしゃぐのでカトリーヌのバッテンマークが発動した。初見のデレクがびっくりしていた)

 昨今では貴族も学園内で護衛を持たないのが当たり前になってきている。護衛つきも皆無ではないが、どちらかと言えば護衛対象である子女に羽目を外させない目的の、内向きの監視だ。そういった風潮も一昔前のものになりつつある。

 とはいえ、言われてみれば王族や公爵家の子女にまで随伴者がいないというのはさすがに妙だ。

 ヒルデガルト曰く、戦時などの緊迫した時勢ならともかく、安穏とした世相の、一定の安全を担保されている学園内で、わかりやすく護衛されていることを示して周囲を牽制するメリットはさほどない。平和を享受していながら他者を害そうとする腐った悪意など、どうせ護衛の隙を突いてでも襲ってくるのだ。ならば一見無防備であるかのように振る舞って油断させ、よからぬ企みや悪意を炙り出して容赦なく処すのが、ヒルデガルトのやり方とのこと。


「ヒルデの炙り出しはえげつないぞ。なにせ、婚約者がいることを公表せずに、言い寄ってくる迂闊な馬鹿どもをリストアップして、将来的に活用できるように王家と宰相に献上してくるんだからな」


「え! 婚約者いるのっ!? ……ですか!?」


 にやつくアウレリウスの説明に、リリアが仰天している。前世の情報にはそのあたりの事情は含まれていないらしい。

 ヒルデガルトはぽっと染まった頬に片手を添える。


「ええ、北の辺境伯閣下ですの」


「……辺境へ嫁がれるのですか?」


 確か、嫡女と名乗ってはいなかったか。しかし辺境伯と婚姻を結ぶということは、婿入りという形はありえないはず。

 カトリーヌが素朴な疑問を投げかけると、ヒルデガルトはざっくばらんに肩をすくめた。


「わたくしを今も公爵家の嫡女に据えているのは、ジュルダンが幼く病弱だった頃からの慣習ですわね。すでにジュルダンを後継とすることは内定しておりますけれど、卒業後、わたくしと閣下との正式な婚姻を以て大々的に公表する予定です。それまでは嫡女の肩書きも適度に使ってよしとのことで、わたくしもそれなりに使わせてもらっておりますわ」


「いいんですかそれで……」


「ええ。公にはしておりませんが、このように隠してもおりません。王家にも通達済みです。本気で調べれば察しをつけることは可能でしょう」


「そんなこと! よりも! 婚約者の人って素敵な人なんですかっ!?」


 身を乗り出す勢いで恋愛脳な質問をぶつけるリリア。ヒルデガルトは実に幸せそうに両頬を覆って身をくねらせる。


「もちろんですわ……! 十も歳が離れておりますけれど、誰よりも素敵な方で……正直、同じ年頃の殿方は子供っぽく見えてなんとも思えませんのよ」


「へぇぇ、どうりで……あれっ、でも公表してないなら他の男が言い寄ってくるのも仕方なくない? それだけで目をつけられちゃうの? ……ですか?」


「ケースバイケースですわね。純粋に心を寄せてくださる男性には丁重にお断り致しますわ。ですが嘆かわしいことに、大抵の場合は次期公爵の椅子を狙う野心家か、だらしのない女好きがほとんどです。前者は警戒すべき勢力として、後者は綱紀を乱しハニートラップに弱い無能として、将来のためにきちんと把握しておかなければなりませんもの。そもそも公表していないとはいえ、公爵家の令嬢に内々の婚約話がある可能性を考えて行動できない時点で、あまり賢明な人物とは言えませんからね。わたくしを堕としてしまえばどうとでもなると思っているのでしょうけれど、閣下の足元にも及ばぬ木っ端の分際で片腹痛いですわぁ」


「へ、へぇぇ……」


 リリアの顔が引きつるのも無理からぬことであろう。なかなかののろけが炸裂している。

 しかし羽目を外しがちな学生のうちから、裏で密かにそんな採点をされていようとは。つくづく普段の言動とは誰にどう見られているかわからないものだ。まあ、ヒルデガルトほど極端におっかない監視者はそうそう存在しない……と思いたいところである。


「ですがもちろんのこと、こうした囮行為は通常推奨されません。わたくしは公爵家と王家という無類の後ろ盾と、辺境伯閣下への底なしの愛あればこそ、好き勝手に大掃除に勤しめるのですわ」


 ……この調子では恨みを買っていつか刺されるか毒でも盛られそうな塩梅だが、しかしこの公爵令嬢ならばそんな敵意すら己を囮に炙り出しそうだ。実に頼もしい限りであると同時に、絶対敵に回したくない。


 そんなヒルデガルト節を横目に、カトリーヌの脳裏には漠然と、あの夕焼けの光景が’蘇る。

 男子生徒の顔はろくに覚えていない。それは事実。

 でも。

 振り上げられたこぶしは、目に焼き付いている。


 ──あのこぶしが振り下ろされていたなら、破滅していたのはカトリーヌではなかった。


 名ばかりの侯爵であろうと、侯爵は侯爵。その令嬢に暴力を浴びせたとなれば、あの男子生徒の将来はただちに閉ざされていただろう。父の影響力の有無に関わらず、他の貴族が身分制度の崩壊を招く行為を容認するわけがない。というか、父やカトリーヌが被害者の立場から減刑を望んだとしても、おそらく受け入れられまい。その程度にはショッキングな事件というわけだ。


 それを、目の前で見たいと、あの瞬間、カトリーヌは確かに熱望した。

 自分を否定した『敵』が、惨めに破滅する瞬間を──


(悪意を、敵意を、炙り出す……)


 危うきに踏み込む手前で自制されているであろう悪意を。まだ本人が自覚していないかもしれない本性を。もしかしたら一生発露せずに済んだかもしれない心の闇を。

 無理矢理にでも引きずり出し、糾弾し、否定し、拒絶し、怒り、蔑み、侮辱し、いたぶり、嬲り尽くして──


「……カトちゃん? どしたの?」


「──っ」


 真横から唐突に声をかけられて、カトリーヌは身体をこわばらせて顔を上げた。ぼやけていた視界が、急速に現実へと焦点を絞る。

 今後の方針が決まったということで、話し合いは解散の号令がかけられた後のようだった。スケジュールや段取りの確認のために真面目に膝を突き合わせているヒルデガルトとデレク。アウレリウスは席を立ち、書記と打ち合わせをしているようだ。手持ち無沙汰なのはリリアとカトリーヌだけ。


 カトリーヌは怪訝げに顔を覗き込んでくるリリアの顔をぼんやりと眺めた。

 不意に浮かび上がった疑問が、口を突いて出る。


「リリア……「ゲーム」の悪役令嬢っていうのは……」


 ──『悪役令嬢カトリーヌ・カドレッド』も、「自己の保身を考えず、他害衝動に身を任せる」人間だったのだろうか。


「……いえ、なんでもないわ」


 いたずらにパンドラの匣を覗き込む愚行を思い留まり、カトリーヌは憂い深いため息を零した。


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【完結済・コミカライズ】
身辺を清めてから出直してくださいませ

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