第242話 マルティナお姉ちゃん
「あー腹立つわ~ なんで娘である私がこんなに待たされなくてはならないのよ!」
マルティナはプンプンに怒りながら私の隣を歩く。
マルティナは父親に待たされたことに怒っているようだが、それに付き合って待たされた私はどこに怒りをぶつければ良いのだろうか…
「それは事前連絡なしに、当主様と会おうとしたマルティナお嬢様が悪いのですよ」
シャンティーがサラリと言う。
「えっ? その言い方だと、事前連絡をしておけば、待たずに済んだの?」
シャンティーの言葉が気になった私が尋ねる。
「はい、そうですよ」
「えぇ!?なんで教えてくれないのよ!!」
シャンティーのサラリと述べる真実に、マルティナは怒りの声を上げる。
「それは、お嬢様が忘れておられたからです、私もお教えしようかと思いましたが、それではマルティナお嬢様の成長の為にならないと思い、今回は痛い思いをして頂きました」
それに付き合わされて私まで痛い思いをするのはどうかと思うが、とりあえず、怒りのぶつけ処は見つかった。私はマルティナに向き直る。
「えっ? もしかして、私が悪いわけ? えっ? なんでレイチェルまで私を睨んでいるの!? …ご、ごめんなさい…」
マルティナは最初の内は言い訳をしようとしていたが、最終的には私の睨みが効いたのか頭を下げてきた。まぁ、私もマルティナには色々とお世話になっているので、これで許すつもりだ。
「まぁ、とりあえず、あそこのベンチにでも座って落ち着きましょうか」
私は向こうに見えるベンチを指差して提案した。
私たちは、あの待合室でメイドのシャンティーに更に二時間待たなければならない事を告げられた後、マルティナが怒りだしたので、気分を落ち着かせる為に、館の敷地の庭園を散歩することになったのだ。それで、こうして庭園の中を話をしながら歩いていた訳である。
まぁ、気分を落ち着かせると言って、庭園の中を歩いても、怒り状態のマルティナに、心を和ませる美しい花々が目に入る訳でも無く、その美しい花々に愚痴を聞かせながら歩く事になっていた訳だ。
「とりあえず、マルティナ…」
私は隣に腰を降ろしたマルティナに声を掛ける。
「な、なに?」
問題の原因が自分にある事が分かったので、マルティナは少し自重気味だ。
「他に忘れているこの家のしきたりとか風習はないでしょうね?」
私はじっとマルティナの目を見る。
「ほ、他は忘れていないと思うわよ…多分…」
マルティナは目が泳いでいる。私はシャンティーに視線を移すと、口には出さないが、そんな事がないのは分かっているでしょ?という顔をしている。
私ははぁ~っと大きくため息をつく。ここでマルティナを責めた所で埒はあかないだろうし、以前の記憶はあるが今の自身で実践した事のないマルティナも境遇も理解できる。
「まぁ、いいわ、マルティナ、それよりも以前、私の家に来た時に、私の部屋を見せたのだから、今度はマルティナの部屋を見せてよ、それに他に兄弟とかもいるのでしょ?」
私は穏やかな笑顔でマルティナに言葉を掛ける。
「えっ? マルティナお姉ちゃん?」
ふいに私たちのいる後ろの生垣から声が響く。
「えっ?」
私がその声の方向に視線を向けると、生垣の隙間から、小さな男の子が顔を出している。亜麻色のくせ毛のあるクリクリの瞳をした可愛い男の子だ。
「あっ! 本当にマルティナおねえちゃんだっ!!!」
男の子はマルティナの姿を確認すると、顔を綻ばせて生垣から飛び出して嬉しそうに声を上げる。
「えっ!? ヘルゲ!?」
マルティナも男の子の姿を見て、目を丸くしながら声を上げる。
男の子は、庭園の方に向かって大声を上げる。
「おーい!! みんな!! マルティナお姉ちゃんだ! マルティナお姉ちゃんが帰ってきてるよ!!」
すると、その声に答える様に、庭園の生垣の至る所がガサガサと動き出し、男の子や女の子の子供たちの顔が幾つもぴょこぴょこと生えてくる。
「あっ!ほんとだ!」
「マルティナおねぇちゃん!」
「おねぇちゃんが帰って来た~!!」
「シャンティーもいる!」
「わーい! おねえちゃんだ!!!」
子供たちはマルティナを見て、次々と子供特有の黄色い歓喜の声を上げていき、首が引っ込んだと思うと、私たち目掛けて生垣がガサガサと動き、先程の男の子の様に生垣から何人もの子供がわらわらと湧いて出る。
「ビリエルにベルタにエーギルとエーヴァ、インガもみんな元気にしてた!?」
マルティナが子供たちの顔を一人一人見て名前を読んで、笑顔を作る。
「あら…あらあら…本当にマルティナなの!?」
今度は成人女性の声が聞こえてくる。振り返って声の主を確認すると、マルティナが成人になって三十路になったような、穏やかな感じの女性の姿があった。
「マッ」
隣のマルティナがぽつりと漏らす。
「マリアナお母様!!」
どこから出るのか、また、そんな声を出せたのかと驚くような、普段のマルティナの声よりも1か2オクターブ高い声が響く。
「マルティナ!!」
向こうの女性は腕を広げながらマルティナに駆け寄ってくる。
「お母様!!」
マルティナも高周波のような声を出しながら、同じように腕を広げてその女性に駆け寄っていく。
「マルティナ!!」
「お母様!!」
そして、二人はがっちりと抱きしめあう。
「マルティナ…連絡をくれないから心配していたのよ…」
「ごめんなさい…お母様…私、独り立ちしなくてはいけないと思って我慢していたんです…」
私の目の前で、映画かドラマのワンシーンのような光景が繰り広げられる。
「そうなの…頑張ったわね…マルティナ…」
「私…頑張りました…お母様…」
普段、私の部屋で、漫画を読み漁っているとは思えないマルティナの姿に私は唖然とする。
「所で、こちらのお嬢ちゃんはどなたなのかしら?」
マルティナの母親の視線がこちらに向く。私はビクリとする。
「こちらは私の学園でのお友達のレイチェル様ですわ、お母様!」
私もマルティナのようにオクターブの高い声を出さなければならないのだろうか…
私はんっんっと喉の調子を整える。
「初めまして、私は学園でマルティナ様と親しくさせて頂いております、レイチェル・ラル・ステーブと申します。よろしくお願いいたします、マリアナ様…」
私は普段よりも高めの声で、貴族令嬢のカーテシーで挨拶をする。
「まぁまぁ~、丁寧な挨拶をしてくれてありがとうね、レイチェルちゃん、私はマルティナの母のマリアナよ」
マリアナさんは気さくに笑顔で挨拶を返してくれる。
「レイチェルちゃんは今日、うちに泊っていくのかしら? そうだわ!! 夕食の準備を一人増やす様に厨房に連絡しないと!! シャンティーお願いできる?」
「はい、奥様…連絡して参ります」
私はその言葉を聞いて、はっとして、マルティナを見る。すると、マルティナはさっと顔を逸らす。
マルティナは私が来て居る事を家に連絡していなかったのである。下手すると、夕食時に一食分足りないという事が起きる所であったのだ。
「マルティナおねえちゃん、今日は家にずっといるんだよね!?」
「やった!やった!」
「後で、マルティナお姉ちゃんの部屋に行ってもいい?」
下は幼稚園児ぐらいの子供から上は小学校低学年ぐらいの子供たちが、マルティナの周りに屯っている。
「えっと…」
「この子達は、マルティナの兄弟なのよ、上から順に男の子のビリエル、女の子のベルタ、男の子エーギル、女の子のエーヴァ、男の子のヘルゲ、女の子のインガよ」
マリアナさんはコロコロと笑いながら一人づつ説明してくれる。
「という事は、マルティナが長女で、七人兄弟!?」
私は目が丸くなる。
「いえいえ、まだ家の中に男の子のアーロンと女の子アニトラ、そして、まだお腹の中にもいるから今は9人、直に11人ぐらいになるのじゃないかしら」
マリアナさんが良い笑顔で説明してくれる。
「マルティナ…」
私は小さく、マルティナの名を呼ぶ。
「な、なに?」
事前連絡をしていなかった事で合計6時間待たされたことや、夕食の私の分の連絡をしていなかった事など、マルティナには色々と不手際があった。でも、私は友人としてそれらのミスを許してきた…しかし、私は言わなければならない…それも真剣に心から心配して言わなければならない!
「マルティナ!! 貴方、こんなに一杯の弟や妹がいる、一番の上のお姉ちゃんなんでしょ!!! もっとしっかりしないとダメじゃないの!!」
「ご、ごめんなさい…」
マルティナは恥ずかしそうに項垂れ、マリアナさんはコロコロと笑った。




