第241話 待ち時間
二時間という時間を馬車の中で過ごす事は出来ずに、私たちは馬車を降りた。とくにマルティナは、事務所のある建物にトイレに行って来たようだ。また、私も通行の邪魔にならないようにしながら、迷わない程度で敷地内を見ていた。そこで、キオスクのような売店を見つけたのは少し驚いた。しかも、お客さんが結構いて、飲み物や食べ物を販売している様であった。
そんな事もあったが、二時間の時が過ぎて漸く転移される事となった。しかし、転移された先でも、また受付を通して行き先を振り分けられて、私たちは馬車を漸く降りて、待合室のある建物へ通された。
「あー疲れた… 一体、どれだけたらい回しされるのよ…」
「いや、それ貴方が言うの…マルティナ… 貴方の実家なのでしょ?」
疲れ気味で背たれに身体を預けながら座っているマルティナに、そう告げる。
「今まで、仕事の時間にお父様に会いに行ったことが無かったし… 何か用事があったとしても、私の専属メイドを通して、そこから父の専属の執事に話が伝わり、その執事が必要と思われる事だけを父に伝えていたらしいのよ」
「家庭内でそんな伝言ゲームみたいな事をしていたのね…」
「それに、こちらは仕事用の別館だから、私のいた本館とは違うから、ここに来るのもはじめてなのよ」
「住居と仕事場とは別にしているのね…」
私はそう言いながら、部屋の中を見渡す。確かに、住居用の装飾ではなく、仕事場の様なシンプルな部屋になっている。
「所で、マルティナ」
「なに?レイチェル」
「受付番号いくつなの?」
マルティナは手元も札の番号を確認する。
「57番」
私はその番号を聞き、部屋の受付の所にある現在の番号を見る。
「今、36番ね… 後、どれぐらい時間が掛かるのかしら?」
「もしかして、レストランみたいな所だったら結構時間かかるんじゃないの?」
どうなのだろう、レストランの場合には、一度に複数のお客が出る時があるが、今回は当主に対しての面会である。一度に一気に番号が流れるなんてありえない。
「マルティナお嬢様、一件5分程と見ていればよろしいのではないでしょうか?」
「一件5分だとして…後15件…2時間ほど? あぁ…面倒…」
マルティナは時間を聞いてやる気を失い、崩れる様に項垂れていく。
「私はこんな事もあるかと、自分の分の暇つぶし用に本を持ってまいりました」
そう言ってシャンティーは本を取り出す。
「私の分は?」
「言われていませんので、持ってきておりません」
シャンティーはさらっとポーカーフェイスで答える。
「なんで、自分の分だけで、私の分を持ってこないのよ!」
ムスッとするマルティナに対して、本を持ったシャンティーの口角が少しあがる。その時、シャンティーの持った本のタイトルに目が留まる。
「あっ、それ、陸のオーロラじゃないの…」
この前、テレジアが読んでいた本である。実は私も読みたい。
「レイチェル様もこちらの本が読みたいですか?」
シャンティーは本の表紙をこちらに向けながら、こちらに向き直る。
私はコクコクと頷いて答える。
「では、一緒に読みましょうか」
「私も読みたい!!」
マルティナが声を上げる。
「仕方ありませんね、私は本を開いていくので、お二人は隣で見て貰えますか?」
そう言って、シャンティーが私とマルティナの間に座り、私たちはシャンティーの本を覗くように見ていく。
「シャンティー、もっと早くページを捲ってよ」
「マルティナお嬢様は、いそいで読み過ぎです。もっと味わうように読んでいきませんと、作家の先生に失礼ですわよ」
確かにマルティナは読むのが早すぎるが、シャンティーは読むのが遅すぎる。シャンティーの読み方は主人公や恋人役が出て来た時には、主人公の表情のみならず、仕草の一つ一つを記憶するようにじっくりと読んでいく。
シャンティーは普段はポーカーフェイスの無表情でいる事が多いが、それはシャンティーが無感情で顔に出さないのではなく、仮面の様に無表情な顔の裏には、かなり乙女な熱い情熱があるのかもしれない。
「57番様!」
「ちょっと! なにこれ! ヒロインと恋人役が結ばれずに終わったけどどういうことなのよ!!」
「まさか、これで終わりという事はないわよね…」
「57番様!!!」
受付が大きく声を上げた所で、私たちは漸く自分たちが呼ばれている事にが気が付く。
「マルティナお嬢様、私たちの番が回ってきましたよ」
「あぁ! すみません!! 私! 私です!!」
マルティナは慌てて番号札を掲げて、受付に声を上げる。そのマルティナの姿を見て、受付のお姉さんは、ムッとするのではなく、ほっと胸を撫でおろす。
「良かったです、おられない様でしたら、キャンセル扱いになっていました」
その言葉を聞いて、私たちもほっと胸を撫でおろす。
「それで、その部屋に入ればいいのね?」
マルティナが面会室の扉に視線を向ける。
「いえ、当主の専属執事のニカモより指示を預かっています。当主様はマルティナ様との面会を今日の夕食の時に行うそうです」
「はぁ?」
マルティナが何とも言えない顔をして声を漏らす。
「ですから、夕食の時にお会いにあるそうです」
「じゃあ、何…今まで待っていたのはくたびれ儲けってことなの?」
「いや、私には分かりかねます…」
マルティナの静かな怒りに、受付のお姉さんは困り顔になる。
「マルティナ… 受付の方に詰め寄っても仕方ないじゃないの… それに夕食の時ならじっくり話せるでしょ?」
「いや、私は面倒事は先に済ませて、後はゆっくりしたい方だったのに…」
「所で、シャンティー、夕食って何時からなの?」
私はマルティナを宥めながら、シャンティーに時間を尋ねる。
「およそ二時間後です」
「ま、また二時間…」
私とマルティナはシャンティーの言葉に固まった。




