第110話 意外な待ち人
私はトボトボと自室の扉の前に辿り着く。オペル座の前で、オードリーと別れてから、私は学園の自室へと戻って来たのだ。
もう、夕食時はすぎているので、エマは帰宅しているだろう。私は鍵を取り出して、鍵穴に入れる。すると、鍵がかかっていない。となると…
「只今、今帰ったわよ」
私はマルティナが中にいるものと思って部屋に入る。
「お帰り、レイチェル」
「お帰りなさいませ、レイチェル様」
いつものマルティナとシャンティーの姿だ。
「お帰りですわ、レイチェル様」
「お帰りなさいませ、レイチェル嬢」
この部屋でも見慣れぬ縦ロールの金髪と、黒髪の執事がいる。
「お、お帰りなさいませっ、レイチェル様っ!」
そして、困った顔をしたエマの姿まであった。
「えっ? コロン様!? どうして私の部屋に?」
金髪縦ロールの持ち主はコロン嬢であり、どういう訳か執事まで引き連れて私の部屋にいる。
「マルティナの事が心配になったから様子を見に来たのよ、勿論、レイチェル様、貴方の事も心配していたのよ、大変だったわね…」
「えっ?大変だったとは…」
私は思い当たることが色々あるので、何のことか分からずに尋ねる。
「その、マルティナの事件の事よ、私の手の者から連絡を聞いたのよ」
「あははは…」
マルティナは申し訳なさそうに、乾いた笑いをする。
「えっでも、あれは学園側が情報を捜査するって言っていたのに…」
「ある程度の大貴族となれば、独自の情報網は持っているものよ」
外には漏れないって言っていたのに、ディーバ先生の嘘つき…
しかし、漏れた先が、コロン嬢であるのならば、悪評も立たないし、これ以上広がる事もないであろう。
「それよりも、レイチェル様はオードリーを迎えにいったのではないの?」
「そうそう! オードリー様は?」
コロン嬢とマルティナは二人してオードリーの事を尋ねてくる。
「オードリー様は…実家のトゥール卿の所へ戻られました」
「えぇ!? オードリー様、実家に帰っちゃったの?」
私の言葉に、マルティナが目を丸くして立ち上がる。
「あら、あのオードリーが実家に戻るなんて…色々あったようね…」
「そうですね、話せば長くなります」
どこまで話せばいいか分からないが、書店で初めてトゥール卿と出会った所から、オードリーが改心して家に戻るところまで、そして、オードリーにも話した私が転生者である事、マルティナに見られてしまった私に憑りつく存在の事も、この際、コロン様には全て話してしまおう。
「でしたら、お話の前に、夕食に致しませんか?」
「えっ?夕食ですか?」
私はコロン嬢の提案に目を丸くする。
「そうよ、こんなこともあろうかと、ご用意してまいりましたのよ♪ デビド、準備をして」
「はい、コロンお嬢様」
黒い執事はすっと頭を下げる。そして、シャンティーとエマに向き直る。
「シャンティーさんとエマさんもお手伝い頂けますか? 私がお食事を、シャンティーさんはスープを温めなおして、エマさんはお茶を入れてもらえますか?」
黒い執事は、口説き落とす時のような甘い笑みを二人に向ける。
「…わかりました。このシャンティーはスープを温めなおします」
「は、はいっ! 私はお茶を入れれば良いのですね」
しかし二人は黒い執事よりも仕事の方に意識が向いている様である。
「さぁさぁ、レイチェル様はそこに座って、マルティナは本を片づけて」
私の部屋であるのに、主導権をコロン嬢に取られている気がする…
黒い執事は持ってきたバケットの中からポットや夕食の入った容器を取り出して、シャンティーとエマと力を合わせて夕食の準備を進めていく。
「あぁ、あんな保温機能のある容器もあるんだ…」
マルティナも黒い執事たちの様子を見ながら、声を漏らす。
「なんだかいい話が聞けそうですわね…」
エマたちの様子を見ていた私に、コロン嬢がぽつりと言葉を掛けてくる。
「えっ?」
私はコロン嬢に向き直る。
「いえ、なんだかすっきりした顔をなさっているので」
そこには微笑を浮かべたコロン嬢の姿があった。
「そうですね、色々とややこしい話もありますが、オードリー様の事については良いお話ができると思います」
私も微笑みながら答える。
「さて、御令嬢様方、夕食のご用意がすみました」
黒い執事が少々大げさな仕草と声で私たちに伝え、私たちの前には高級な喫茶店で出されるようなサンドイッチとアップルパイ、そしてカップに入ったスープがそれぞれの人物の前に用意される。
「ごめんなさいね、なんだかピクニックのような夕食になってしまって」
「いえいえ、こんなにおしゃれな夕食なんて素敵ですよ」
「そうです!このアップルパイなんて美味しそう~」
「そう言って頂けるとありがたいですわ、それでは頂きましょうか」
そういって、コロン嬢は先ずアップルパイから一口かじる。
「うっ…やっぱり…」
そう口にして、コロン嬢は苦々しい顔をする。
「どうかされましたか?コロン様」
「い、いえ、なんでもないのよ…ちょっとアップルパイが口に合わなかっただけなの…」
コロン嬢は取り繕いながら答える。
「えっ、アップルパイが?」
そう言って、マルティナもアップルパイを一かじりする。
「このアップルパイ凄く美味しいですよ!! 中のリンゴの具合がとても良くて、シナモンの香りも良いですし」
マルティナの感想を聞いていたら、私もアップルパイから食べたくなった。パイ生地のサクっとした食感の後、中のアプリコットジャムの甘さとリンゴの程よい甘さ、レモンの酸味、そしてシナモンの香りが口に広がって、口の中が幸せいっぱいになる。前世でもこんな美味しいパイは食べた事がない。
「本当にこれ美味しいです! レモンの酸味も丁度良くて、シナモンの香りが鼻から抜けていって…あっもしかして、レモンの酸味やシナモンの香りがにがてなのですか?」
「…シナモンの香りしかしないのね?カレーやガラムマサラの香りはしないのね?」
コロン嬢はムスッとした顔で尋ねる。
「えぇ、カレーやガラムマサラの香りはしませんが…」
私の言葉を聞いて、コロン嬢は黒い執事に振り返ると、黒い執事は愉悦の笑みを浮かべていた。
「デビド…貴方、またやらかしましたわね…皆と一緒なら大丈夫だと思っていましたのに…」
「私の料理を残さず完食してくださるのは、コロンお嬢様だけですから」
そういって黒い執事は満面の笑みを浮かべた。
「…あの…コロン様? 一体、どういうことなのでしょうか?」
「ごめんなさいね、皆さんの前で…このデビドは、私に変な料理を食べさせようとするのよ…今日だって、このパイはカレーの香りがするのよ…」
この執事は皆の前で、自分の主人に変なものを食べさせたり、前には私に憑りつく存在を見て、猫の様に高い所に飛び乗って逃げたりと何を考えているのであろうか…
「でしたら、残されたらいかがですか?」
パイはすでに口にしてしまったので交換することは出来ない。
「それはダメよ、小麦の一粒は、その小麦を作った民の汗の一粒。無駄にすることはできないわ…」
こういうコロン嬢の性格を知った上で、変な料理を出しているのか…結構、悪辣だと思う。
「では、もしかしてサンドイッチの方も違うのかな?」
そう言って、マルティナはサンドイッチに手を伸ばす。
「こちらは燻製チキンにからしマヨネーズの味付けですね。こちらも美味しいです」
マルティナは満足そうな顔で口を動かす。それを見てコロン嬢は恐る恐る自分のサンドイッチに手を伸ばす。
「あら?あらら?これは美味しいわ」
「えっ!?」
コロン嬢の感想の言葉に黒い執事が驚きの声を上げる。おい、ちょっと待て…
「中の具は同じチキンだけど、オレンジの香りがする甘辛いソースで仕上げてあるわ、これはこれで結構合うわね…」
そう言って、少し目を丸くしながら、美味しそうにサンドイッチを食べていく。
「えっと、どうして後ろの執事は悔しそうな顔をしているのよ…」
マルティナが執事の顔をみて言葉を漏らす。私も見てみると、美味しそうにサンドイッチを食べているコロン嬢の姿を下唇を噛み締めながら見つめている。
「今回は私の勝ちね、デビド…」
コロン嬢は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「次回こそはコロンお嬢様に勝てるよう、努力致します…」
私とマルティナはその二人の様子を見ながら、吹き出して笑い声を上げた。
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