第111話 コロン嬢への報告
「さて、お食事も済んだことですし、気分もほぐれましたので、そろそろ話して頂けるかしら?」
食後のお茶をしながら、コロン嬢が私を見据える。
コロン嬢の差し出してくれた食事でお腹も満たされ、コロン嬢と執事の掛け合いで緊張もほぐれた。もし、マルティナの事だけだったならコロン様のお陰で気持ちは晴れたであろう。もしかして、執事との掛け合いはそれを狙って行われたのであろうか。
「そうですね、それではお話ししましょうか」
私はお茶を一口飲んでほっとしてから答える。
「前にもお話したとおりに、私とオードリー様の父上のトゥール卿とは、偶然に書店で出会ったのが始まりでした。その時はお互いがどこの誰かとは分からず、たまたま書店にいた学生の一人と、娘の為に本を買いに来た男性との関係でした」
「何の本でしたの?」
コロン嬢が本のタイトルを聞いてくる。
「『ガラスのマスク』ですね」
「あぁ、私も持っておりますわ、42巻もあるので、子供の頃から買っておりましたわ」
コロン嬢が『恐ろしい子…』とかやったら似合いそう。
「そして、また別の日に再び書店でトゥール卿と再会して、またプレゼント用の本を捜しておいででした。なんでも、娘であるオードリー様にお渡しする前に、気になって一冊読み始めたら、次が気になって一気に全部読まれたそうです。その事をオードリー様がまた家庭を顧みずに仕事に熱中している物と勘違いされて機嫌が悪くなったので、新たなプレゼントで何とかしようとトゥール卿は考えたそうです」
「あら、42巻もあるのにそんなの一気読みをしたら、徹夜だったのではないかしら…」
若い私やマルティナならまだしもトゥール卿であれば、確かに結構答えるはずだ。
「その時もまだ、お互いの素性が分からなかったので、気に入らないプレゼントをするよりは、折角、全部読まれたのですから本の事で会話してはいかがでしょうと、助言させて頂いたのです」
「それで、オードリー様がうざがって、家出されて私の所へ転がり込んで来られたのですね…でも、今から思えばどうして私の所だったのだろう?」
そう言ってマルティナが首を傾げる。
「オードリーの近場の知り合いと言えば、私とマルティナ、ミーシャにテレジアでしょ? 私とミーシャの所はオードリーと親同士が友人ですから、情報が筒抜けですし、テレジアの所は二人に迷惑がかかるしで、マルティナの所が一番、行きやすかったのね。別に悪い意味ではないのよ、それだけマルティナの事を信用しているという事ですから」
結局、マルティナの所でも情報が筒抜けだったのだが、これは言わない方が良いだろう。
「そして、オードリー様が家出なさっている時に三人でお喋りしていて、偶然にもオードリー様が読みたがっていた本のタイトルを知ることが出来ました。そして、今日、再びトゥール卿とお会いした時に、私の素性をトゥール卿に明かして、オードリー様の読みたい本の事を告げて一緒に書店に捜しに行くことになりました」
「あれ、今日はオードリー様に会いにいって、そのお父上のトゥール卿とお会いしたの?」
「偶然って続くものですのね」
「はい、私自身もオードリー様に会いに行って、オペル座前でトゥール卿とお会いした時には驚きましたよ」
マルティナとコロン嬢の言葉に答える。
「そして、書店で目的の本を見つけてオードリー様の所へ向かおうとした時に、トゥール卿が…」
「心臓発作を起こされたのね?」
「コロン様、ご存じだったのですか?トゥール卿の心臓の事を?」
私は目を丸くしてコロン嬢に向き直る。
「えぇ、前に私のお父様が仰っていたの、ここ最近ではあまり起きていなかったと聞いていたのに…やはり、オードリーの事で心労が溜まっていたのかしら?」
「どうなのでしょうか…とりあえず、薬を飲ませてすぐに屋敷に戻り、主治医の方のお陰で一命を取り留めましたが、一時は心停止に陥っていたようです」
「そこまでの状態に至っていたのね…」
コロン嬢とマルティナが眉を顰める。
「えぇ、でも今は息を吹き返して安定しているので大丈夫です。そこですぐにオードリー様に連絡しないのは何故かと尋ねました。オードリー様はトゥール卿の状態が思わしくない事をご存じない様子でした」
「そうなの? あぁ、トゥール卿の事ですから、オードリーにいらぬ心配は掛けまいと思われたのね」
「はい、コロン様の仰る通りでした。でも、私はそんな事は間違っていると申し上げました。他にも、オードリー様は役者をなさっているのに一番身近な人物の胸を内を理解できていない事や、トゥール卿が亡くなってから、その想いに気が付いた時には、取り返しのつかない大きな傷になると申し上げました」
「えっ?レイチェル、そんな事までいっちゃったの!?」
マルティナが目を丸くする。
「レイチェル様はいつか私がトゥール卿に申し上げたいと思っていた事を、先に仰って下さったのね、ありがとう…」
「いえいえ、コロン様、私はたまたま切っ掛けがあっただけですので…」
やはり、コロン嬢もオードリーとトゥール卿との仲を気に病んでいたようだ。
「そして、その後、私がオードリー様の元へトゥール卿の事を報告しに行くことになり、、オペル座におられたオードリー様と対面しました。そして、そこでトゥール卿の容態ともう家出ごっこは終わりにしましょうと告げました」
「それで、オードリーは素直に納得したの?」
「いいえ、渋られました…なので、私はオードリー様に私のある秘密をお話しする事にしたのです」
「貴方の秘密を?」
コロン嬢は首を傾げて私を見る。私はチラリとマルティナを見る。
「はい、この事はコロン様にもまだ話していなかった事です」
そこまで言うと、マルティンは『その事をいっちゃうの?』といった顔をする。
「コロン様、私は転生者なのです…」
「えっ? えぇっ!? レイチェル様、貴方、転生者だったの? それは何時から?」
コロン嬢が何時からと聞いてくることは、私の様な途中からの転生者も良くいるのだろう。
「二年前、この学園に入学する前の事です。なのでコロン様とお会いした時には、もう既に今の私でした」
「そうなの、二年前…色々とご苦労をされたのね…」
その苦労が何の事を指しているのか、明言はされていないが、おそらく二年で学園に入るだけの勉強をしてきたことであろう。
「それで、転生者である事を告げてどうされたの?」
この様子から、コロン様は転生者である事の忌避の感情は持っておられないようだ。日本で言えば前世の記憶を持っている程度に思われているのであろうか…
「はい、私の前世での出来事、そしてこの世界に来て悔やんでいることをお話ししました…前世での私は母と二人暮らしでした。母は女手一つで働きながら、惜しみない愛情を私に注いでくれました。でも、ある日突然に、私は事故に巻き込まれ、命を失い、たった一人の母を残してこの世界に転生してしまいました…」
大丈夫、今回は感情は高ぶってはいない。
「私は泣こうが叫ぼうが、母に何一つ恩返しをすることが出来ない状態になってしまいました。その事をオードリー様に告げたのです。私と同じ思いはして欲しくないと…そして、オードリー様もようやく自分が意固地になっている事に気がついて、父親であるトゥール卿の元へと帰って行かれました」
私が話し終えると、コロン嬢はハラハラと涙を流していた。
「レイチェル様…貴方、そんな辛い思いをなさっていたのね…もし、私がお父様にさよならも言えずにそんな事になってしまったら…辛くて悲しくて死んでしまいそうだわ!」
そう言って、コロン嬢はいきなり私を抱きしめる。
「辛かったのでしょ…悲しかったのでしょ…今までよく我慢なさって来たのね…」
コロン嬢はまるで母親が我が子を抱きしめる様に私を抱きしめる。私は突然の状況に戸惑って、何も答える事が出来なかったが、少しだけ、コロン嬢を通じて母をぬくもりを思い出せたような気がした。
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