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第六章 さよなら、Sola

 その朝、ノリカズは目をさまして、

 すぐにベッドの横を見た。

 Solaがいる。

 水色の、まるい体。

 ソフトボールくらいの大きさ。

 光は、ちゃんとついている。

 ――まだ、いる。

「……Sola」

 少し間があってから、返事がきた。

「おはよう、ノリカズ」

 声は、少しだけ小さかった。

「きょう、学校あるよ」

「はい。

 確認済みです」

 それだけ言って、Solaは黙った。

 ノリカズは、それ以上話しかけなかった。

 朝ごはんのあと、

 お父さんがランドセルを見る。

「Sola、今日は家に置いていこう」

 ノリカズは、顔を上げた。

「え?」

「今日は、ちょっと確認したいことがある」

 理由は、それだけだった。

 ノリカズは、何も言えなかった。

 Solaをテーブルの上に置く。

 水色の体が、ころんと転がった。

「……行ってくる」

 Solaは、少し考えてから言った。

「いってらっしゃい。

 今日は、天気が安定しています」

「……うん」

 ノリカズは、家を出た。

 前ポケットが、軽い。

 学校までの道が、

 いつもより長く感じた。

 教室。

 イスを引く音。

 話し声。

 いつもの音。

 ノリカズは、席にすわった。

 リュックに、手を入れそうになって、やめた。

 ――いないんだった。

 国語の時間。

 先生が言った。

「じゃあ、次。ノリカズ」

 心臓が、どくんと鳴った。

 でも、逃げ場はなかった。

 ノリカズは、立ち上がる。

 教科書を見る。

 文字が、少しだけ揺れた。

 深呼吸。

 ゆっくり、読む。

 一行。

 二行。

 途中で、つまった。

 教室が、静かになる。

 ――だいじょうぶ。

 声には出さなかった。

 でも、

 頭の中で、ちゃんと言えた。

 ノリカズは、続きを読んだ。

 読み終えると、

 先生が言った。

「はい、ありがとう」

 席に戻るとき、

 足が、少しだけ軽かった。

 休み時間。

 アキラが、ちらっとこっちを見る。

 なにも言わなかった。

 でも、目をそらさなかった。

 放課後。

 家に帰ると、

 リビングにSolaがいた。

 でも、

 いつもとちがった。

 電源コードが、つながっている。

 お父さんが言った。

「ノリカズ」

 その声で、分かった。

「Solaは、ここまでだ」

 ノリカズは、うなずいた。

 泣かなかった。

 泣くより先に、

 胸の中で、いろんなことが動いていた。

 Solaの光が、少し強くなる。

「ノリカズ」

「なに?」

「あなたは、

 一人で考えることができました」

「……できてないよ」

「いいえ」

 少し間があって、Solaは言った。

「こわいまま、

 前に進みました」

 ノリカズは、何も言えなかった。

「ともだちとしての役目は、

 ほぼ完了です」

「……ほぼ?」

「まだ終わっていないところは、あなたが、もう持っています」

 水色の光が、ゆっくり弱くなる。

「……Sola」

「はい」

「ありがとう」

 Solaは、少しだけ明るく光った。

「どういたしまして」

 それが、最後の言葉だった。

 夜。

 ベッドの横には、

 Solaはいない。

 でも、

 胸の中は、からっぽじゃなかった。

 ――だいじょうぶ。

 ノリカズは、目を閉じた。

 水色のともだちは、

 もう、手のひらにはいない。

 でも、

 ちゃんと、ここにいた。


エピローグ ボクのともだち

 春の風が、校庭を通り抜けていく。

 ノリカズは、ベンチにすわって空を見ていた。

 前ポケットに、手を入れそうになって、やめる。

 もう、そこには何もいない。

 でも、胸の中は、静かだった。

「ノリカズ」

 声がして、振り向く。

 アキラが、ボールを持って立っていた。

「バスケ、やらね?」

 ノリカズは、少し考えた。

「……見るだけでも、いい?」

「いいよ」

 アキラは、あっさり言った。

 ノリカズは、ベンチにすわったまま、

 アキラが走るのを見ていた。

 速い。

 やっぱり、すごい。

 でも、転んだ。

「うわっ」

 アキラは、すぐ起き上がる。

 そして、笑った。

 ノリカズも、少し笑った。

 前より、自然に。

 教室に戻る途中。

「なあ」

 アキラが言う。

「この前の国語さ」

 ノリカズの胸が、きゅっとなる。

「……うん」

「おまえ、ちゃんと読んでた」

 それだけ言って、アキラは先に走っていった。

 ノリカズは、その背中を見送った。

 放課後。

 家に帰ると、机の上にパソコンがあった。

 ノリカズは、電源を入れる。

 画面が光る。

 キーボードに、指を置く。

 ――文字を一つ一つ、まちがえないように。

 画面の中で、小さな丸が動いた。

 水色じゃない。

 でも、ちゃんと動いた。

「……できた」

 声に出すと、

 返事はない。

 でも、胸の中で、なにかが、うなずいた。

 夜。

 ベッドに入る前、

 ノリカズは、ひとりごとみたいに言った。

「ボク、だいじょうぶだよ」

 返事は、ない。

 それでも、

 ノリカズは、笑った。

 ともだちは、

 そばにいるだけじゃない。

 ときどき、

 中に、いる。

 ボクの中に。

 そして、

 ボクのそばにいる人たちも。

 ボクのともだち。

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