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聖女たるもの見過ごす訳には参りません 第2期  作者: 櫻木サヱ
正しさの形

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8/11

対話の値段

 その日の夜。


 私は珍しく酒場にいた。


「……なんで私ここにいるんでしょう」


「たまには息抜きしてください」


 団長がジョッキを置く。


 木造の酒場は騒がしかった。

 笑い声。

 酔っ払いの怒鳴り声。

 肉の焼ける匂い。


 平和だ。


 少なくとも表面上は。


「聖女様!」


 店主が笑顔で料理を持ってくる。


「今日は殴らないでくださいね!」


「なんで私は酒場来るだけで警戒されるんです?」


「前に机真っ二つにしましたよね?」


「……あれは相手が悪い」


「机は無罪でした」


 ぐうの音も出ない。


 私は串肉を齧った。


 うまい。


 すると、酒場の奥がざわつく。


「リシェル様だ……!」


 視線が集まる。


 白い修道服の聖女は、静かに店へ入ってきた。


 酒場と雰囲気合わなすぎる。


 教会が歩いてきたみたいだ。


「あら」


 リシェルが私に気づく。


「こんばんは」


「……こんばんは」


「奇遇ですね」


「ですね」


 団長が小声で言った。


「逃げます?」


「なんでです?」


「胃が痛いので」


「頑張ってください」


 ひどい顔をされた。


 リシェルは自然に同じ席へ座る。


 周囲の客たちはソワソワしていた。


 聖女二人が酒場で並んでる光景、だいぶ異様だと思う。


「こういう場所にも来るんですね」


 私が聞く。


「人のいる場所は好きです」


 リシェルは微笑んだ。


「皆さんの顔が見えるので」


 綺麗な答えだ。


 なんか悔しい。


「私は酒飲みに来ただけです」


「それも大切ですよ」


「フォローが優しい」


 その時。


 酒場の扉が乱暴に開いた。


 酔った男たちが入ってくる。


 空気が少し変わる。


「おいおい!」


 一人が大声を上げた。


「聖女様じゃねぇか!」


 嫌な酔い方してる。


 私は内心ため息を吐いた。


「どっちが本物だ!?」


「やめなさい」


 団長が立ち上がる。


 でも男は止まらない。


「殴る聖女!」


「祈る聖女!」


「どっちが正しいんだよ!」


 酒場が静まる。


 酔っ払い特有の無遠慮さだった。


 リシェルは落ち着いていた。


「正しさは一つではありません」


「はぁ?」


「どちらも、人を守りたいだけです」


 男は鼻で笑う。


「綺麗事だなぁ」


 その瞬間。


 別の客が立ち上がった。


「綺麗事じゃねぇよ!」


 商人風の男だった。


「リシェル様に救われた人間だっている!」


「はぁ!? 俺ァ見たぞ!」


 今度は別の男。


「拳の聖女様がいなきゃ死んでた場面を!」


 まずい。


 空気が荒れる。


「どっちが必要かって話だろ!」


「殴らなきゃ止まらねぇ奴はいる!」


「でも暴力ばっかじゃダメだろ!」


 怒鳴り合い。


 椅子が倒れる。


 酒場の空気が一気に険悪になった。


 私は舌打ちしそうになる。


 最悪だ。


 これ、完全に“派閥”ができ始めてる。


「落ち着いてください」


 リシェルが立ち上がる。


 でも。


「うるせぇ!」


 酔った男が瓶を振り上げた。


 私は反射的に動いた。


 椅子を蹴る。


 男の懐へ踏み込み、腕を掴み、床へ叩き伏せた。


 鈍い音。


「ぐえっ」


 一瞬で静まる酒場。


 私は男の腕を押さえたまま低く言う。


「やめなさい」


 殺気が漏れていたと思う。


 誰も動かない。


 リシェルが少し悲しそうな顔をした。


「……早いですね」


「怪我人が出る前です」


「ええ」


 リシェルは頷く。


「だから助かりました」


 でも。


 彼女は男の前へしゃがみ込む。


「大丈夫ですか?」


 男が呆然としていた。


「……は?」


「怖かったですね」


「え、いや……」


「怒っていたんですね」


 男の顔から力が抜ける。


「……っ」


 私はその様子を見ていた。


 殴って止める。


 話して落ち着かせる。


 どっちも必要だった。


 たぶん。


 でも。


 問題は、その後だった。


「見たか今の!?」


 誰かが興奮気味に言う。


「一瞬だったぞ!」


「やっぱ拳の聖女様つえぇ……!」


 空気が熱を持ち始める。


 憧れ。


 興奮。


 称賛。


 それを聞いた瞬間。


 リシェルの表情がわずかに曇った。


 本当に、一瞬だけ。


 でも私は見逃さなかった。


 酒場を出た後。


 夜風が冷たい。


 私は黙って歩いていた。


 隣にはリシェル。


「……怒ってます?」


 なんとなく聞いた。


「怒っていません」


「じゃあなんですか」


 少し沈黙。


 やがて彼女は静かに言う。


「怖いんです」


「何が」


「人は、強い力に憧れるから」


 私は眉を寄せる。


「強さは必要です」


「はい」


 リシェルは頷いた。


「でも、“気持ちよく誰かを制圧すること”に慣れてしまったら」


 彼女は少し苦しそうに笑う。


「きっと、人は戻れなくなります」


 私は答えられなかった。


 酒場での歓声が頭に残っている。


 あれは感謝だった。


 でも同時に。


 熱狂でもあった。


「……対話にも値段があります」


 リシェルがぽつりと言う。


「時間も、忍耐も必要です」


「効率悪いですね」


「ええ」


 彼女は小さく笑う。


「でも私は、その遠回りを諦めたくないんです」


 街灯の明かりが揺れる。


 私は歩きながら、自分の拳を見る。


 止めるための力。


 守るための力。


 だけど。


 その拳を、人はどんな目で見ているのだろう。

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