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聖女たるもの見過ごす訳には参りません 第2期  作者: 櫻木サヱ
拳の聖女と祈りの聖女

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6/11

最初の違和感

 西区画の騒動から三日後。


 街は、一見すると平和だった。


 市場には笑い声が戻り、子どもたちは通りを駆け回っている。

 兵士たちの表情も少し柔らかくなった。


 そして今、城下では空前のリシェルブームが来ていた。


「殴らない聖女様って素敵よねぇ」


「優しいし綺麗だし……」


「この前なんて泣いてる子をずっと慰めててさ」


「うちの旦那も慰めてほしい」


「それは知らないです」


 市場の会話が全部聞こえる。


 いや別に聞き耳立ててたわけじゃない。

 勝手に入ってくるだけだ。


「人気ですね」


 団長が横で言った。


「……そうですね」


「拗ねてます?」


「拗ねてません」


「口尖ってますよ」


「尖ってません」


 私は串焼きを齧った。


 うまい。


 でもなんか悔しい。


 リシェルは確かにすごい。

 あの人がいると、空気が柔らかくなる。


 怒っていた人が少し冷静になって、泣いていた子どもが安心して、周囲が自然と優しくなる。


 たぶん、私にはない力だ。


「聖女様ー!」


 また子どもたちが駆け寄ってくる。


「今日は殴る予定ある!?」


「その確認やめなさい」


 最近、本当にそれしか言われない。


 子どもたちはきゃっきゃと笑う。


「でもさー!」


「リシェル様って全然殴らないんでしょ!?」


「聖女様とは真逆だよね!」


 ぐさっときた。


 子どもに悪意はない。


 ないからこそ刺さる。


「……真逆、ですか」


「でも聖女様のパンチ好きー!」


「好きって何」


「悪いやつ吹っ飛ばすから!」


 無邪気すぎる。


 私は頭を抱えたくなった。


 その時だった。


 遠くで悲鳴が上がる。


「火事だ!!」


 空気が変わる。


 私と団長は同時に走り出した。


 煙。


 西区画の外れ。


 木造住宅から火が上がっている。


「中に子どもがいる!」


 母親らしい女性が泣き叫んでいた。


 周囲の人間は動けない。


 火が強い。


 崩れる寸前だ。


 私は迷わず建物へ向かった。


「聖女殿!」


「止めないでください!」


 拳で扉を叩き壊す。


 熱風。


 煙。


 視界が悪い。


「げほっ……!」


 奥から泣き声が聞こえる。


 私は火の中を走った。


 倒れた柱を蹴り飛ばす。


 熱い。


 でも関係ない。


 子どもを見つけ、抱き上げる。


「大丈夫です、もう平気――」


 その瞬間だった。


 天井が崩れた。


「っ!」


 反射的に拳で受け止める。


 木材が砕け散る。


 でも衝撃が重い。


 まずい。


 崩れる。


 私は子どもを抱えたまま出口へ走った。


 直後。


 建物が完全に崩壊する。


 外へ飛び出した瞬間、周囲から歓声が上がった。


「聖女様!」


「助かった!」


 母親が泣きながら子どもを抱き締める。


 私は息を吐いた。


 ……間に合った。


 その時。


「怪我を」


 柔らかな声。


 振り返ると、リシェルがいた。


 彼女は私の腕を見る。


 火傷していた。


「これくらい平気です」


「平気じゃありません」


 リシェルは眉を下げる。


 そのまま私の腕に触れた。


 淡い光。


 火傷の痛みが少し引いていく。


「……便利ですね」


「便利って言われたの初めてです」


 少し笑われた。


 周囲の人々も安堵している。


 でも。


 私は気づいてしまった。


 リシェルは、火の中へ入れなかった。


 いや、入らなかった。


 彼女は外で人々を落ち着かせ、避難誘導をしていた。


 それは間違いなく必要だった。


 でも。


 あの瞬間。


 中へ飛び込めたのは私だけだった。


 リシェルも、それを理解している気がした。


「……ありがとうございます」


 彼女が小さく言う。


「あなたがいたから、助かりました」


「……」


「私では、間に合わなかった」


 その言葉に、妙な引っかかりを覚えた。


 私は助けた。


 でも。


 彼女の表情は、少しだけ苦しそうだった。


 その夜。


 私は城の廊下を歩いていた。


 すると前方から話し声が聞こえる。


 リシェルと、知らない男だった。


「このままでは支持が偏ります」


 男が低い声で言う。


「拳の聖女に民意が流れれば、いずれ暴力が正義になります」


 私は足を止めた。


「ですが」


 リシェルの声。


「あの人は、本当に人を救っています」


「危険です」


「ええ……わかっています」


 少しの沈黙。


 そして。


「だからこそ、止めなければ」


 空気が冷えた気がした。


 私は息を止める。


 止める?


 今、そう言った?


「民は強い力に憧れます」


 男が続ける。


「ですがそれは、間違えれば支配になります」


「……はい」


「貴女が導かなければ」


 リシェルはしばらく黙っていた。


 やがて、小さく答える。


「……わかっています」


 私は、その場を動けなかった。


 胸の奥がざわつく。


 昼間、彼女は確かに言った。


『あなたがいたから助かりました』


 あれは本心だったはずだ。


 でも同時に。


 彼女は、私の拳を危険だと思っている。


 優しい笑顔の奥で。


 静かに。


 確かに。


 私を止めようとしている。

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