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聖女たるもの見過ごす訳には参りません 第2期  作者: 櫻木サヱ
拳の聖女と祈りの聖女

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5/11

優しい正義

 翌朝。


 私は盛大に寝坊した。


「聖女殿ォォォ!!」


 扉を叩く音で飛び起きる。


 団長の声だった。


「会議の時間です!!」


「……は?」


 窓を見る。


 太陽、めっちゃ高い。


 終わった。


「あと五分」


「もう三十分遅刻してます!!」


 私はベッドから転げ落ちた。


 最悪だった。


 昨日、リシェルのことを考えすぎて全然眠れなかったのだ。


 いや違う。


 別に恋とかじゃない。


 そこは断固否定する。


 ただ、なんというか。


 調子が狂う。


 私は急いで着替え、髪をまとめ、廊下へ飛び出した。


「聖女が寝坊ってどうなんですか」


 団長が呆れている。


「聖女だって寝ます」


「しかも枕の跡ついてます」


「見ないでください!」


 王城の使用人たちが笑いを堪えていた。


 やめて。


 これ以上イメージを崩さないで。


 もう手遅れかもしれないけど。


 会議室へ飛び込む。


「すみません遅れ――」


 言葉が止まった。


 リシェルがいた。


 しかも。


「……どうぞ」


 私の席にお茶が置かれていた。


「冷める前に」


 優しい。


 なんか腹立つくらい優しい。


「……ありがとうございます」


 座る。


 代理人がため息を吐いた。


「では全員揃ったので始めます」


 絶対今の間、待ってたな。


 申し訳ない。


「本日の議題ですが」


 法務官が書類を広げる。


「西区画で住民同士の対立が激化しています」


 空気が少し変わった。


「難民受け入れ反対派が増えているようで」


「昨日の事件の影響か……」


 団長が眉をひそめる。


 人質事件の噂は、もう街中へ広がっている。


 当然だ。


 不安は恐怖を生み、恐怖は敵を作る。


「暴動になる可能性があります」


「事前に抑え込みますか?」


 兵士長が聞く。


 私は自然と口を開きかけた。


 でも。


「その前に」


 リシェルが静かに言った。


「話をさせてください」


 またそれだ。


 私は思わず彼女を見る。


「相手は感情的になっています」


「ええ」


「下手をすれば暴徒化しますよ」


「それでもです」


 迷いがない。


「怒っている人は、最初から暴れたいわけではありません」


 静かな声だった。


「不安だから、怒るんです」


 私は黙る。


 理解はできる。


 でも。


「間に合いますか」


 気づけば聞いていた。


 リシェルは少しだけ考える。


「……間に合わせます」


 その返答は、祈りみたいだった。


 昼過ぎ。


 問題の西区画へ向かう。


 広場にはすでに人が集まっていた。


「難民を追い出せ!」


「こっちだって生活が苦しいんだ!」


「犯罪が増えた!」


 怒号。


 空気が荒れている。


 兵士たちも緊張していた。


 私は周囲を見回す。


 石。


 瓶。


 投げられたら危険だ。


 子どももいる。


 まずいな。


「聖女様だ!」


 誰かが叫ぶ。


 一斉に視線が集まる。


「なんとかしてくれ!」


「このままじゃ危険だ!」


 私は一歩前へ出た。


 拳を握る。


 威圧で抑える。


 必要なら、それも手だ。


 でも。


 その前に、リシェルが前へ出た。


「皆さん」


 怒号の中なのに、不思議と声が通る。


「不安ですよね」


 ざわつきが少し弱まる。


「大切な生活が壊れるかもしれない」


「家族を守りたい」


「仕事を奪われたくない」


 リシェルは一人一人を見るように話していた。


「その気持ちは、間違っていません」


 人々が少し戸惑う。


 否定されると思っていたのだろう。


「ですが」


 彼女は続ける。


「追い出された人たちも、同じなんです」


 静まり返る広場。


「家を失い」


「仕事を失い」


「大切な人を失った」


 リシェルの声は揺れない。


「怖いんです」


 誰かが俯く。


「だからお願いです」


 彼女は深く頭を下げた。


「憎しみではなく、不安を話してください」


 沈黙。


 長い沈黙。


 その時だった。


「……綺麗事だ」


 一人の男が吐き捨てる。


「そんなので腹は膨れねえ」


 空気が張る。


 男はさらに叫んだ。


「お前ら聖女はいいよな!」


「力もあって守られて!」


「俺たちは毎日ギリギリなんだよ!」


 怒りだった。


 切実な。


 私は一歩前へ出る。


 でも。


 リシェルは止めなかった。


「はい」


 彼女は頷く。


「私は、恵まれています」


 男が言葉に詰まる。


「だからこそ」


 リシェルは真っ直ぐ男を見る。


「見過ごしたくないんです」


 静かな声。


 でも、その瞬間。


 男の後ろから瓶が飛んだ。


「危ない!」


 誰かが叫ぶ。


 私は反射的に動いた。


 リシェルの前へ飛び込む。


 拳で瓶を叩き割る。


 破片が散った。


 悲鳴。


 周囲がざわつく。


 私は瓶が飛んできた方向を睨む。


「誰ですか今の」


 低い声。


 空気が凍る。


 あ、ちょっと殺気出た。


「聖女殿」


 団長が小声で止める。


 危ない危ない。


 すると。


 リシェルがそっと私の袖を引いた。


「ありがとうございます」


「……当然です」


「でも」


 彼女は少し困ったように笑う。


「今、少し怖かったです」


「……」


 言い返せなかった。


 私は拳を見る。


 守るための力。


 でも。


 その力は、誰かを怯えさせる。


 リシェルはそんな私を見ながら、静かに言った。


「優しい正義ほど、扱いを間違えると怖いんです」


 風が吹く。


 広場の空気が少しずつ落ち着いていく。


 誰も殴っていない。


 それでも、騒ぎは収まり始めていた。


 私は、開いたままの自分の拳を見つめ続けていた。

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