表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/136

第70話

初めて見た時にも感じたが、あの建物は妙に人を安心させる。


とても温かいとか美しいとかではないのに、少なくとも「ここはまだ仕事をしている」という表情がある。


掲示板には新しい紙が貼り足され、クエスト窓口の前には人の列があり、訓練場のほうからは木剣がぶつかる音が聞こえた。


世界は北部で誰かが名前を奪われようが、誰かが夜通し剣を受けようが、自分のやるべきことを回し続ける。


だからいい。


よくて、少し憎らしくもあるけれど。


扉を開けて入った瞬間、ギルド内の空気が一度だけ止まった。


視線が集まった。


セラのパーティー。


土まみれのマント。


血の染み。


傷のついた鎧。


半分魂が抜けたレオン。


そしてエリンの手にある封印痕整理用の包みまで。


誰が見ても、とてもきれいに行って帰ってきた顔ではなかった。


受付台のほうで書類をめくっていたアデリアが顔を上げた。


彼女は少しの間、何も言わなかった。


本当に少しだけ。


その短い静寂が妙に長く感じられた。


レオンは内心思った。


よし。


これは叱られる側の静寂だ。


アデリアが書類を静かに置いた。


そしてとてもはっきり言った。


「生きては戻ったか。」


リナがすぐに手を勢いよく上げた。


「うん!」


アデリアはリナを見ることもなく付け加えた。


「私が聞きたいのは感想文ではなく報告書だ。」


「厳しい。」


リナがつぶやいた。


マヤがふっと笑った。


「でも安心したのは合ってるな。」


アデリアの眉がほんの少し動いた。


それが否定なのか肯定なのかは曖昧だったが、レオンにはなんとなくわかる気がした。


アデリアはすぐに窓口の扉を開け、奥を指した。


「中へ来い。」


「それから立っている奴から座らせろ。」


「特に、あそこで今にも倒れそうに見える一人。」


彼女の指先は正確にレオンを指していた。


レオンは不服そうな表情をした。


「私はまだ大丈夫です。」


アデリアがすぐに切った。


「その言葉、血の臭いがする人間が言うと信頼度が底を打つ。」


正確だった。


とても。




ギルド奥の会議室は、以前見たままだった。


厚い卓。


地図。


ティーカップ。


記録用の紙。


窓の隙間から差し込む午後の光。


ただ今回は、その光が北部で見てきた夜明けの光とは違っていた。


ここは生き残った人間を調べる光ではなく、戻ってきた人間に次の仕事を問う光だった。


レオンは椅子に座った途端、本気で安堵した。


また椅子だ。


いい。


本当にいい。


彼の目の前に文言が浮かんだ。


【椅子着席成功】


【個人的感想:はい、今日も立派な偉業です】


レオンはつぶやいた。


「その通りです。」


アデリアがペンを手に取りながら言った。


「独り言はあとにしろ。」


「はい。」


セラが短く整理した。


「リリアの生存確認。」


「エドモンド辺境伯の救出。」


「マルセラの生け捕り。」


「灰色眼球会側の実行者ひとりを生け捕り。」


「金庫汚染は一部遮断。」


「印章と系譜原本は保全。」


アデリアのペン先が少し止まった。


彼女は目を上げないまま言った。


「予想よりずっと深かったな。」


エリンが椅子の背にもたれながらぼやいた。


「深いどころか、ほとんど腐っていたわよ。」


マヤが付け加えた。


「それでも奪われなかった。」


リナは堂々と言った。


「それに、ものすごく殴った。」


アデリアがようやく顔を上げた。


「その部分は報告書の順序上、最後に回せ。」


「大事なのに。」


「違う。」


短く冷たい問答だった。


なのに妙におかしかった。


アデリアはすぐにまた書き始めた。


「捕虜ふたりは北部に残してきた?」


セラがうなずいた。


「エドモンドとヘレナが管理する。」


「よし。」


「そちらに任せるほうがいいだろう。」


レオンはその言葉に顔を上げた。


「こちらへ連れてこないほうがいいのですか?」


アデリアはペン先で机を一度叩いた。


「街は口が多すぎる。」


「マルセラがここに入った瞬間、半日もせず噂が広がる。」


「灰色眼球会の残党がまだ街の中に残っていれば、さらに面倒になるしな。」


いい。


やはりこういう判断は早い。


レオンは内心思った。


この人は剣は振るわなくても、盤面を整理する速度がセラのほうと質が似ている。


種類は違うが速い。


だから楽だ。


アデリアが静かにレオンのほうを見た。


「お前。」


「はい。」


「なぜそこまで転がった?」


マヤが口元を上げ、リナはもう笑う準備ができており、エリンは腕を組んだまま露骨に見物モードだった。


レオンは少し考えた。


そして最大限品位を保って言った。


「すべての状況が私を愛しているからではないでしょうか。」


アデリアはまばたきひとつしなかった。


「戯言だ。」


「正確です。」


結局リナが吹き出した。


「あはは、君って本当に独特な叱られ方するね!」


セラが静かに付け加えた。


「それでも有効だった。」


アデリアのペンがまた止まった。


今度はほんの少し、本当に少しだけレオンを見た。


「そうだ。」


「それは聞いた。」


彼女が言った。


「無謀で、ひどくて、見ていても不安だっただろう。


だが有効だったという話も一緒に聞いた。」


レオンは思わず姿勢を少し正した。


肋骨がすぐに抗議したが、無視した。


アデリアはペンを置き、とても乾いた声で言った。


「ご苦労だった。」


なのに妙に強く残った。


レオンは少し目を瞬かせた。


そして笑った。


「ありがとうございます。」


リナはすぐに口を尖らせた。


「なんで私にはそう言ってくれないの?」


「お前は今も元気すぎるほどうるさいから、わざわざ確認する必要がない。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ