第64話
その後ろには、ブリダが送り返した城内の生存警備兵ふたりがいた。
ヘレナの外套の裾には血と埃が絡んでいたが、手ぶらではなかった。
短い剣と一緒に、書類の束をひとつ持っていた。
彼女は応接室の中を一度見渡すと、真っ先に金庫扉のほうを見た。
「ブリダが後方を受け持ちました。」
ヘレナが短く言った。
「箱のほうの防衛線は維持中です。内側は私が入ります。」
よし。
これで一本、つながった。
ヘレナが一度息を整えてから言った。
「そちらもひどい有り様ですね。」
レオンはまだ切っ先を下ろさないまま答えた。
「はい。」
「とても貴族的とは言えない朝です。」
「それでも持ちこたえましたね。」
ヘレナの言葉は短かったが、肩を真っすぐにさせる種類のものだった。
レオンはその短い声を聞いて、内心思った。
どうりで強い。
剣を振るう姿より先に、人を立て直すほうに慣れているように見えるのに、妙に侮れなかった。
こういう人はたいてい、後ろで支えるのだと思っていたら、いざ剣を握ると前列も一緒に支える類だ。
ヘレナはすぐに金庫扉の内側へ向かった。
エリンが叫んだ。
「ヘレナ!」
「左の二番目の箱の上、墨縄の紋様!」
「それを消して!」
「承知しました!」
リリアの声も内側から聞こえてきた。
「叔父様、こちらの文書からです!」
「印章箱はまだ大丈夫です!」
辺境伯の低い返事が続いた。
「まず系譜原本を出せ。」
「汚染されたものは分離しろ。」
いい。
内側もまだ崩れていない。
なら外は、もう片づけるだけだ。
セラはまだマルセラを押さえたまま言った。
「ヘレナ。」
「承知しました。」
ヘレナが短く答えた。
「マルセラは生け捕り。残りは武装解除を優先。必要ならそのあと。」
城内の生存警備兵ふたりがすぐに動いた。
まだ粘っていた警備兵ひとりは、リナの鈍器の影を見ただけで武器を置いた。
もうひとりの短剣兵は、マヤが矢尻を目の前に突きつけると、罵声を飲み込んで手を上げた。
問題は、レオンの下に押さえ込まれている灰色マントの男だった。
彼は相変わらず笑わなかった。
代わりに、長く息を吸った。
まるで何かを計算する人間のように。
レオンはそれを見て、背筋が少し冷えた。
あ。
こいつ、まだ諦めていないな。
本当にそうだった。
男はいきなり自分の舌を噛んだ。
かなり強く。
口の中で血が一気に広がった。
エリンがはっと顔を向けた。
「自決術式!」
レオンは考える暇もなく、奴の顎を打ち上げた。
カチン。
歯がぶつかる音がした。
舌をさらに噛むことは防いだ。
だがもう遅かったのか、男の喉元から黒い線が一本這い上がり始めた。
呪術による自傷。
口を封じ、記憶まで焼き払う類だ。
「くそっ。」
エリンが駆け寄ってきた。
「押さえて!」
「動かないように押さえて!」
「押さえています!」
レオンが叫んだ。
「もうかなり押さえています!」
実際にそうだった。
レオンは膝で男の腕を押さえ、手で顎を押し上げ、奪った剣の切っ先を喉元のすぐ下に向けていた。
姿勢は少しも格好よくなかった。
人の上に不格好にまたがる戦いというより、質の悪い犬を無理やり押さえつけてなだめているような格好に近かった。
それでも効果はあった。
エリンの指が虚空を素早く描いた。
青い線が三つ。
赤い点がひとつ。
そして薄い氷膜が、男の喉元の黒い線の上に覆いかぶさった。
ジュウッ。
煙のようなものが上がった。
男が初めて悲鳴に似た息を吐いた。
「よし。」
「止まった。」
エリンが歯を食いしばって言った。
「完全にではないけど、今すぐ記憶が全部焼けることはないはず。」
ヘレナが冷たく付け加えた。
「では、生きたまま連れていきましょう。」
男は今度こそ初めて、露骨な憎悪を見せた。
「お前たちが……」
「受け止められると思うのか。」
セラが答えた。
「黙れ。」
その一言が一番痛かったのか、男はそれ以上口を開かなかった。
金庫の内側からヘレナの声が聞こえた。
「汚染文書三件、分離!」
「印章箱に異常なし!」
「系譜原本、外縁二枚損傷!」
リリアがすぐに叫んだ。
「その二枚は生きていますか?」
「読めますか?」
「端は焼けていますが、核心は残っています!」
辺境伯が低く息を吐く音がした。
それは安堵のため息というより、まだ完全には崩れていないという確認に近い音だった。
レオンはそれを聞いて、とてもゆっくり力を抜いた。
もちろん、切っ先はまだ男の喉から離していなかった。
よし。
なら、とりあえずひとつは守った。
名前。
記録。
そして家が完全に売り渡されていたという証拠まで。
マルセラは暖炉の前でセラに捕まったまま、その報告すべてを静かに聞いていた。
その顔にはもう焦りもほとんどなかった。
代わりに、計算が崩れた者が最後に損益を立て直す表情だけが残っていた。
リリアが金庫扉の中から出てきた。
両手には古い書類箱ひとつと印章箱があった。
兎耳はまだ震えていたが、視線は驚くほど固かった。
応接室に入ってきた時のリリアではなく、たった今、金庫の奥から自分の家の名を直接取り出してきたリリアだった。
彼女はマルセラの前で止まった。
そしてとても低く言った。
「終わりました。」
マルセラが目を上げた。
「どうでしょうね。」
リリアは首を横に振った。
「いいえ。」
「少なくとも、あなたが私たちの名前を売り払うのはここまでです。」




