第51話
ベルハルト辺境伯が、ごく短く息を吐いた。
「生きていたか」
女はクロスボウを少しも下ろさないまま答えた。
「それはこちらの台詞です、閣下」
リリアが一歩前へ出た。
「ヘレナ!」
そこでようやく女の眼差しが、ほんの少し緩んだ。
「お嬢様まで……」
だが、彼女は完全には武器を下ろさなかった。
むしろさらに冷たく問いかけた。
「後ろにいる者たちは全員信用できますか」
その問いで、空気はまた静まり返った。
味方の顔で現れても、すぐに味方だと断定できない状況。
辺境伯が歯を食いしばった。
「今、私のそばで生きてここまで来たというだけで十分だ」
ヘレナは数秒ほど一行を見渡した。
セラの剣。
マヤの弓。
エリンの光。
リナの鈍器。
運搬台。
そして最後にレオン。
彼女の視線が、ほんの一瞬止まった。
レオンは、なぜか覚えのある気分になった。
ああ。
また『あれは何だ』という顔だな。
彼はきわめて丁寧に頭を下げた。
「こんにちは」
「説明すると長くなるでしょうが、とりあえず今は役に立つほうです」
ヘレナは表情ひとつ変えずに答えた。
「一番説明が必要な側ですね」
レオンは素直に認めた。
「はい」
マヤが小さく笑いを漏らした。
辺境伯が時間を切った。
「報告」
ヘレナはすぐに言った。
「城内は三つに割れました。内城警備隊の一部、厨房、厩舎、北の武器庫にはまだこちら側の者がいます。ですが正門警備、文書庫、南の塔、客用の別棟は落ちました。問題は、奥方側の侍女数名と会計官、それに警備部隊の副官ひとりがすでに灰色眼球会についたことです」
リリアの顔が真っ白になった。
「会計官まで……」
ヘレナがうなずいた。
「資金源から押さえるつもりなのでしょう。倉庫の帳簿にもすでに手を入れています」
エリンがつぶやいた。
「綿密なうえに汚いわね」
セラが尋ねた。
「目的」
ヘレナは運搬台を見た。
「その箱のためである可能性が高いです」
「そして閣下を殺すことより、死んだことに処理したうえで城内を静かに接収するほうを優先したようです」
「外向きには病、事故、密輸、盗賊」
「内側では相続と空白」
「貴族家を内側から腐らせて崩すとき、いつも使われる方法です」
辺境伯の口元が硬くなった。
「やはり」
その一言には、怒りよりも確信のほうが濃くにじんでいた。
すでに察しており、今その察しが事実として固まったという顔。
そのときだった。
排水室の反対側、まだ開いていない鉄扉のひとつの向こうから、鈍い音がした。
どん。
全員が同時に振り返った。
もう一度。
どん。
誰かが扉を叩いているのではなかった。
外から何か重いもので鉄扉を打っていた。
ヘレナの表情が一気に強張った。
「ここを知っていると?」
マヤが目を細めた。
「さっき倉庫で時間を稼げなさすぎたかな」
エリンがすぐ運搬台の前に立った。
「それか、内部から排水室の位置まで渡した奴がいるってことね」
セラは短く尋ねた。
「この扉、持つか」
ヘレナが歯を食いしばった。
「長くは」
どん!
今度は鉄扉全体が鳴った。
錆が落ち、蝶番が少し歪んだ。
扉の外から低い怒号も混じって聞こえた。
ひとりではなかった。
少なくとも四、五人。
リナが鈍器を持って、にっと笑った。
「いいね」
「狭いところで戦うのは、もう少し慣れてきた」
レオンがごく小さくつぶやいた。
「私はまだ少しも慣れていません」
エリンがちらりと見た。
「それなのに毎回一番前へ飛び出すのよね」
「それは私の意思より運命が先行する場合が多いので」
「詩みたいで余計にむかつくわね」
辺境伯が息を整えてから言った。
「ヘレナ」
「厨房の貯蔵庫へつながる扉は?」
彼女が半ば開いた鉄扉を指した。
「あちらです」
「ただし階段は狭く、上にも誰かがいるかもしれません」
セラは即座に結論を出した。
「両方に対応」
マヤがうなずいた。
「うん」
「扉が破られる前に、できるだけ減らしておこう」
エリンもすぐに動いた。
「排水室の入口に氷を敷く」
「最初の波を滑らせれば時間を稼げる」
リナは鈍器を肩に担いだまま尋ねた。
「私は?」
「転んだ奴らを踏め」
「いいね!」
リリアは運搬台をつかんでいたが、今回はただ震えているだけではなかった。
彼女は一度深く息を吸い込んでから、ヘレナに尋ねた。
「私も何をすればいいでしょうか」
ヘレナは一度彼女を見た。
そして短く答えた。
「箱から目を離さないでください」
「今、それが一番大きな任務です」
リリアはすぐにうなずいた。
その言葉がどういう意味なのか、正確に理解した顔だった。
セラが最後にレオンを見た。
「お前」
「はい」
「扉」
レオンは目を瞬かせた。
「私がですか?」
マヤが笑って言った。
「うん」
「あっちはどうせ最初の衝突で一度大きくもつれる」
「君、そういうところで一番よく生き残るでしょ」
リナも、にっと笑った。
「それに一番よく転がるし」
レオンは少しの間、言葉を失った。
だが反論はできなかった。
それが一番悲しかった。
だから結局、彼は小さく笑った。
「いいでしょう」
「今日も私は道具のように使われるわけですね」
セラがごく短く言った。
「耐えろ」
その一言が、また胸の内側に引っかかった。
そのとき、鉄扉が三度目の衝撃を受けた。
どがん!
蝶番のひとつが跳ねた。
エリンの氷が排水室の床を薄く覆った。




