第50話
「リナさんが今日一番大人らしいです」
「その言葉は嬉しいけど、ちょっと腹が立つ」
エリンはすぐ縄を受け取った。
「よし」
「糸には直接触れず、まず両側の釘に力を分散してかける」
「張力を移してから、下側の支えだけ凍らせてゆっくり垂らせば……」
セラが短く切った。
「やる」
作業は思ったより厄介だった。
通路が狭く、三人以上がつくとむしろ邪魔になった。
結局、セラとマヤが前方を警戒し、エリンとレオンが縄をかけ、リナは後ろで光を遮り、リリアは運搬枠を掴んだまま息さえ小さくした。
辺境伯は壁に体を預けて状態を整えながらも、通路の構造を一つずつ指摘してくれた。
「右の釘は偽物だ」
「触れるとすぐ抜ける」
「左の内側、二番目が本体だ」
エリンは眉だけを軽く寄せて言った。
「こういうものは決まって無駄に手が込んでいるね」
レオンは壁を手探りし、ようやく釘を一つ見つけた。
湿っていて冷たかった。
長く濡れた鉄特有の、粘つくざらつき。
「これですか?」
「もっと左」
「こちらは?」
「それはただの壁だ」
「あ、はい」
「壁に謝罪いたします」
エリンは長く息を吐いた。
「どうしてこういう時まで口数が多いの」
「緊張をほぐそうと」
「一つもほぐれてないから」
だがその言葉とは別に、エリンの手つきは安定していた。
彼女は縄を薄い氷の輪で固定し、糸の張力が少しずつ分散されていくのを確認した。
とても微細な作業だった。
手が震えたら終わりだ。
ところがその最中に、レオンがよりによって濡れた床を踏み、少し滑った。
「あ」
体がふらついた。
エリンが眉をつり上げた。
「じっとして」
その瞬間、レオンの手が偶然、別の鉄釘を突いた。
がちゃり。
全員の表情が凍りついた。
レオンも凍った。
本当に。
ところが、何の音もしなかった。
むしろ壁の内側のどこかで、小さな歯車が回る音だけがした。
きりり。
そして本来ぴんと張っていた糸三本のうち一本が、ごくわずかにたるんだ。
辺境伯が目を見開いた。
「補助錠……」
エリンも動きを止めた。
「何?」
辺境伯の声が低く落ちた。
「昔の記録で見たことがある」
「主要な警報線とは別に、整備時の一時解除用の補助錠があると」
「位置までは知らなかったが……」
全員の視線がレオンへ向いた。
レオンは鉄釘を掴んだまま、本気で言った。
「はい」
「私も知りませんでした」
マヤが後ろで笑い出しそうな顔で呟いた。
「これは本当にひどいね」
エリンは少し虚空を見て、結局とてもゆっくり言った。
「……よし」
「今日も偶然があんたを抱きしめていることはわかった」
レオンは微妙な表情で答えた。
「今では私も、その偶然という愛が少し重いです」
とにかく効果は確かだった。
補助錠がかかると、糸の張力が目に見えて減った。
エリンはすぐ縄の分散を終え、氷で支えを軽く押して、糸が無理なく下へたるむようにした。
これで一人ずつなら越えられる。
セラが最初に通過した。
次に辺境伯。
リリアと運搬枠。
エリン。
レオン。
最後にリナとマヤ。
一人が通るたび、息が止まる気分だった。
だが結局、警報は一つも鳴らなかった。
全員が糸を越えてからようやく、通路の中にごく小さく安堵の息がほどけた。
リナが囁いた。
「わあ」
「本当に心臓が痛かった」
レオンもうなずいた。
「はい」
「私の心臓がまだ勤務中だということを、改めて感じました」
エリンが短く言った。
「黙って行って」
だが彼女の声も、さっきよりは少しだけ尖っていなかった。
通路はだんだん低くなっていった。
最初は腰を少し曲げる程度だったが、ある区間からは肩を丸めて歩かなければならなかった。
壁の間が狭まり、水音もさらに近づいた。
天井の隙間から流れ込む水が床の黒い水路に沿って流れており、その横にようやく人が通れそうな石の縁が続いていた。
辺境伯が息を整えながら言った。
「もうすぐ排水室だ」
その言葉が終わった直後、前方の空間が少し広がった。
排水室は丸い石室だった。
天井は低いが通路より広く、中央には黒い水がゆっくり渦を巻く丸い集水井があった。
壁面の四方には鉄扉が四枚ついていた。
三枚は完全に錆びついて閉じており、一枚だけが半ば開いたまま闇を吐いていた。
古い王家の紋章が摩耗した浮き彫りとして壁の上に残っていたが、水垢に沈み、顔のない幽霊のように見えた。
青い光がその空間を照らすと、水面がゆっくり揺れた。
そして全員が同時に感じた。
誰かがいた。
セラが鞘に手を置いた。
マヤは弓を持った。
リナは鈍器を握り直した。
リリアが息を呑んだ。
エリンの光が、開いた鉄扉のほうへもう少し進んだ。
その内側の闇から声が聞こえた。
「合言葉」
低くかすれた女の声だった。
辺境伯の目が揺れた。
「ヘレナ?」
鉄扉の内側から、影が一つゆっくり姿を現した。
中年の女性だった。
灰色の髪を後ろで固く束ね、古い鎧の上に黒いマントを羽織っていた。
左頬には古い刀傷が斜めに走り、右手には短い剣、左手には灯りの代わりに石弓が握られていた。
疲労と警戒が顔全体に薄くかかっていたが、目は濁っていなかった。




