第174話
アデリアは紙を折り、それぞれ別の封筒に入れた。
「この三つ、別々の手で流す。」
「誰にだ。」
「警備一人、見習い一人、事務員一人。」
ブラムがすぐに返した。
「わざと別の部署に分けるわけだな。」
「そうすれば、誰がどこから流すのか見えるからな。」
これで盤面は整った。
誰かが内側から漏らしているなら、あるいは内側の言葉を外の耳が先に拾っているなら。
この夜のうちに動きが出るはずだ。
レオンはその時刻、医務室のベッドの上で寝返りを打っていた。
本当に眠ろうとしたのは確かだ。
少なくとも本人基準では。
薬も飲み、明かりも落とし、窓も半分だけ開けておいた。
廊下の足音も減り、下の階の騒音もほとんど静まっていた。
ベッドは相変わらずろくでもなく、肋骨は大きく息を吸うと相変わらず機嫌を悪くしたが、それでも体自体はそろそろ休むべきだと言っていた。
問題は頭だった。
頭はまったく休む気がなかった。
ブリクセン。
ローデン王国。
ベルハルト辺境伯。
灰黒の丘陵。
灰色眼球会。
灰色の羽根。
思考は閉じ込めておくほど、かえってよく聞こえる。
昼には人の顔と言葉と騒音がその上を覆うが、夜にはそれがないから、より鮮明になる。
レオンは枕を裏返した。
涼しかった。
三秒ほどよかった。
その後はまた息苦しかった。
「よし。」
「私は間違いなく患者で、これは間違いなく寝る時間で、それなのにどうして頭だけが一番はっきりしているんですか。」
当然、返事はなかった。
いや。
人間のする返事はなかった。
ほんの一瞬後、頭の中のどこかに見慣れた文言が浮かんだ。
【疲労蓄積状態でも覚醒度高め】
【推奨:就寝】
レオンは目を閉じたままつぶやいた。
「ノア、そう言うだけじゃなくて、眠るほうを少し手伝ってくれませんか?」
少しの沈黙。
【該当機能なし】
レオンは天井へ向けてため息をついた。
「薄情ですね。」
【使用者もおおむねそうです】
「どうしてその部分だけ、やたら言葉が増えるんです?」
答えはなかった。
レオンはふっと笑い、体を少し横に向けた。
窓の外ではブリクセンの夜風がカーテンを薄く押しては戻していた。
廊下側では灯火の影が一度かすめて通り過ぎた。
誰かが警備を回っているらしい。
普段より二度は多く見える影。
レオンはそれを見て目を細めた。
「よし。」
「増えましたね。」
監視とまで断定することはできない。
だがただの偶然にしては、今日はやけに足音が多い。
廊下に一度。
裏庭側の窓の下に一度。
そして少し前には、屋根の上でごく小さな瓦の擦れる音まで。
アデリアが堂々と張りつけたとは思えない。
あの人はそういう場合、むしろもっと目立たないようにする。
だから今これは、わざと見えないように努めた痕跡が多すぎて、かえって見えているほうだった。
レオンは目を閉じて開き、つぶやいた。
「私を守っているのか、監視しているのか、その両方なのか。」
【両立は可能です】
「それは分かっています。」
そしてごく小さく付け加えた。
「それでも、まあ。」
彼は窓の外の影をもう一度見て、今度は気づかないふりをして目を閉じた。
「悪い気分ではありませんね。」
ブリクセンギルド地下の文書保管室前。
夜が深くなるほど、記録はむしろ明るく見える。
昼は人が多すぎて紙はただの紙だが、夜は蝋燭一つだけでも文字の列が刃傷のようにくっきりする。
アデリアはその鮮明さが好きだった。
人の顔より記録のほうが正直な時が多いからだ。
彼女は事務員を一人呼び止めた。
名前はタレン。
三十代前半。
手は速く、記憶はよく、残業が多い。
そして重要なのは、ブリクセン生まれではないことだ。
外から来た人間は外とつながりやすくもあるが、逆にブリクセン特有の「適当に覆って流す」を、まだ体にあまり染み込ませてもいない。
アデリアは封筒を一つ差し出した。
「これはお前が知らないふりをして流せ。」
タレンは封筒を受け取りながら尋ねた。
「どこまで知ればいいですか?」
「封筒は開けるな。」
短い答え。
タレンは口をつぐんだ。
「動線だけ覚えろ。」
「今夜、帳簿整理中に聞いたふり。」
「相手は二人。」
「食堂で水を汲む子一人、倉庫の事務補助一人。」
タレンはうなずいた。
「そしてその二人が外に流したら? それはお前の責任ではない。」
アデリアは淡々と言った。
「そこからは私の番だ。」
タレンはその言葉が何を意味するのか、あえて尋ねなかった。
ブリクセンギルドに長くいると、ある種の言葉は最後まで説明を聞かないほうがいいと覚える。
彼は静かに退いた。
少し後には、見習い追跡員の一人に別の封筒が渡り、裏門警備側にはブラムが直接、別の餌を流す準備を終えた。
都市は広い。
だが情報が流れる管は、意外に狭い。
一晩あれば十分かもしれない。
アデリアはそう判断した。
酒場通りの端、干物倉庫脇の路地。
ブラムが選んだ警備二人は、黙って立っていた。
彼らには一つだけ知らされていた。
川辺の船着き場付近の灰色のマント。
その言葉がわざと流された餌だとは知らない。
知る必要もない。
ブラムは路地の影側に寄りかかり、人の流れを見ていた。
酔った商人二人、荷物持ち一人、遅い使い走り三人、そしてあまりにも何気なく干物の匂いを嗅ぐふりをしてうろつく見知らぬ男一人。
ブラムの目がごくわずかに細くなった。




