第167話
「人が多く、仕事が多く、口も多く、亜人族も多い都市ブリクセン」
「私とは確かに相性がよさそうです」
「最後の項目はお前の感想であって定義ではない」
「はい」
「ですが、核心は合っていると思います」
そしてふと尋ねた。
「聖職者はいますか?」
「いる」
「では、治癒魔法はないんですか?」
アデリアはその質問にはすぐに笑った。
ごく短く。
「その質問、もう一度しただろう?」
「はい」
「それでも惜しくて」
「完全な意味での治癒は珍しい」
アデリアは現実的な声で言った。
「高熱を下げる、出血を遅らせる、痛みを和らげる、毒の広がりを止める、傷が悪化しないよう抑える」
「そういうことは可能だ」
「だが、お前が望むように肉が一瞬で付き、骨がすぐ合い、疲労と傷が丸ごと消えるものは、ほとんど伝説扱いだ」
レオンが小さく舌打ちした。
「こういうときだけは、本当に不親切な世界ですね」
「その代わり、だから人々は薬草、縫合、安静、リハビリを学ぶ」
アデリアはレオンをちらりと見た。
「そして患者は横になっていなければならない」
回り回ってここだ。
レオンはうなずいた。
「はい」
「結局その結論なんですね」
「そうだ」
少しの静寂。
窓の外では、夕方の風が向きを変えていた。
遠くの広場のほうで鐘の音が一度鳴り、その余韻が建物の壁を伝って薄く広がった。
人々はもう昼の仕事を畳み、夕方のほうへ体を向ける時間だった。
レオンはふと、また尋ねた。
「では世界情勢はどうですか?」
アデリアが今度は露骨に笑った。
「今度はまったく些細な質問ではないな」
「はい」
「だんだん大きくなっています」
「図々しいところは元気そうで何よりだ」
彼女はそれでも答えてくれた。
「今この一帯だけで見れば、表向きは静かだ」
「ローデン王国の内側の貴族たちは、北部の件と灰色眼球会を『辺境の問題』程度に見たがっているし、辺境貴族たちは自分の領地の取り締まりで忙しく、港の商団たちは流れさえ止まらなければ、ひとまず静かなふりをするだろう」
彼女は指でテーブルをとんとん叩いた。
「だが本当は静かではない」
「北部封印庫が荒らされた」
「ギルドが夜襲された」
「灰色眼球会のような連中が、国境と都市の間をあまりにも簡単に行き来している」
「それはどこか一か所の穴ではなく、いくつもの場所が同時に腐っているという意味だ」
レオンの表情も少し強張った。
「大ごとですね」
「そうだ」
「とても?」
「とても」
彼女は目を細めた。
「だから今は皆、知らないふりをしている」
それは苦いほど正確だった。
レオンはふっと笑った。
「聞いてみると、この都市らしいですね。他人の事情を知らないふりするのが得意だと言っていましたから」
アデリアはその言葉を聞き、ほんの少しだけ興味深そうな顔をした。
「その表現は悪くないな」
「私の表現です」
「珍しく使えるな」
「今日は褒め言葉がかなり多いですね」
「半分は皮肉だ」
「やはりそうでしたか」
その会話のあと、レオンは少し楽になった。
単に話を多く聞いたからではない。
世界が巨大で複雑だということ。
自分がまだ見ていない側が多いということ。
そしてその複雑な場所で、今自分が立っている位置がどのあたりなのか、とても大まかにではあるが輪郭がつかめたからだ。
国境都市。
混血の流れ。
重なり合う信仰。
表向きは静かで、内側は腐っていく情勢。
その中でギルドは契約で持ちこたえ、セラたちは魔物を狩りに出ており、自分はベッドの上で林檎を転がしながら質問をしている。
滑稽な絵だ。
けれど、生きているという感覚は鮮明だった。
アデリアが席を立った。
「よし」
「質問はここまでだ」
レオンがすぐ手を挙げた。
「一つだけ」
「だめだ」
「今度は本当に質問ではありません」
アデリアが半分振り返った。
その隙にレオンは枕元の小さな引き出しを開け、畳んでおいた布切れを一つ取り出した。
そしてその中に包んでおいた灰色の羽を、慎重に広げて見せた。
アデリアの目つきがごく微かに変わった。
レオンはふざけたところのない顔で言った。
「これです」
部屋の空気が少し静かになった。
日差しはまだ暖かかったのに、羽の表面の灰色の光沢だけは異様なほど冷たく見えた。
レオンはベッドの端で体を少し前に傾け、それを差し出した。
「遠征隊が出発したあと、ギルド前で拾いました」
「最初はただの鳥の羽かと思ったんですが……」
「触ってみると、やけに冷たくて、少し気分が悪かったんです」
アデリアはすぐに手で受け取らなかった。
代わりに腰元の小さな手袋を先にはめ、その上から布ごと受け取った。
やはり仕事のできる人らしい。
彼女は窓辺へ一歩移り、光の下で羽をゆっくり回してみた。
灰色の光沢が、鱗のようにごく薄くぬめった。
アデリアが低く言った。
「これはただの鳥の羽ではないな」
レオンはうなずいた。
「はい」
「そのようです」
アデリアはしばらく何も言わなかった。
表情は大きく変わらなかったが、視線は明らかに何かを素早く計算していた。
ギルド前の動線。
遠征出発直後の時刻。
誰が見ていたのか。
そしてこの羽がここまで落ちてきうる方法。
彼女は結局、羽をまた布で包んだ。
「よし」
「これは私が持っていく」
レオンが目を瞬かせた。
「説明はないんですか?」
アデリアは彼を見た。
「今の段階では確信がない」




