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第166話

「亜人族は逆に、血統よりも部族・商団・ギルド・傭兵団のような移動型の共同体に多く結びついている」


「だから都市の外へ動くことが多く、国境や交易路でよく見える」


三つ目。


「お前がいるこの都市は、さらに特殊だ」


「ブリクセンはローデン王国北西辺境にかかる関門都市で、行政上はベルハルト辺境伯が管理する土地だ」


「定住貴族の都市というより、依頼と交易と流れ込んできた人々で大きくなった混合都市だな」


「辺境でありながら接点でもあるから、人間だけが多いほうがむしろおかしい」


レオンはその言葉を噛みしめた。


「つまり私は今……」


「人間中心の都市ではなく、あらゆる流れがぶつかる場所にいるわけですね」


「そうだ」


アデリアはうなずいた。


「そして、お前の目に亜人族がより多く映るのは、単純に数のせいだけではないだろう」


「なぜです?」


「耳があり、尻尾があり、角があり、肌の色や体格の違いも大きいからだ」


「人間は人間同士で紛れると、ただ『人々』に見えるが、亜人族は一目で目に入る」


レオンは林檎を転がす手を止めた。


「ああ」


それはかなり納得できた。


確かにそうだ。


市場に人が二十人いても、狐の尻尾が一つかすめれば、視線はそちらへ向かう。


人間十五人より、狼の耳一つのほうが先に目に刺さるのは、不思議なことではない。


レオンは小さく笑った。


「いいでしょう」


「思ったより私の視界が偏っていたんですね」


「見る目が悪いわけではない」


アデリアが言った。


「ただ、お前がまだこの世界の地図を体で覚えきれていないだけだ」


それは妙によかった。


地図か。


世界というものは、頭で覚えるより足で歩きながら学ぶほうがレオンらしい。


レオンはうなずいた。


「では宗教はどうですか?」


アデリアが今度は本当にため息をついた。


「質問攻めが始まったな」


「体は動かせませんから、せめて頭だけでも動かさないと」


「実に患者らしい詭弁だ」


彼女はそれでも答えてくれた。


「この世界に信仰はある」


「かなり多い」


「問題は、お前が知っているような『一つの絶対教会が世界をすべて覆う方式』ではないということだ」


レオンはその言葉を頭の中で一度転がした。


「いくつもの流れがあるんですか?」


「そうだ」


「大きく分ければ三つだ」


アデリアは指で空中に線を引いた。


「国家が認める大きな神殿群」


「農耕と太陽、川と季節、守護と誓約のような古い神格を祀る側だ」


「貴族と都市行政が絡むことが多い」


「いわゆる公認宗教ですね」


「近いな」


二本目の指。


「亜人族の部族や血縁集団が受け継いできた土着信仰」


「祖先、狩り、森、月、血、風、火のような、より身近なものを祀る」


「人間が見れば呪術のようで、人間の神殿側からは迷信扱いされることもあるが、国境ではそちらのほうが強い」


三本目の指。


「そして生活信仰」


「旅立つ前に敷居へ酒を一滴垂らすこと、商売を始める前に硬貨を一枚埋めること、子どもが熱病にかかったら特定の薬草を吊るすこと」


「教義というより習慣だが、意外とこういうものが一番長く残る」


レオンは感心した。


「思ったよりずっと混ざっていますね」


「当然だ」


アデリアは淡々としていた。


「戦争も多く、交易も多く、人もよく混ざる」


「だが人間は一つに整理された秩序を好み、辺境は生き残るほうを好む」


「だから中心部の書類では一つのように書かれていても、実際の路上では常にいくつも重なっている」


レオンは林檎を置いて尋ねた。


「ではギルドはどちら側ですか?」


アデリアがふっと笑った。


「ギルドは金と契約と生存の側だな」


「ああ、はい」


「もちろんギルド員個人はそれぞれ違う」


「神殿に寄付する者もいれば、先祖だけを敬う者もいるし、酒を飲む前に杯の底の一滴を床にこぼす者もいる」


「だがギルド自体は特定の信仰に依存しない」


「そうしてこそ、誰でも入ってこられるからだ」


レオンはその言葉を聞いて、しばらく考えた。


そして目を二度ほど瞬かせた。


「待ってください」


アデリアが眉を上げた。


「何だ」


レオンは林檎を持った手を少し上げた。


「ブリクセン」


「ローデン王国」


「そしてこの都市を管理しているのがベルハルト辺境伯」


「そうだ」


「いいでしょう」


「私、今初めて知りました」


アデリアは呆れたように彼を見た。


「お前、今までそれも知らずにギルドに出入りしていたのか?」


レオンはとても正直にうなずいた。


「はい」


「だいたい『この都市』『北部』『辺境伯領』くらいの理解で生きていました」


「生き残るには、とりあえずそれで十分でしたから」


アデリアは短く乾いた笑いを漏らした。


「本当にお前らしいな」


レオンは肩をすくめようとして、肋骨のせいで途中で止まった。


「痛っ」


「それでも、ようやく少し繋がりました」


「ここがブリクセンで、この国がローデン王国で、その上でこの都市と北の辺境を支えているのがベルハルト辺境伯なんですね」


「ようやく地図が頭に入ってきたようだな」


「はい」


「とても遅れて」


そしてふと笑った。


「ブリクセンか……名前が付くと、少し実感が湧きますね」


アデリアは淡々と言った。


「もともと、名前が付いた瞬間から地図は急に現実になるものだ」


レオンはうなずいた。


「いいですね」

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