第152話
「人を低く見すぎではありませんか」
アデリアが訂正した。
「低く見ているんじゃない。正確に見ているんだ」
痛い。
言葉が。
そして今回は、なぜか反論もしづらい。
レオンは口をきゅっと閉じ、それからまた顔を上げた。
「いいでしょう」
「では逆にお聞きします」
「なぜよりによって今なのですか?」
「今こそ外のほうが騒がしい時ではありませんか?」
アデリアは書類を一枚めくった。
「だからだ」
彼女の声には、いつものように無駄がなかった。
「北部事件、ギルド夜襲、マルセラ死亡、灰色眼球会残党の潜伏」
「街の空気は落ち着いていない」
「だが同時に、ギルドは今、成果を見せなければならない」
「市民の目にも、上層部の目にも」
マヤが腕を組んだまま口元を上げた。
「それでちょうど、いい依頼が入ってきたってわけ」
レオンは彼女を見た。
「いい依頼というものは、たいてい私の立場ではよくない依頼でしたね」
「今回は正確にその逆だよ」
リナが明るく割り込んだ。
「今回は私たちが出て、君は残るの」
その言葉が落ちた瞬間、レオンはようやく妙な点に気づいた。
セラとエリンはすでに遠征用の装備をある程度整えていた。
マヤは短弓ではなく長距離用の主力弓を背負っており、リナは普段より重い鈍器と補助装備まで腰につけていた。
これは短い外出ではない。
遠征だ。
それなりに大きな遠征。
レオンは眉間を寄せた。
「まさか」
セラがうなずいた。
「アンブレイカブル・ローズは、魔物討伐遠征に出る」
アデリアが続けた。
「西部、灰黒丘陵地帯」
「ここ十日の間に、群れ化した魔物の集団が出現」
「種類は黒背狼、岩窟猪、そして上位個体と推定される甲殻型変異種一体」
「すでに近隣の開拓村二つが半ば機能停止している」
エリンが短く付け加えた。
「ただ数が多いだけの雑魚の群れじゃない。群れを維持する上位個体が居座っていて、増え続けている」
レオンは小さく唾を飲んだ。
「それでアンブレイカブル・ローズが行く」
「ああ」
セラが答えた。
「そして今回の依頼は、単なる討伐ではない」
彼女がほんの少し、マヤとリナを見た。
マヤが先に笑った。
「ついにあたしたちの番ってこと」
リナはあからさまに胸を張った。
「うん」
「私とマヤの、金等級昇級審査も兼ねてるんだ」
その言葉に、レオンは目を大きく見開いた。
そこでようやく、すべてが噛み合った。
セラはすでに金等級だ。
エリンも金等級だ。
だがマヤとリナはまだ銀等級。
アンブレイカブル・ローズは名にふさわしい高さを十分に持っているが、パーティ全員が完全に金等級で固まっているわけではなかった。
そしてこうした大規模遠征は、二人を金等級へ上げる最もよい舞台になる。
アデリアが書類を畳みながら言った。
「上層部提出用の現場昇級評価」
「セラとエリンは保証人兼先任戦力」
「マヤとリナは中核戦闘記録対象」
「遠征成功時、二人は金等級昇級審査の最終段階に入る」
リナが拳をぎゅっと握った。
「よし」
マヤは笑っていたが、その目はいつもより細く鋭かった。
「今回はきっちり食い破ってやる」
それは軽く出たようで、どこか硬かった。
あ。
そうか。
これはかなり重要だ。
レオンはその事実を理解した。
だからこそ、いっそう気持ちが複雑になった。
なぜなら重要な遠征であればあるほど、自分はさらに加わりたくなるからだ。
本当に加わりたくなるからだ。
彼は少しの間口をつぐんだ。
そして言った。
「いいでしょう」
「理解しました」
セラが静かに彼を見た。
レオンが続けて言った。
「ですが、私はなぜ駄目なのですか?」
本題があまりにも早く飛び出したので、リナがすぐに額を押さえた。
「ほら」
「やっぱり言うじゃん」
エリンは長く息を吐いた。
「だから禁止項目に先に入れておいたのよ」
レオンは不満げだった。
「いえ、私は合理的に交渉しようとしているのです」
「遠征の後方支援とか、荷物運びとか、野営の整理とか、転がる担当とか……」
アデリアが遮った。
「最後のは職務ではない」
「すでに半分ほど職務ですが」
「違うと言った」
セラが短く言った。
「今回は駄目だ」
その言葉が一番重かった。
レオンはセラを見た。
セラはいつものように長く説明しなかった。
その代わり今回は、ごく珍しく少しだけ言葉を足した。
「体調が悪い」
「肋骨も完全にはつながっていない」
「それに……」
彼女は一拍置いた。
「今のお前は休むべきだ」
レオンは口を開こうとして止まった。
それは単に傷の話だけではなかった。
マルセラの最期。
ギルド地下の血の匂い。
まだ体の中から抜けきっていない緊張。
体よりも心のほうが治りきっていない部分があることくらい、実は自分でもわかっていた。
それでも。
それでも置いていかれるのは嫌だ。
レオンは静かに笑った。
「私を気遣ってくださるのは嬉しいのですが、妙に嬉しいだけではありませんね」
マヤが壁から背を離して近づいてきた。
彼女はいつもより少し笑みの少ない顔だった。
「レオン」
「はい」
「今回はあたしたちがやる」
短い言葉。
だがその言葉には、北部でも、ギルド夜襲の時も、誘拐の時も、お前は前に出すぎたという意味が全部入っていた。
リナもうなずいた。
「うん」
「いつも君が先に飛んでいくじゃん」
「その表現は、人をかなり軽くしていますが」
「実際によく飛んでいくじゃん」




