第144話
代わりに帳簿を閉じた後、ごくゆっくりと言った。
「そうなり得る」
「少なくとも、記録上に出ている状況だけでも、その可能性は十分だ」
「何も知らないまま使い続ければな」
今度はアデリアが言葉を継いだ。
「逆に言えば、だから今、私たちが先に縛っておくべきだという意味でもある」
「レオンが危険だからではなく、レオンを取り巻くものがさらに危険になる前に」
エリンが低くつぶやいた。
「国単位じゃなく、世界規模の危機が来るかもしれないわけね」
ブラムが淡々と受けた。
「そうだ」
「あくまで推測だ」
「だがあの三つが本当に生還者とつながった事件だったなら、これは国一つくらい傾けて余りある性質だ」
アデリアが最後にまとめた。
「そしてさらに悪く見れば、ああいう形で重なり積もれば、世界を脅かすこともあるという意味だ」
「証明されたわけではない」
「だがだからこそ、軽く流せない」
アデリアは書類綴りを閉じた。
アデリアの指が帳簿の上の文章を指した。
「調査結果が示すのは、確定した答えではなく方向だ」
「レオンをどう記録するかによって、あいつの人生の長さが変わり得る」
彼女は帳簿の下の方にある短い整理文だけを読み上げた。
「生還者はたいてい才能ある者ではない」
「むしろ弱く、幼く、平凡で、本来ならもっと簡単に壊れていたはずの個体が、最後まで残る場合が多い」
「そして記録上繰り返される特徴は三つ」
「通常の回復理論では説明できない生存性、他者の悪意や軽視を起点として反応する特異性、そして本人も知らないうちに災厄や封印と深く絡む傾向」
リナが顔をしかめた。
「それ、言い方がちょっと怖い」
エリンが低く受けた。
「正確だから余計にね」
マヤが窓の方へ視線を向けたまま言った。
「ちょっと待って」
「じゃあ灰色手袋の奴もそれを知ってたってことだね」
「知っていた可能性は高い」
エリンが帳簿を奪うように引き寄せ、数行をざっと目で追った。
「は」
「そういうことだったのね」
「何が?」
マヤが尋ねると、エリンは苛立ち混じりの声で投げた。
「封印物と呪術で、そう簡単には壊れない身体」
「痛みに慣れていて、屈辱と恐怖が積み重なるほど、むしろ反応が大きくなる構造」
「向こうからすれば、本当に欲しくなるでしょうね」
「呪いに耐える杭としても、封印を打ち込む釘としても、失敗した儀式の後に残る残骸としても使えるから」
リナの顔が一気に固まった。
「待って、それって完全に……」
マヤが代わりに締めくくった。
「物扱いだね」
エリンが冷たくうなずいた。
「そう」
「かなり質の悪い方向で」
その言葉が落ちた瞬間、セラが初めて口を開いた。
「駄目だ」
短い二文字だった。
だが部屋の空気が一瞬、刃のように薄くなった。
アデリアがセラを見た。
セラは同じ姿勢のまま、もう一度言った。
「レオンは物ではない」
その声は高くなかった。
だが不思議と、声を張り上げるよりもまっすぐ突き刺さった。
マヤが小さく笑った。
「……うん」
「それは私も同意」
リナが椅子の上で身を乗り出した。
「そうだよ」
「あの子、荷物みたいに見える時もあるけど、本物の荷物じゃないんだから」
エリンが鼻で笑った。
「それ、全然慰めになってないけど」
「いや、私が言いたいのは……」
リナが慌てると、マヤが代わりに整理した。
「言いたいことはわかる」
「私たちもわかってるのに、他人が勝手に整理しようとすると腹が立つってことでしょ」
アデリアは何も言わず、その三人を一度見渡した。
そしてページを閉じないまま言った。
「だからこの会議が必要なんだ。ギルドはレオンをどう記録するか、何を知り、何を隠すかを今決めなければならない」
導入は終わった。
ここからが本当の会議だった。
アデリアは紙を三枚ではなく、四枚取り出して卓の上に広げた。
「選択肢は三つだ」
「そして最後の一枚は、私が推奨する結論だ」
マヤが眉を上げた。
「最初から答えを決めて始める会議だね」
「それでも手順は踏む」
アデリアは最初の紙を指した。
「一つ目、正式報告」
「中央に上げて、レオンのクラスを『生還者』として公式登録する」
マヤが即座に顔をしかめた。
「ゴミみたいな選択だね」
「同感」
エリンもすぐに受けた。
アデリアは平然とうなずいた。
「利点は保護の名分ができること。欠点は、その保護の名分で全部が群がってくることだ」
リナが顔をしかめた。
「またその所有権とかいうやつ?」
「そうだ」
アデリアの声は乾いていた。
「王室、軍部、中央ギルド、聖職勢力、呪術研究者たち」
「果ては金の匂いを嗅ぎつけた貴族まで」
「レオン個人の意思は最後尾に押しやられる」
セラの目の色がさらに冷たく沈んだ。
マヤが低く言った。
「全部引き裂いてやりたいね」
「私もだ」
アデリアは何でもないことのように同意してから、二枚目の紙を押さえた。
「二つ目、完全隠蔽」
「レオンの特性をすべて個人の秘密として埋める」
リナがすぐにうなずいた。
「これ好き」
エリンが即座に切った。
「愚かな選択」
リナが唇を尖らせた。
「なんでぇ」
「すでに敵が知っている」
エリンの答えは非常に冷静だった。
「灰色手袋も知っているし、その後ろの組織も知っている」
「私たちはすでに一度拉致され、二度も封印物に絡み、三度目も来る」




