第143話
「戦場では記録がなかったが、死後文書にだけ残っていた」
「表向きの登録は荷物持ち」
「内部記録にだけ生還者の表記があった」
ブラムはそこで帳簿を自分の方へ引き寄せた。
「問題は、その三人が生き残った後に、あまりに大きな事件が次々つながったことだ」
老人の指が一つ目の行を押さえた。
「北東部城塞崩落の生存者」
「王室に回収された後、半年間記録が途切れる」
「そしてその次につく事件名が『硝子塔夜間崩落』だ」
「関連があるという確定記録はない」
「ただ時期と動線があまりに噛み合いすぎている」
リナはしばし口だけを開けた。
「何それ」
ブラムは感情のない声で読んだ。
「王室の離宮一棟が夜の間に崩れた」
「表向きは構造亀裂事故として処理されたが、実際には継承権争い直後に起きた粛清と時期が重なる」
「競合派閥が泊まっていた硝子塔の別棟がまるごと沈み込み、中にいた王族の傍系三人とその護衛、側近、書記官までが真夜中に一掃された」
「内部報告には呪い反応と発光性の幻影、警備隊の集団自傷記録が残っている」
ブラムのまぶたがごくわずかに上がった。
「その生存者がそこで使われたかどうかは確定できん」
「だがそうなら、王室は子ども一人を保護したのではなく、継承権争いの刃に研ぎ上げて使ったことになる」
ブラムの指が二つ目の行へ下りた。
「西部岩塩坑の生存者」
「聖職勢力が保護名目で隔離してから八か月後、『灰の聖堂沈黙化事件』が発生する」
「こちらも生存者と直接つながるという証拠はない」
「だが封印記録があまりに組織的に消されている」
今度はマヤが眉をひそめた。
「名前からして汚いね」
「実際も汚かった」
ブラムがぽつりと投げた。
「聖堂一つがまるごと言葉を失った」
「表向きは異端者摘発作戦中に起きた汚染事故として残っている」
「だが内側の記録は違う」
「その時期、その聖堂には隠れていた異端集団と、彼らを庇っていた貴族の後援線が一度に集まっていた」
「結果的には一か所で抉り取られた形になった」
「問題はそこで終わらなかったことだ」
老人の指先が帳簿の端を叩いた。
「聖堂内にいた異端者たちだけでなく、審問官、補助司祭、封印担当まで、すべて沈黙に呑まれた」
「敵だけを殺したわけではない」
「握っていた側も一緒に削り取られた」
「浄化は失敗し、聖職勢力は記録そのものを封印した」
「生存者がそこで媒介として使われたのか、それとも単に同系統の災厄だったのかは、結局残っていないがな」
エリンがごく小さく舌打ちした。
「沈黙系の汚染ね」
ブラムは最後に三つ目の行を押さえた。
「旧国境戦争補給隊の生存者」
「こちらは最も長く隠れていた」
「だから余計に気味が悪い」
「関連を断ち切りにくいからな」
彼は帳簿をもう一枚めくった。
「三年後、国境紛争で隣国の兵力一つが事実上壊滅した」
「公式記録では疫病と夜間恐慌として一括りに書かれているが、実際には封印残滓を積んだ補給列が敵陣の近くを通った形跡が残っている」
「その道に沿って敵兵たちは悪夢、錯乱、味方の誤認殺害を起こし、陣形は一晩で自ら崩れた」
部屋の中が静かになった。
ブラムは何でもないことのように言葉を続けた。
「そしてその後がさらに質が悪かった」
「そうして敵が崩れた後、似た残滓が味方の補給倉三つまで崩した」
「公式の戦死者は敵より味方の方が多かった」
「名のない荷物持ち一人が、いつも近くの記録に引っかかる」
「それが単なる偶然なのか、実際の運び手であり杭だったのかは、最後まで確定されなかった」
リナがゆっくり口を開けた。
「……ちょっと待って」
マヤももう笑わなかった。
「三人とも、生き残った後にもっと大きな事故が起きてるね」
「そうだ」
アデリアが受けた。
「だから問題なんだ。まだ断定はできない。だがその三人の前後関係を噛み合わせてみると、生還者は単に死なない人間ではなく、災厄に耐える人間である可能性が高い。そして誰かがそれを利用できるなら、都市一つ程度はもちろん、もっと大きなものも揺らせるだろう」
ブラムが低くつぶやいた。
「刃物で刺せば死ぬこともある」
「毒にも倒れるだろう」
「だが、そういうことが核心ではない」
「もしその分類が本物なら、そういう連中はたいてい『死ななければ終わらないこと』を、死なないまま抱えて戻ってくる」
部屋の灯りが一度揺れた。
誰もすぐには言葉を継げなかった。
エリンが先に口を開いた。
「つまり危険なのは、生還者本人が爆弾だからじゃない」
「爆弾が中で爆発しても、形を保つ容器ということね」
マヤが低く受けた。
「……そして誰がその中に何を詰め込むかで、災厄の形が変わる」
「その通り」
アデリアがうなずいた。
「確定できることは少ない。だが推論はできる。王室、聖職勢力、戦争関係。三つとも、ああいう存在を手に入れた時、兵器や聖物、あるいは消耗品のように扱った可能性がある。そしてその推論が正しければ、三つとも周囲から崩したことになる」
リナは唇をぎゅっと結んでから、ようやく尋ねた。
「じゃあレオンも……」
「ああなるかもしれないってこと?」
セラの視線がごくゆっくり上がった。
ブラムはすぐには答えなかった。




