第117話
薄くまとっていた礼儀が、その瞬間初めて剥がれた。
「……黙りなさい」
「当たりですね」
「黙れと言ったの」
今度は声が少し低くなった。
少しだけ。
だがその少しが大きかった。
レオンは思った。
よし。
思ったより早くひびが入った。
その瞬間だった。
廊下の上側、通風口のほうから、とても妙な匂いが降りてきた。
甘い。
度を越して。
花の匂いのようだが、人が嗅いではいけない方向に甘い匂い。
レオンの表情が先に固まった。
彼の目の前に文言が浮かんだ。
【異常感知】
【嗅覚警告】
【よくない種類の甘さです】
レオンはすぐに椅子から身を起こした。
肋骨が悲鳴を上げた。
それでも立った。
「エリン!」
彼が廊下のほうへ叫ぶやいなや、拘留室の中のマルセラが初めて本当に慌てた顔をした。
「何?」
通風口の隙間から、薄い銀色の粉が下へ散っていた。
ゆっくりと。
とてもきれいに。
だから余計に悪かった。
レオンはすぐに自分の椅子を蹴り飛ばし、拘留室の扉の前を塞いだ。
馬鹿みたいに見えるが本能だった。
何なのかはわからなくても、粉を拘留室の中へこれ以上入れてはいけないという感覚。
マヤの足音が屋根の上ではなく、廊下の天井近くから聞こえた。
「上に二人!」
「灰色眼球会の信徒だ!」
リナの怒鳴り声が階段のほうで響いた。
「ちょっと、この狂った奴ら……!」
同時にエリンが走ってきた。
彼女は通風口を一度見て、とても短く悪態をついた。
「睡眠粉塵じゃない」
「舌を固めるほうだ」
アデリアの声が上階からすぐに落ちた。
「殺すな!」
「一人は生かして捕れ!」
だがその言葉が届く前に、上階で妙な笑い声が短く弾けた。
人が押し寄せて捕まる直前に吐くような音ではなかった。
嬉しいのに壊れていて、恐ろしいのに恍惚としている、理性より信仰が先に燃え尽きた者の声。
マヤが上で悪態をついた。
「遅い!」
直後、何かが手すりに激しくぶつかる音がした。
どん。
一度。
そしてもう一度。
リナがほとんど悲鳴のように叫んだ。
「自分の顔を叩きつけた!?」
もう一人はさらにひどかった。
短い金属のこすれる音の後、誰かが自分の喉の内側を裂くように、げほげほとむせた。
窒息する音と笑いが入り混じり、聞いている側の肌が先に縮む種類の音だった。
アデリアが上階へ鋭く言い放った。
「止めろ!」
「止めてる!」
マヤの答えがすぐに飛んできた。
「でもこいつら、捕まる前に自分で死のうとしてる!」
セラの足音はそれより速かった。
彼女は廊下の角を曲がって入ってくるなり状況を見回し、通風口の真下の石壁を鞘ごと打ち下ろした。
どん、という音とともに古い石灰の粉が崩れ落ち、通風口の隙間が半分ほど塞がった。
エリンがすぐに青い封印線を重ねた。
銀色の粉が空中で止まった。
ほんの一瞬、ギルド地下の時間が凍りついたようだった。
そして拘留室の中で、マルセラが初めて歯を食いしばった声で言った。
「……来たのね」
レオンは拘留室の外で息を荒げながら、彼女を見た。
彼女の顔から影が一つ剥がれていた。
嘲笑でもなく、余裕でもなく、気品でもないもの。
それはとても短く、とても人間らしい恐怖だった。
よし。
これで本物だ。
レオンは痛む肋骨を押さえたまま、にやりと笑った。
「はい」
彼の声が低く沈んだ。
「ですから、私が正しいと言ったでしょう」
廊下の上側では、まだ足音と体がぶつかる音が続いていた。
マヤが誰かを手すりに叩きつける音、リナが壁一つくらいはまた震わせる音、アデリアが生きている奴から縛れと鋭く命じる音。
ギルドはもう完全に目を覚ましていた。
そして拘留室の中には、縛られたマルセラと、扉の前に立つレオンがいた。
ついさっきまで監視員という言葉は少し滑稽だった。
だが今は違った。
灰色眼球会は本当に口封じを試みた。
そしてレオンはその匂いを先に嗅いだ。
彼の目の前に、最後にもう一度、文言がはっきり浮かんだ。
【監視任務一次成功】
【敵の予想行動的中】
【使用者状態:相変わらず痛い】
【個人的感想:はい。今夜も長くなりそうです】
レオンは唇の内側でつぶやいた。
「私もそう思います」
マルセラはそれを聞いて、今度は嘲笑できなかった。
その瞬間、レオンは悟った。
今夜が過ぎれば、あの女はもう少し話すだろう。
話さなければ、次は本当に死ぬということを、今や彼女も知ってしまったから。
ギルドの建物の外で、夜はいっそう濃くなっていた。
屋根は闇の下で黒い鱗のように重なり、路地はその間を流れる古い傷のように細く長かった。
誰かはろうそくを消して眠り、誰かはまだ酒杯を片づけておらず、誰かは今日も何もなかったという顔で布団をかぶっただろう。
だがギルド地下だけは知っている。
まだ終わっていない。
むしろ今になって、誰が誰の口を塞ごうとしているのか、その順番がより鮮明になり始めたのだと。
そしてその夜の扉の前には、椅子一つと、包帯を巻いた生還者一人が、まだ目を覚ましていた。
人を捕まえることと、捕まえた人間から何かを引き出すことは、まったく別のことだった。
前者は力と速度と運の問題だ。
後者は時間と恐怖と沈黙の問題で。
ギルド地下の廊下は、その差をよく知っている顔をしていた。
上階の騒ぎはほどなく収まった。




