第11話
広場の空気が、さらに一枚重くなった。
リナが扉板を抱えた姿勢のまま固まった。
「何?」
レオンも目を見開いた。
「すみませんが、それは情報公開のタイミングが少し遅いのではありませんか?」
リリアが慌ててレオンを見た。
その眼差しには、少しの申し訳なさと、あまりにも多くの切迫が混じっていた。
「わ、私も今開けるつもりはありません!」
「それは本当に何よりですね!」
セラが一歩前に出た。
「説明。」
短く、固い一言だった。
男は肩をすくめた。
「簡単です。」
「帝国北部の封印庫から盗まれた遺物。」
「正式名称は長くて退屈なので省きますが、実用的に言えば、呪いと亡霊を凝縮した中核装置です。」
「開けば、半径数百歩以内の生命がまず不運に見舞われるでしょうね。」
エリンが低く悪態をついた。
とても小さかったが、内容はまったく小さくなかった。
レオンはリリアを見た。
「そんなものを、なぜ抱えて走ったんですか?」
リリアは涙を飲み込みながら言った。
「逃げなきゃいけなかったからです!」
「あれを守っていた人たちが、全員死んだんです!」
「私の番が来る前に……」
「誰かが外へ持ち出さなきゃいけなかったんです……!」
その言葉には、作り物ではない恐怖があった。
セラは男を睨みつけた。
「貴様らの仕業だな。」
男は柔らかく微笑んだ。
「表現が荒いですね。」
「回収と呼んでいただきたい。」
マヤが舌打ちした。
「殺しておいて回収だって。」
「本当に嫌だね。」
男はその言葉にも乱れなかった。
「その箱を渡していただければ退きます。」
「あなた方にとっては因縁のない相手でしょう。」
「ただ、道を塞ぐ場所を間違えただけです。」
リナが扉板を肩に担いだ。
「わあ。」
「完全に悪いやつだ。」
エリンが手すりから飛び降り、床に着地した。
銀色の髪が一度大きく揺れた。
「同意。」
「しかも賢そうに振る舞ってる。」
「余計に嫌い。」
レオンは少しの間、リリアの箱と男の顔を交互に見た。
彼は立派な英雄ではなかった。
こういう時、いつも先に湧く感情は使命感より恐怖だった。
今回も同じだった。
箱は危険だ。
箱を狙う連中はもっと危険だ。
広場には一般人もいる。
馬もいて、宿屋もあって、商人もいる。
下手をすれば怪我人が出る。
下手をすれば大惨事になる。
だから普通なら、退く計算が正しかった。
けれど、リリアの手が見えた。
箱を抱きしめた指先が、真っ白になっていた。
強く握りすぎて震えていた。
レオンはその手を見た瞬間、昔の自分の手首を思い出した。
縛られた痕がくっきり残っていた日々。
誰でもいいから来てほしいと願った夜。
彼は静かにため息をついた。
そしてつぶやいた。
「はい。」
「わかっています。」
「またこういう流れなんでしょう。」
マヤがちらりと見た。
「何が。」
レオンは照れくさそうに笑った。
「私が真っ先に巻き込まれる流れです。」
セラが一拍遅れて言った。
「巻き込まれているんじゃない。」
「はい?」
「お前が入っていくんだ。」
その言葉は、不思議と背中を押してくれた。
レオンはふっと笑った。
「……言われてみれば、そうですね。」
彼はリリアの方へ歩いていった。
男が眉を少し上げた。
「そちらの青年は、状況判断が苦手な方ですか?」
【「取るに足らない」判定を感知】 【補正上昇】
レオンは心の中だけでつぶやいた。
やっぱり出るんですね。
彼はリリアの前に立って言った。
「安心してください。」
「私たちも、まだ何をするか完璧には決めていませんが、少なくともあの人たち側には立ちません。」
リリアの目が揺れた。
「どうして……」
レオンは少し考えてから答えた。
「あちらは言い方があまりにも腹立たしいので。」
沈黙。
そしてマヤがぷっと吹き出した。
リナも扉板にもたれて笑った。
エリンはこめかみを押さえた。
「この緊張感の中で基準がそれなの?」
レオンは肩をすくめた。
「思ったより重要です。」
男の笑みが、勘のいい者だけにわかるほど薄くなった。
「残念ですね。」
彼が指を上げると、黒いマントたちが一斉に動いた。
その数は二十人近かった。
広場を囲むように、半円に広がった。
剣、石弓、短い杖、鎖。
武装もばらばらだった。
訓練された者たちだ。
盗賊の群れとは違う。
動きが静かで、ためらいが少なかった。
セラが剣を立てた。
マヤが息を低くした。
リナは扉板を捨て、鈍器を握り直した。
エリンはリリアと箱の方へ半歩寄った。
レオンは広場の床を見渡した。
水桶。
馬の餌袋。
荷車。
長い棒。
果物箱。
そして、まだ半分抜けかけている宿屋の扉板の蝶番。
彼の目がきらりと光った。
マヤがその表情を見て、うんざりした顔で言った。
「ちょっと。」
「あんた、また変なこと考えてるでしょ?」
「地形を活用しようと思いまして。」
「それをあんたの口から聞くと不安になる。」
最初の石弓のボルトが飛んできた。
セラが剣で弾いた。
同時に戦闘が弾けた。
広場は一瞬で入り乱れた。
セラは最前列を切り裂いた。
彼女の剣は大きく振るって敵を圧倒するものではなく、最短距離で必要な場所だけを斬る刃だった。
手首、肘、膝。
殺傷より無力化。
だが速度は残酷だった。
一人が悲鳴を上げる前に、次の一人の均衡が崩れた。
マヤは側面へ流れた。
人の間を風のようにすり抜け、最も厄介な遠距離の敵から一人ずつ断っていった。
矢が飛ぶたび、誰かの手が開き、武器が落ち、罵声が上がった。




