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第102話

禿頭もここにはいない。


今ここは染料倉庫だ。


川辺だ。


酸っぱい染料の匂い。


濡れた石の匂い。


水鳥の鳴き声。


いい。


今に戻れ。


すると視界の端の影が、ほんの少しだけ薄くなった。


灰色手袋の目が細くなった。


「興味深いですね。」


「恐怖を餌にしながらも、恐怖に完全には沈まない。」


マルセラが静かに尋ねた。


「それなら?」


「もっと掛けるべきでしょう。」


よくない返答だった。


今度は本当に。


灰色手袋が結晶を少し近づけた。


するとレオンの耳の内側で笑い声がした。


昔の盗賊たちの笑い。


冷たく、生臭いものたち。


そしてその間に、自分に名前がなかった頃の沈黙が入り込んだ。


誰も呼ばなかった時間。


誰も味方ではなかった夜。


体よりそちらのほうが痛かった。


レオンは大きく息を吸い込んだ。


その瞬間、意識のどこかで文言がぱっと浮かび上がった。


【警告】


【記憶刺激系干渉発生】


【過去の恐怖が現在の燃料へ変換中】


はい。


わかりました。


本当に、準備する暇はなくても、事だけはやけに律儀に起こるな。


その文言を見た瞬間、意識が少し戻った。


盗賊穴ではないという確信が突き刺さった。


するとレオンは、今度はわざと笑った。


小さく。


けれど、はっきりと。


マルセラの表情がすぐに歪んだ。


「何がおかしいんですか。」


レオンは息を整えながら言った。


「あの頃の……連中より……あなたたちのほうが上等な悪党だと思っていたんですが。」


マルセラの目がきらりと光った。


「何ですって?」


「結局やっていることは……」


「似ていますね。」


マルセラが一歩で近づいた。


今度は手のひらではなかった。


拳でもなかった。


彼女はレオンの顎を指でつかみ、無理やり顔を上げさせた。


痛い。


首の後ろが引きつり、顎の関節がねじれた。


それでも彼女は殴らなかった。


代わりに、ごく近くで低く言った。


「あなたは最後まで人を苛立たせる才能がありますね。」


レオンは息を吐いた。


「ありがとうございます。」


「それが褒め言葉に聞こえますか?」


「いいえ。」


「でも、あなたが嫌うものはだいたい正しい方向にあるようでしたから。」


今度は本当にマルセラの呼吸が乱れた。


いい。


また引っかいた。


多くはなくても。


確かに。


灰色手袋が面倒そうに言った。


「感情を無駄遣いしないでください。」


マルセラは手を放した。


代わりに離れる直前、顎の下の痣の位置を指先で一度ぐっと押した。


レオンの目の前が閃いた。


「うっ。」


「口に気をつけなさい。」


彼女は冷たく言った。


「あなたを殺さないからといって、楽にしておくという意味ではありませんから。」


レオンは霞む視界の中でも、彼女の動きを見逃さないようにした。


左手の癖。


身構えるとき、首元のリボンをよく触る。


歩みは右足がほんの少し遅い。


北部でセラに掠められた傷が、完全には治っていないらしい。


いい。


それも記憶。


記憶はいつか使う。


その時だった。




外でごく短い騒ぎが起きた。


足音が一つ、急いで下りてきて止まった。


扉の外から低い声が聞こえた。


「灰色手袋様。」


「話せ。」


「川辺の外塀側で妙な気配があります。」


レオンの心臓が一度、大きく鳴った。


しかし灰色手袋はすぐには動かなかった。


「何人。」


「確かではありませんが……」


「二人以上です。」


「屋根のほうも。」


マルセラが目を細めた。


「来ましたね。」


その一言で部屋の空気が変わった。


少し前までは、ここにいる二人がレオンを見下ろしていた。


けれど今は、二人ともごく薄く緊張している。


いい。


来た。


まだ確かではないが、誰かが来た。


灰色手袋は結晶を箱の中に戻しながら言った。


「移動準備。」


マルセラがすぐに尋ねた。


「今?」


「予定より早く。」


彼の視線がレオンに触れた。


「この人はここに置き続けると奪われかねません。」


「もっと深い場所へ移します。」


よくない。


本当によくない。


だが同時に、相手が焦り始めたという意味でもあった。


レオンは息を吸い込んだ。


今だ。


完全ではなくても、一つくらいはやるべきだ。


彼は背中の後ろの手首をもう一度ひねった。


革が皮膚を剥いた。


熱く痛んだ。


そしてまさにその瞬間、さっきから削れていた金属の輪の片側が、ごくわずかに歪んだ。


かちり。


本当に小さな音。


けれどレオンの耳には雷のようだった。


いい。


一つ。


本当に小さな一つ。


灰色手袋も、マルセラも、その音を聞いていなかった。


扉のほうの足音のほうが大きかったからだ。


外が少しずつ騒がしくなっていた。


木の上を踏む軽い音。


遠くで何か金属がぶつかる音。


そしてほんの一瞬、本当にほんの一瞬だった。


ひゅっ。


どこかで聞き慣れた矢の音がした。


レオンは顔を上げた。


マヤだ。


確信はなかった。


それでも体が先にわかった。


あれはマヤだ。


そしてその直後、倉庫の上階のどこかで誰かが短く悲鳴を上げた。


リナではないのは確かだった。


リナなら悲鳴ではなく、もっと大きな音がしたはずだから。


なら、やはり。


来た。


本当に。


レオンは血のにじんだ唇の内側を舌先で押し、ほんの小さく笑った。


マルセラがそれを見て顔をしかめた。


「またどうして笑うんですか。」


レオンはかすれた声で答えた。


「もうあなたたちの表情が……少し見やすくなりましたから。」


その瞬間、外で何かが大きく壊れる音がした。


ばきり。


古い板か格子のようなものが、一気に弾ける音だった。

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